第126話 国司館陥落
棍棒の一撃で吹き飛ばされたコラン。
「ぐ……ふっ……」
棍棒が腹にめり込み、肺の空気が押し出される様な衝撃にコランは呻き声を上げた。
「国司様!?」
娘達が、そして国衙兵たちが心配の声を上げる。
コランだけではない。迎撃したゴブリンの国衙兵たちは軒並み棍棒を振り回すオークたちに歯が立たず、ほぼ制圧されつつあった。
「ぐふふふ……弱いなぁ、ゴブリンども」
オークの頭目が勝ち誇った声を上げた。
「このユガの地は、この俺……クッコロ様がいただいたも同然だなぁ!」
クッコロと名乗ったオークの頭目は、コランを見下ろす様に嘯いた。
「く……っ」
コランは棍棒を叩き付けられた衝撃で声が出ない。
「さあ、てめえら!」
クッコロがコランたちを指差して部下たちに命じた。
「あいつをぶち殺せ! そして後ろにいる女どもをいただくぞ!」
「く……っ、麻呂の大切な娘達は……渡さぬ……」
コランが言い返そうとするが、ダメージが大きく、絞り出す様な声しか出ない。
「ふん、そんな弱さでどうしようというのだ? ……掛かれ!」
クッコロの命令とともに、オークと手下のゴブリンたちが襲い掛かってくる。
「こ……国司様たちを守れ!」
国衙兵たちが前に立ちはだかったが、武器の違いと体格差は歴然としている。次々と叩きのめされ、賊の集団はじりじりとコランたちの身に迫ってきた。
「ぐふふふふ……終わりだなぁ、国司さんよぉ」
クッコロが勝ち誇った笑みを浮かべて行った。
「てめえをぶち殺して、このユガと、女たちはいただくぜえ!」
「くっ……」(殺される……!?)
その時だった。
突然、側面から大きな蹄音が鳴り響いた。
「!?」「うおっ!?」
賊のオークやゴブリンたちを弾き飛ばす様な勢いで掛けこんで来た一頭の馬が、賊達の間を駆け抜けてコラン達の方に走ってきた。
「国司様!」
「サシオ!?」
サシオは走らせていた馬から飛び降りると、大声でコランに呼びかけた。
「国司様……この馬に乗って、国司様だけでもお逃げください!」
サシオがコランの肩に手を当てて呼びかける。
「オークたちの狙いは国司様の様です。ここで国司様が殺されてしまっては、このユガは終わりです! だから、ここは逃げてください!」
「し、しかし……」
コランが狼狽して周囲を見る。脱出するための馬は一頭だけ。この状況で馬に乗れるのは一人だけだ。
「私たちは大丈夫です。国司様だけでも逃げのびて、体勢を整えて助けに来てください!」
サシオが娘達に目配せする。
娘達……クリークとトルテア、そしてハッチャは頷くと、力を合わせてコランの身体を押し上げて馬上に乗せた。
「お、お前たち!? し、しかし麻呂だけが逃げるわけには……」
「必要な撤退よ。ここを脱出して、増援を連れてきて、こいつらをやっつけてこの街を取り戻してちょうだい」
トルテアが言った。
「し、しかしお前達を残していくわけには……」
「わたしたちは大丈夫です」
クリークが言った。
「それに……国司様は必ず助けに来て下さる。わたしたちは信じてますわ」
「それまで……待ってます……」
後ろでハッチャも決意を込めた表情で頷いた。
「そんな……お前達を残していくなど……」
「逃がすわけがねえだろ!」
クッコロたち、オークたちが国衙兵たちを倒して目前まで迫ってくる。
「……さあ、行って下さい!」
サシオが叫んで、馬に鞭を入れて合図をする。
指示に応えて、コランを乗せた馬は全力で駆け出した。
「うおおっ!?」
勢いよく駆け出した馬は、コランを乗せたままオークたちの間を駆け抜けていく。
「て、てめえら、逃がすな!」
クッコロの命令で、オークや手下のゴブリンたちが馬を捕らえようとする。
しかし、全力疾走する馬の勢いに彼らの攻撃は届かず、駆け抜けた馬はオークたちの群れを突破して街の入口へと駆けていった。
「お、お前達……! 必ず、必ず助けを呼んで来るぞ……!」
馬上から、コランが必死の声で後ろに呼びかける。
脱出する寸前に彼の目に映ったのは、オークたちに取り囲まれる、4人の娘達の姿だった。
(麻呂は……情けない……)
コランは涙を流しながら馬の鬣に顔を埋めた。
(娘達を、そして街の者たちを取り残して、逃げねばならぬとは……)
自己嫌悪に捕らわれながら、馬を走らせる。それでも今は、自分にできる事をするしかない。
彼は馬を走らせて、南へ……火の国、ヘルシラントに向けて落ち延びていく。
彼の後を追って、一部脱出した兵士たちも同様に南へと向かったのであった。
……………
国司館を制圧したクッコロ率いるオークたち。そして手下のゴブリン山賊たちは、意外にもあっさりとユガの街から退去した。
捕らえた4人の娘達を連れ、途中皆が逃げ出して無人となった街の市場から略奪して当面の食料を確保した彼らは、ユガの街を出て、近くにある廃砦に入ったのである。
ユガの街にほど近い、かつては街の防衛に使われていた廃砦に、何の目的か彼らは居座り、陣取ったのだった。
「クッコロ様ぁ、何でこんなところに居座るんですかい」
