第128話 国司コランの奮闘
ユガ地方、ユガの街近く、オークたちが立てこもる廃砦の付近。
火の国、ヘルシラントから舞い戻ってきた国司コランたち一同は、馬に乗ってゆっくりと砦へと足を進めていた。
冠を被り、狩衣に身を包んだ国司の正装で馬に乗り、廃砦へと足を進めるコラン。
彼の後ろには国衙兵たちが同様に馬に乗って続いていた。
廃砦が近づき、そろそろ見えてくる辺りまで近づいてたその時だった。
「……………」
コランはやにわに馬上に立ち上がり、腰に差していた刀を抜刀した。
そして、空中に向かって一閃する。
「ぐわっ!」
密かに頭上の木から飛び降り、コランを襲おうとしていたゴブリンが空中で斬られ、悲鳴を上げながら地面に落ちて山肌を転げ落ちる。
オークの集団が、首領のクッコロが配置していた伏兵だった。
「出ておじゃれ!」
コランが、前方の茂みに向けて刀を向けて、甲高い声で告げた。
「隠れていても、獣は臭いでわかりまするぞ」
「……言ってくれるじゃねえか」
言葉とともに、コランが叫んだ先、前方の茂みから次々と人影が姿を現した。
オークの大きな人影が半分ほど、そして残り半分は彼に付き従う、北方から流れてきたゴブリンのごろつき達だった。
「ぐふふふ……この前と違って、随分と余裕がある態度だなぁ?」
オークの首領、クッコロがふてぶてしい態度で言った。
「多少の手勢を連れて、馬に乗って来たくらいで何とかなると思ってるのか?」
その言葉とともに、茂みの後ろから更に何名かが姿を現す。
見張りのオーク数名に引き立てられて姿を現したのは……クリーク、トルテア、サシオ、そしてハッチャ……4人の娘達だった。
「国司様!」
コランの姿を認めたクリークが大きな声を上げる。
「……お前たち!」
コランも慄然として、オークに捕らわれている娘達を見た。
「ぐふふふ、安心しろ、こいつらを人質に取るつもりはねえよ」
余裕たっぷりの態度で、クッコロが言った。
「だから、『娘たちの命が惜しければ抵抗するな』とか野暮な事はいわねぇ。国司さんよ、遠慮無く『抵抗』してくれ」
クッコロが、そしてオークたちが笑いながら棍棒を構える。
「てめえらと俺たちとの力の差を思い知らせてやるよ。『正々堂々と』お前らを叩きのめしてぶち殺し、お前らの死体を肴に、この娘達、そしてユガの街の女達の味をじっくりと味あわせて貰うぜ」
クッコロの余裕の笑み。
しかしそれに対して、コランも嘲笑で返すのだった。
「ほ、ほ、ほ…… その程度の人数でか。麻呂たちも見くびられたものじゃのぅ」
そして、弓をクッコロに向けながら言った。
「馬上にあり、弓を持った我らイプ=スキ騎兵の本来の強さ、存分に味わうでおじゃる!」
「ほざけ! ……てめえら、やってしまえ!」
クッコロの号令の下、手下のオーク、そしてゴブリンたちが一斉にコランたちに向けて突撃していく。オークたちは棍棒を、そしてゴブリンのごろつきたちはナイフを持って、コラン達に襲い掛かろうと駆け出した。
「お前たち!」
コランの短い指示と共に、部下の国衙兵……イプ=スキ兵たちが一斉に動いた。
弓を引き絞り、接近してくるオーク勢に向けて矢を放つ。
「ぎゃっ!」「ぐわっ!」
放たれた矢は、そのほぼ全てがオークやゴブリンたちに命中する。
それだけではない。狙い澄ました矢は、棍棒やナイフを持った利き手、あるいは喉など、彼らの急所を貫いていた。
狙われたオークやゴブリンたちは、悲鳴と共に戦闘不能になってうずくまり、あるいは絶命してその場に倒れる。
「怯むな! 一斉に掛かれ! 近づいてぶん殴れ!」
クッコロが叫び、オークとゴブリンたちがコランと国衙兵たちに殺到する。
しかし彼らは馬を巧みに制御して距離を取り、狙い澄ました矢を追ってくるオークたちに命中させ続ける。馬を駆りながらも狙いは正確で、急所を貫かれたオークとゴブリンたちは、次々と戦線を離脱していった。
「てめえら! 何やってるんだ! ぼうっとしてるんじゃねえぞ! 盾を使え、盾を!」
クッコロがイライラした口調で叫ぶ。
「へ、へい!」
その命令に、手下のオークとゴブリンたちが慌てて木盾を手に取って構えた。
「そんなものでは、我らイプ=スキ騎兵の矢は防げぬぞよ!」
