第109話 国司赴任
国司。
リリ・ハン国において、地域統治のために設置された役職である。
リリ・ハン国は、頂点に君臨するハーンが諸部族を束ねる形で成立している。
主君としてハーンを仰ぐという形で統べられているものの、基本的には諸部族が独立しており、自前の軍事力や統治能力を持つ諸部族が割拠している。
すなわち一部のハーン直轄地を除いて、ハーン自身が国土を統治しておらず、各地方の統治は、それぞれの部族の自治に委ねられている。
ただ、リリ・ハン国という国家を運営されるにあたり、国が、そしてハーンが直接把握管理しておくべきである、統制下に置く必要があると考えられた重要な地域には、各部族の上位の存在として、ハーンに任命された国司が派遣され、当該地域の統治を担当した。
こうした事情のため、国司が派遣されるのは、基本的には情勢が複雑な、何らかの課題を抱えた地域となる。
……………
トゥリ・ハイラ・ハーンの2年、秋。
この時点で、リリ・ハン国に国司は3名存在した。
一人は、「チランの街」の国司。
チランの街は、イプ=スキ族とマイクチェク族の両勢力の概ね中央にある街である。
この街は長年イプ=スキ族とマイクチェク族の間で係争地となっており、イプ=スキ族が領有していたこの街をマイクチェク族が攻撃、占領した、という段階で両部族がハーンに服属することとなった。
ともにハーンの傘下に入った事から一旦休戦という形にはなったが、街の処遇は非常にデリケートな問題である。対応を誤れば、ハーンを支える両翼とも言えるイプ=スキ、マイクチェク両部族が諍いを起こす原因になりかねない。
そのため、一旦この街を「ハーン直轄地」としてハーン自身が「預かる」形として、領土問題を一旦棚上げした。
そして領土問題に対処するために、リリ・ハン国の宰相とも言える大尚書コアクトに「チランの街の国司」を兼任させたのである。
コアクトに課せられた、この街に関するハーンの意向は「チランの街をイプ=スキ族の所有に戻す」……すなわち、マイクチェク族に占領されたチランの街を、イプ=スキに返還させる(占領後に移住して来たマイクチェク族の者たちは、街の外部に住むか帰還させる)というものであった。
イプ=スキ族の顔を立て、マイクチェク族側に「譲らせる」内容であるだけに、ハーンも非常に気を遣い、この問題に対応するために自らの右腕ともいえる大尚書コアクトを国司に任命したのである。
この件で、占領した土地を「譲らせる」事になるマイクチェク族に対しては、懐柔のために、「隅の国」征服の際に投下領を多めに配分するなどの交換材料を与える事で配慮を行っており、後述する「シブシ地方の国司」についてもこうした配慮の一環であった。
……………
二人目の国司は、シブシ戦役により制圧した「隅の国」の南部地域に設置された、「シブシ地方の国司」であった。
降伏したシブシ族が領有を許された、「隅の国」の南部を統括する国司である。
シブシ族は部族長のイル・キームが名目上、存続を許されたものの、首脳部はリリ・ハン国中央部から送り込まれた者たちに入れ替えられ、事実上はリリ・ハン国の支配下に入った。
そして、新領土とも言えるこの地域を統括するために、国司として送り込まれたのが、マイクチェク族の族長ウス=コタの三男、ソダックであった。
ソダックはこの年に生まれたばかりの0歳児であり、当然ながら統治能力は無い。どちらかと言えば統治そのものよりも、シブシ族の上に更に君臨する存在が居る、という事実を誇示する事が目的であった。
また、将来的にはソダックの成長時に、シブシ族族長の座を禅譲させ、シブシ族を「マイクチェク族の分家」化する事を視野に入れていた。
この地に国司を設置する事は、制圧した「隅の国」を権威面で押さえ、リリ・ハン国による支配を確かなものにするという目的があったのである。
……………
そして……3人目の、新たに設置された国司も、同様に、不安定な新領土の「押さえ」としての役割を担っていた。
「日登りの国」の中部。
「ユガ地方」と呼ばれるこの地域は、多数のゴブリン小部族が割拠する地域であった。
隣接する「日登りの国」南部を支配するオシマ族がリリ・ハン国に服属した際に、彼ら「ユガ地方」の部族たちも併せてハーンに服属。この地方もリリ・ハン国の領域に統合されたのである。
この地方の部族はいずれも洞窟や村一つ~数個といった、小領土のみを領有する部族であった。
帰順時にハーンから「大当戸」の爵位が与えられたヨゥマチ族、タゴゥ族、マユラ族、クシマ族などが代表格であるが、彼らの勢力範囲ですら、洞窟数カ所、数村程度である。
小部族が点在し、彼ら全体を纏める、確固たる存在がいない。
リリ・ハン国にとっては、この地「ユガ地方」は領土の最北端に当たる地域であり、外部の勢力と領土を接している事から、確固たる支配権を確立し、確実に押さえておく必要があった。
こうした重要拠点が、「小部族が点在して、まとまりがない」状況では心許ない。
そのため、彼ら「ユガ地方」の小部族を束ねる存在として「ユガ地方の国司」の地位を新設し、中央から国司を派遣する事としたのである。
外部への国境に接しているだけでなく、様々な思惑と事情を抱える小部族が点在する難治の地、ユガ地方。
この地を治めるために……リリ・ハン国中央から、ハーンに任命されたゴブリン貴族が、国司として派遣される事となる。
……………
ユガの街。
その名の通り、ユガ地方の中央に位置し、最も人口が多いこの地に、国司の一行が来訪しようとしていた。
木で組まれた輿は、四名のゴブリンによって掲げられている。
輿は、ハーン直々に任命された地位の者(勅任官)にしか使用が許されない、特別な乗り物である。この輿に乗っていること自体が、リリ・ハン国に在る者にとっては、高貴な身分である事を意味していた。
そして、その輿に乗るのは、比較的若い男性のゴブリンである。
派手な色の狩衣に身を包み、革の冠を被っている。
その顔は、ゴブリンの緑肌が化粧で白く塗り潰されている。白い顔に墨で眉が黒く塗られたその姿は、彼がハーンに任命された貴族である事を示していた。
「ほほほ、良い天気じゃのぅ」
甲高い声で、扇を広げ、青空を眺めながら呟く。
沿道で出迎えるゴブリンたちは、輿に座る彼の姿を見ると、一斉にひれ伏した。
「ここが……ユガの街でおじゃるか?」
平伏するゴブリン達に、輿の上からゴブリン貴族が口を開く。開かれた口に見える歯は、真っ黒に染まっている。お歯黒で染めているのだった。
「ははあっ、遠路はるばる、ようこそこの地においで下さりました! 国司様でいらっしゃいますね!」
平伏するゴブリンたちに、ゴブリン貴族は輿の上で仰け反る様にして応えた。
「左様。麻呂が、ユガ国国司、コラン・ノゥユでおじゃる」
新たに国司に任命された、ゴブリン貴族、コラン。
赴任した彼による「ユガ地方」の統治が、始まろうとしていた。
読んでいただいて、ありがとうございました!
・面白そう!
・次回も楽しみ!
・更新、頑張れ!
と思ってくださった方は、どうか画面下の『☆☆☆☆☆』からポイントを入れていただけると嬉しいです!(ブックマークも大歓迎です!)
今後も、作品を書き続ける強力な燃料となります!
なにとぞ、ご協力のほど、よろしくお願いします!