「ユガの街の館を占領して、街を略奪した方が楽しめたんじゃねえですかい」
「こんなところで休まず、移動して村とかを襲いましょうぜ」
部下のオークやゴブリンたちが言ったが、砦の玉座に座ったクッコロは「てめえらは判ってない」と首を振った。
「いいか、ユガの街は守りには適していないんだ。増援が来たり、街の連中が抵抗したら守り切れずにやられちまうかもしれねぇ」
砦の窓から見える、ユガの街を眺めながら言った。
「だから、間近にあるこの砦に居座る。ここに居ればユガの街の住民連中は俺らを恐れて動けないからな」
棍棒を眺めながら続ける。
「国司の奴は殺しそこねたが、街から逃げた。兵士や役人どもも同様だ。
そして、国司を支えていた4部族の娘は、俺たちが捕らえて人質に取っている。つまり……ユガの街は。そしてこの地方の機能は麻痺しているわけだ」
「そ、それが何なのですかい?」
「馬鹿野郎! それが俺たちの役目だろうが!」
オウム返しに尋ねる部下の頭を、クッコロは張り倒した。
「俺たちがここを押さえて居座り、ユガ地方の機能を麻痺させる。
その間に、『大親分』に増援の軍団を動かして貰って……このユガ地方全体を制圧して貰う手筈よ。
『大親分』が動かす軍団が来るまで、ここを占領してユガの奴らの動きを押さえるのが俺たちの役目だ。だから俺たちの役割は重要なんだ!」
クッコロは戦略について説明したが、そこまでの頭が無い手下のオークやゴブリンたちは、より近視眼的な視点から文句を垂れた。
「でも親分。そんなの、全然略奪できなくてつまらないですぜ」
「せっかくユガの街を襲ったのに、略奪できないなんて……」
「食いもんだけじゃ足りねぇ! 街のゴブリンたちをもっと襲いたかった! 財宝、そして女! 奪い足りねぇ!」
文句を垂れる部下たちに、クッコロは怒鳴りつけた。
「我慢しろ! もうしばらくの我慢だ!
『大親分』がこのユガ地方全体を押さえてくれれば……その後はやりたい放題だ。ユガの街だけじゃなく、あらゆる村々で襲い、取り放題だ。食い物も酒も女も好き放題だ! それまで我慢しろ!」
不満げな表情の部下達を押さえつける様に叫ぶクッコロ。その脳裏にふとある事が思い出され、彼はニヤリと笑みを浮かべた。
「そうだ。女と言えば、今回掠ってきた4人の女たちがいるだろうが。……あの女たちは好きにしてもいいぞ」
「本当ですかい、ヒャッハー!」
部下達が喜びの声を上げる。クッコロは4人の娘達の顔を思い出して、好色な笑みを浮かべた。
「そう言えば4人とも結構な上玉だったな……今回のご褒美に、俺たちで楽しむとしようか」
「さすがクッコロ様! 話がわかるッ!」
「あれだけの上玉ですし、既に他の奴らが『始めている』かもしれねぇ。急がないと!」
「そうだな……せっかく上玉の女が4人もいるんだ。俺たちでじっくりと回して、楽しむとしようか」
クッコロが舌なめずりしながら娘達を捕らえた牢に歩き始める。手下のオークやゴブリンたちも、これからのお楽しみを想像しながら、後を追ったのだった。
……………
娘たちが捕らわれている牢まで歩いてきた、クッコロたち。
だが彼らが見たのは、他のオークやゴブリンたちによって既に「始まっている」様子ではなく……牢の前に立ち止まり、当惑している手下たちの姿だった。
「……おい、どうした?」
クッコロが尋ねると、手下のオーク、そしてゴブリンたちは当惑した表情で牢の中を指差した。
「何だぁ?」
牢の中を見ると、4人の娘達……クリーク、トルテア、サシオ、ハッチャの4人は、それぞれ隠し持っていた小刀を取り出し、自分たちの頸に、喉に、そして胸に押し当てていた。
「……近づかないで下さい!」
サシオが震える声で言った。
「わたしたちは国司様にお仕えする者……。わたしたちに手を触れるというのであれば、わたしたち全員、自害します」
クリークが覚悟の据わった目で言った。
「あんたたちなんかに辱めを受けるくらいなら……死んだ方がましだわ」
刀を頸に当てながら、トルテアもきっぱりと言った。
「……わたしも誇りあるヨゥマチ族の娘……。覚悟は出来てる……」
ハッチャが小さな震える声で、しかしきっぱりと言った。
「こ、こんな調子でして……手が出せないでいるんでさあ」
牢の外で取り巻いているオークの部下が、当惑しながらクッコロに言った。
「こけおどしに決まってる! 踏み込んでやってしまいましょうぜ!」
「女なら死体でもかまわねえ! やらせてくだせえ!」
折角のお楽しみの予定が、お預けを食わされて手下達がはやり立つ。
クッコロはちらりと娘達の表情を観察してから言った。
「……やめろ。こいつらは本気で死ぬ気だ。手を出すんじゃねえ」
クッコロの言葉に、楽しみにしていた部下達は抗議の声を上げた。
「そんな……! 折角の上玉の女たちなのに、お預けなのですかい!?」
「踏み込んで、無理矢理やってしまえば、行けるんじゃないですかい!?」
「馬鹿野郎!」
クッコロは抗議する部下の頭を張り倒した。
「手前ら、これまでいろんな村を襲って場数を踏んでいるのに、まだわかんねえのか!