コランが叫び、部下の国衙兵たちが再び矢を放つ。
訓練された兵士たちの狙いは馬上からでも正確で、放たれた矢は盾で守られていない腕や脚に突き刺さる。
そして悲鳴と共に盾を取り落としたオークやゴブリンたちに第二矢が放たれ、急所を貫いて戦闘不能とさせていくのだった。
先日の戦いでは不慣れな歩兵としての戦いだった。しかし本来の弓騎兵に戻った事で本領を取り戻したイプ=スキ国衙兵たちの騎射に、クッコロの部下、オークやゴブリンたちの軍勢は次々と戦闘不能に陥っていった。
「……次はお前でおじゃる!」
そう言いながら、騎馬で疾走しながらコランがクッコロに矢を放った。
これも正確に盾で守られている隙間を貫く……と思われたが、クッコロはすばやく盾を動かして防ぐ。
木盾に矢が食い込む鈍い音。すかさず振り回されるクッコロの棍棒を、コランは素早く馬首を巡らせて危ういところでかわした。
「てめえら、何やってやがる! 矢をきちんと見たら防げるだろう!」
クッコロが部下達に叫んだ。
「射たれた矢をしっかり見ろ! 盾で受けて、ユガのゴブリンどもを馬から叩き落とせ!」
「お、おう!」
クッコロの激に応えて、手下たちがしっかりと盾を構え直して国衙兵たちに向かっていく。
手下のうち、不器用な連中は引き続き矢の攻撃を受けていたが、一部の者たちは国衙兵の矢を盾で受け止め、突進して棍棒やナイフを振ったり投げたりして反撃する。
一部の国衙兵達は反撃を避けきれず、手傷を負って後退したり落馬する。彼らの反撃に、国衙兵たちは慌てて間合いを広めに取った。
「……………!」
お互いに攻撃すると「タダでは済まない」状況となり、戦闘を続けつつも状況は膠着状態となりつつあった。
コランは馬を駆りながら、クッコロのイラついている表情を見た。
(……奴の気が変わって、娘たちを人質にされては勝てぬ。
その前に決着をつける!)
そう考えながら、弓を引き絞ってクッコロに放つ。
だが、先ほどと同じく、矢はクッコロが構えた盾に防がれる。
焔鉄製の矢が木盾に食い込む、ばきっという大きな音が廃砦前の広場に響いた。
「おらおら、お前の矢など、当たらないぜえ!」
クッコロが叫びながら、投斧を投擲する。
くるくると高速で回りながら向かってくる投斧を、コランは辛うじて交わした。
「小うるさい手下どもの前に、まずはてめえから始末してやる」
クッコロはコランに棍棒を突きつけながら叫んだ。
「どんどん矢を射ってきやがれ! 全部弾き返してやる! その矢が尽きた時が、てめえの最後だ!」
そういいながら、コランの方に踏み出して棍棒を振り下ろす。コランは馬の進路を急展開させて、危ういところで攻撃をかわした。
そして素早く弓を引き絞って、矢を放つ。
今度も盾で守られた隙間を狙った精密射撃だったが……
「しゃらくせえ!」
クッコロは素早く盾を動かして、その一撃を防ぐ。
コランの矢は木盾に突き刺さり、再び木に食い込む大きな音が広場に響いた。
「……………!」
コランは慌てて馬首を巡らせて進路を変え、間合いを取った。
前方では、クッコロが余裕の笑みを浮かべて突っ立っている。
「何度やっても無駄だぜえ。その矢を撃ち尽くしたときが、てめえらの最後だ!」
「……………」
コランは後方に残っている国衙兵たちを見た。
部下たちの戦い振りも、概ねコラン自身と同じ様だ。盾で防がれる様になって、決め手を欠いている。
このままではまずい。彼らが矢を射ち尽くした時点で、攻撃のそして防御の手立てを失い、クッコロやその手下たちにやられてしまうだろう。
その前に、決着をつけるしかない。
自分自身が、大将同士での戦いに決着を付けてクッコロを倒し、オークとその手下たちを敗走させる。それしかない。
だが、どうすれば……
「国司様! しっかり!」
オークたちの後方から、捕らえられている娘達の声がした。
「オークなんかに、山賊なんかに負けないでください!」
「あんたならやれる、信じてるわよ!!」
「国司様なら、勝ってくれると信じてます!」
「……国司様、信じてる!」
娘達の声。こんな自分の事を信じてくれている、大切な者たちの声。
オークたちを倒し、助けてくれると信じている、娘達の声。
(そうだ。麻呂は……!)
