第114話 転機
娘達の会話を立ち聞きし、その内容にショックを受けていたコラン。
その後ろから、トルテアがぽんと肩を叩き、驚きにコランの身体は跳ね上がった。
「……………」
驚きと後ろめたさが入り交じったまま、凍り付いた表情のコランを見ながら、トルテアは身振りで指示する。
(……こっちに来なさい)
コランは示されるまま、二人で少し離れた場所まで歩いて行った。
……………
「……聞いてしまったのね」
少し離れた場所まで行くと、トルテアは開口一番、そう言った。
「麻呂は、麻呂は……」
震える声で、すがる様に、尋ねる様に見上げるコランの目を覗き込んで、トルテアはきっぱりと告げた。
「そうよ。あたしたちは、身を差し出すことであんたを依存させて、一族を守るためにあんたの側にいるのよ」
「……………」
「本心からあんたの事が好きで、あんたに尽くしているとでも思っていたの? どれだけおめでたいのよ」
追い打ちを掛ける様に、トルテアが告げる。コランは震える声で呟いた。
「麻呂は、麻呂は……。みんなが麻呂を好いてくれていると思っていたのじゃ。だから……」
コランは俯いて続けた。
「麻呂は、そんな事にも気づかずに、皆にこれまでずっと……甘え続けて……」
コランの様子に、トルテアはため息をついた。
「……それだけではないのじゃ」
コランは、続けて言った。
「麻呂は、麻呂の政治で、この地方の皆が幸せに過ごしていると思っていたのじゃ……。じゃが……そうでは無かったのでおじゃるか?」
コランの言葉に、トルテアはため息をついた。
「……そう。外の街も見てしまったのね」
「麻呂の政治で、このユガの皆は豊かで幸せな生活を送っていると思っていたのじゃ。じゃが、実際は……」
「……本当におめでたいわね」
トルテアは呆れた表情で言った。
そして、コランに指を突きつけて言った。
「前に、租税を決めた際にも言ったでしょ? この地方は、決して豊かなどではないの。貧しく、苦しいのよ」
「……………」
「あんたが多少何かした、増税を据え置いた程度では、根本は何も変わらないわ。この地方の貧困なんか、何も解決しないの」
「そ、そんな……」
トルテアは厳しい声でコランに言った。
「あたしたちの役目は、そんな貧しい、このユガに来た国司のあんたが、『余計な事』をしない様に制御すること」
コランに指を突きつけて、言葉を続ける。
「ハーンに任命された国司としてこの地に君臨したあんたが、私腹を肥やしたり、『ハーンへの点数を稼ぐ』ために、増税したり、搾取したり、無茶な事業や外征を目論んで、あたしたち四部族や、ユガ地方の皆を苦しめないようにね」
「ま、麻呂には、そんなつもりなど……」
反論しようとするが、トルテアは冷たい声できっぱりと言った。
「それは結果論でしょう? それぞれ娘を差し出して『女をあてがい』、依存させる事で、余計な事を考えさせない様にするのが、あたしたち四部族の決断。そしてあんたはそれに嵌まっただけ」
「……………。麻呂は、麻呂は……」
ショックを受け、うわごとの様に呟くコランの顔を覗き込んで、トルテアが言った。
「いい、あんた。これから一緒に部屋に戻るけど……。みんなの前で態度を変えるんじゃないわよ」
コランに指を突きつけながら続ける。
「聞いてしまった事、見てしまった事を忘れ、何も知らない、気づかないフリをして、これまで通りに過ごしなさい。そうすればあんたもこれまで通り、あたしたち4人にチヤホヤされる楽しい生活が送れるし、結果的にはあたしたちも、そしてユガの民衆達にとっても、一番マシな、最適な暮らしが送れるのよ」
「……………」
俯いたまま、コランは何も答えない。その顔を覗き込んで、トルテアは強い口調でもう一度念押しした。
「わかったわね!」
「……………」
俯いて黙ったままのコランを引き立てる様に、トルテアは「国司の間」へと引っ張って行った。
……………
「あらあら、国司様、お帰りなさいませ~!」
入ってくるコランを見て、クリークが朗らかで蕩ける様な声で出迎える。
「お待ちしていました、国司様!」
「お帰りなさい……待ってた……」
サシオとハッチャも、出迎えの挨拶をする。皆の態度はいつも通りで……先ほど見てしまった姿をまったく感じさせないものだった。
普段であれば大喜びで彼女たちの中に飛び込んでいるコランだったが、先ほどの姿を見てしまった彼は、もうそんな気分になれなかった。
「? どうされました、国司様、少し酔ってしまわれましたか?」
訝しげな表情を浮かべるクリーク。
トルテアは窘める様にコランを引っ張り、国司の椅子に連れて行って座らせた。
「ほらほら、しっかりしなさい! いつも通り、元気な姿を見せてよね!」
「態度を変えるな」という警告の意味も込めて、コランの顔を覗き込んで言った。
「……………」
だが、コランは俯いたまま、何も答えない。
「あらあら国司様、大丈夫ですか?」心配げな表情を浮かべてクリークが言った。
「お元気になれる様に、わたしたちと楽しみましょう! 今日はみんなで何をしましょうかね?」
その言葉とともに、サシオとハッチャもいつもと変わらぬ様子で、親しげに近寄って来る。
「……………」
彼女たちの様子に、普段と変わらぬ姿に。葛藤する心を抑えきれずに、コランは言った。
「……麻呂は」
「はい、何ですか?」
4人を見上げながら続ける。
「……麻呂は、このユガの国が好きじゃ。
そして……みんなの事が、4人とも、大好きじゃ」
「まあ、嬉しい!」
クリークが手を合わせて笑顔を浮かべた。
「わたしも……わたしたち4人も、国司様の事が、大好きですよ」
クリークの後ろでは、サシオとハッチャも立ち、笑顔を顔に張り付かせている。
あくまでも普段と変わらぬその様子にコランは耐えきれなくなって、震える声で言った。
「……違うのじゃ」
「! ちょっと、あんた!」
トルテアが窘める様に制止したが、コランはもう抑えきれなかった。
「……違うのじゃ。麻呂は、麻呂は……」
「演技ではなく、本当の意味で、麻呂の事を好きになって貰いたいのじゃ……」
「……国司様!?」
クリークが驚いた表情を浮かべる。
「それだけではないのじゃ。国司として、このユガ地方の皆を幸せにしたいのじゃ。ユガの民を貧しさから救い、生活を豊かにし、幸せになってもらいたいのじゃ」
縋るような目で、クリークや、周りの娘達を見つめるコラン。
「そして、民達を幸せにする事で、おまえたち4人にも、麻呂の事を好きになって貰いたいのじゃ……」
4人の表情を見ながら続ける。
「じゃが、どうすれば良いのかのぅ、どうすれば、民衆や各部族の生活を救い、豊かにすることができるのかのう……」
「どうすれば、ユガの皆を幸せにして、おまえたちに喜んで貰って……本当の意味で、麻呂の事を好きになって貰えるのかのう……」
震える声で呟く様に言って、コランはそのまま俯いてしまう。
トルテアはため息をついて、3人に視線を向けた。その表情を見て、クリークたちは、先ほどの会話が聞かれてしまっていた事を悟る。
「国司様……」
クリークたち4人は、困った表情を浮かべて、俯いたままのコランを見つめていた。
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