口だけ抵抗している女、実際には死ぬ勇気なんかない女と、……そうでない、本気の女の違いが!」
娘達を見ながら、部下達に怒鳴りつける。
「こいつらは……本気だ。これ以上踏み込めば、本当に死ぬだろう。
……俺は、『死体で愉しむ』趣味はないんだ」
そう言って、娘達を見てため息をついた。
「……仕方ない。こいつらは当分の間、捕らえておけ。飢えない様に、食べ物も与えてやるんだ」
「ええ~っ……」
「お預けですかい」
「折角の上玉なのに、手出しできないんですかい……」
部下達の落胆と抗議の声を背にして、クッコロは砦の玉座へと戻っていった。
……………
「あれだけの上玉の女達なのに、諦めるのですかい? クッコロ様ともあろう方が……」
再び玉座に座ったクッコロに、手下のオークが尋ねる。
「……そんなわけがねえだろ」
クッコロは笑って首を振った。
「あの女たちの『お楽しみ』は後回しにするだけだ。後々『おいしくいただける』時が来るんだよ」
クッコロの言葉に、手下は目を輝かせて尋ねた。
「おおっ。という事は、『大親分』のところに連れて行くのですかい?」
手下の言葉に、クッコロは「いいや」と首を横に振った。
「確かにそれならあの女達も確実に『落ちる』だろうが……そうなると先に『大親分』に取られてしまうからな。今回は違う方法だ」
「……となると!?」
「そうだ。あの手の『固くてつまらない』女達。『信じ続けている』女達はこれまでも時々いたが、落とす方法は同じ。……信じているものを、叩き崩してやることだ」
「なるほど……! あのパターンですな」
クッコロの意図を察して、部下のオークが楽しげな表情を浮かべる。
「それは楽しみですな。俺、『ああいう表情』の女は大好物なんですよ」
「くくっ……おめえもなかなか趣味がいいなぁ」
クッコロもニヤリと笑った。
そのまま、愉悦に満ちた表情で窓の外を眺める。
自害を仄めかして、拒み続ける女達。
手下の言う通り、確かに女達を「大親分」の所に連れて行けば……間違いなく彼女たちは抵抗しなくなり、従順になるだろう。
しかしそうしてしまうと、あの上玉の女4人は「大親分」に先に取られてしまう事になる。クッコロたちの元には、使い古した「食べ残し」しか回ってこないだろう。それでは意味が無い。
それにクッコロは、個人的にこうした女たちに対する「大親分」の手段は好きでは無かった。
クッコロが好きな、こうした拒絶する女たちに対する方法。
それは……「彼女たちが信じているもの」を目の前で叩き崩してやることだ。
こうした女たちは、親や家族、そして恋人など……信じる者、愛する者が助けに来てくれると信じている。それを心の頼りとして、心と身体を保ち続けている。それを壊してやるのだ。
彼女たちを助けに来る「愛する者」を。親や恋人を返り討ちにして、彼女たちの目の前で殺してやるのだ。そして血にまみれた死体を、打ち落とした首を、彼女たちの前に置いて見せつけるのだ。
その時に女達が見せる表情と悲鳴。もう助けは来ないこと、愛する者が目の前で殺された事を突きつけられた表情。悲しみと恐怖、絶望が混じった表情。信じていたものが打ち砕かれ、救いが無い事を理解した絶望と諦観が混じった表情。
そんな、希望が打ち砕かれ、抵抗する気力を喪失した女達を押し倒すのが。絶望と諦観に包まれた女達の表情を眺めながら服を引き破くのが、クッコロは大好きだった。
今回捕まえた、上玉の女達。
彼女たちは、あの国司が助けに来ると信じている。そして国司はいずれきっと救出にやってくるだろう。
その国司を返り討ちにして殺して、首を女達に突きつけてやる。そして抵抗の気力を失った娘達を、一人ずつ組み敷き、楽しむのだ。
その時、女達はどんな絶望顔を見せてくれるのだろうか。そしてどんな味なのだろうか。
クッコロは今から楽しみで仕方が無かった。
読んでいただいて、ありがとうございました!
・面白そう!
・次回も楽しみ!
・更新、頑張れ!
と思ってくださった方は、どうか画面下の『☆☆☆☆☆』からポイントを入れていただけると嬉しいです!(ブックマークも大歓迎です!)
今後も、作品を書き続ける強力な燃料となります!
なにとぞ、ご協力のほど、よろしくお願いします!