天を仰ぎながら、コランは小さく頷いた。
自分が舞い戻ってきたのは、愛する4人の娘達を。そして大切なユガの民達を取り戻すため。
……そして、この地に暮らす、全ての者たちが幸せに生きる世界を取り戻すため。
ハーンの期待と信頼に応え、そして自分自身の誇りと未来を取り戻すためだ。
これからも、娘たちと。ユガに暮らす者たちと共に目指さねばならないことは。そして成し遂げたい事は、山ほどある。
それを……こんなところで途絶えさせるわけにはいかない!!
そのために……
(麻呂の力の全てを……いや、「全て」以上の力を出す!)
コランは、矢の束をしっかりと握りしめて、前方に立っているクッコロを睨んだ。
矢を握りしめて、騎馬に命じてクッコロに向けて駆け出す。そしてクッコロを見据えながら、ゆっくりと矢をつがえた。
(これはイプ=スキでもサラク様しか使えない技だが……。奴を倒すためには、皆を救うためには、麻呂がここで使うしかない! 絶対に成功させてみせるでおじゃる!)
「何度来ても無駄だぜ!」
クッコロが余裕の笑みを浮かべた。
「何本矢を撃とうが、この盾で受け止めるだけだ!」
「……………」
騎馬で駆けながら、コランはしっかりと狙いを定めた。
(……受けてみるでおじゃる!)
そして、矢を放つ。
「だから無駄だって言って……!?」
すかさず盾で防ごうとしたクッコロ。
しかし向かってくる矢を見た次の瞬間、表情が凍り付いた。
(これはっ……?!!!)
驚愕の表情を浮かべる。
こちらに向けて飛んでくる矢は……二本。
しかも、一定の間隔を開けて向かってくる二本の矢は、どちらもクッコロに命中する弾道で飛んで来ていた。
必殺の矢を狙った場所に二本同時に放つ。コランがこの土壇場で成功させた絶技だった。
「う……うおおっ!?」
クッコロは焦った声を出しながら、木盾の向きを変える。
そして、辛うじてというタイミングで、矢を二本同時に盾で受けた。
ばきいっ、と大きな音と共に、矢が盾に食い込む。
二本同時に飛んで来た矢を受け止めて、ほっとした表情を浮かべるクッコロ。
……しかし、受けられる事そのものも、コランは織り込み済みだった。
二本の矢を同時に受け止めるためには、盾で受けられる向きも、そして場所も決まっている。
コランはそこまで読んで、矢を放つ間隔を決めていたのだった。
受け止めた矢が、二カ所に食い込んだ盾。
食い込んだ二本の矢が、木目を切り開く様に盾を穿つ。
次の瞬間、木目に沿ってヒビが広がった木盾は、大きな音と共に、真っ二つに裂けた。
手に持った盾の残骸を見て、驚愕の表情を浮かべるクッコロ。
「な……なんだと……ぐわっ!?」
次の瞬間、コランが続いて放った矢が、棍棒を持つ右腕を貫いた。
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