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第98話 右賢王初陣 ~オスミ高原の戦い~

「ヒャッハーーーーー!!」

 鬨の声と馬蹄の響く音とともに、見上げた丘の向こう側から、多数の弓騎兵たちが姿を現した。

 そしてそのまま、全力疾走で丘を駆け下り、シブシ族の陣営へと向かっていく。


「!!」

 それは、丘の頂上の反対側。シブシ族の軍勢からは死角となる場所に伏せていた、イプ=スキ族の軍勢だった。


 最初に見えていた、サカたち少数の軍勢を見て油断していたシブシ族たち。

 その前に突然、丘の上からこれまでの倍以上の軍勢が現れたので、シブシ族の軍勢は激しく動揺した。


「こ……これは!?」

 シブシ族イル・キームが、そして側近の者たちが驚きの声を上げる。

 しかし、驚いている暇など無かった。


 丘の上から姿を現した新手のイプ=スキ族騎兵たち。彼らは全力疾走で丘を駆け下り、一気にシブシ族の軍勢に接近した。

 虚を突かれただけでなく、イプ=スキ勢が全速で一気に駆け下りて来たので、シブシ族側は何の対応もできずに接近を許すこととなった。


「放て!」

 シブシ族の陣間近まで接近したイプ=スキ族の弓騎兵たちが、一斉に弓を引き絞り……シブシ族の陣に矢を射ちこんだ。

「ぎゃっ!?」

 放たれた矢がシブシ族の陣営に降り注ぎ、兵達が倒れていく。

 疾走する騎馬の上からでもイプ=スキ騎兵の狙いは正確で、多くのシブシ族兵たちが矢に射たれて倒れていく。


 混乱するシブシ族の陣営を見ながら、イプ=スキ族の弓騎兵たちは矢を放ち続ける。

 最初に布陣していた兵達も攻撃に加わり、瞬く間にシブシ族の兵達はばたばたと夥しい数が倒れていった。


「ひいいっ……! な……何をしている、反撃しろ!」

 シブシ王イル・キームが悲鳴を上げながらも命令する。

 シブシ族の兵はここに来てようやく反撃に移ろうとしたが……シブシ族の兵が接近しようとすると、馬に乗ったイプ=スキ兵は後方に下がって距離を取るので、白兵戦に持ち込む事ができなかった。

 イプ=スキ族の弓騎兵たちは敵が迫ると後方に逃げて距離を取り、自分だけが攻撃できる距離から一方的に矢を射ち込み続ける。


 シブシ族側は何とかそれでも弓兵で対抗しようとしたが、弓兵の数が少ないだけでなく、真っ先に攻撃されて排除されるため、有効な反撃を行う事ができなかった。

 それだけでなく、そもそも不意を突いた最初の一撃の時点で、弓兵や騎馬兵の多くは真っ先に狙われ、倒されていた。

 その結果、早々に対抗できる手段がほとんど残っていない状態となっていた。


 イプ=スキ族弓騎兵部隊特有の、敵兵が来たら下がり、距離を取り続けて馬上から後ろ向きに矢を射ち込み続ける戦法。

 白兵戦に持ち込めず、反撃の手段も無く、シブシ族の軍勢は一方的に矢を射ちこまれて攻撃され、被害を出し続ける。

 シブシ軍の士気は乱れ、陣形が乱れる。するとイプ=スキ族の騎兵は乱れた陣形の隙間に入り込んで矢を放ち、更に被害を拡大させる。捕捉しようと追いかけても、騎馬の機動力で攻撃範囲外まで逃れてしまう。

 戦闘が始まってから僅かな時間でシブシ族の軍勢は大混乱に陥り、戦闘は一方的な様相を呈してきた。


「ひっ、ひいいっ……! な、何とかしろ!」

 悲鳴を上げながらシブシ王イル・キームが命令する。

「わ、わたくしが参ります!」

 将軍、ジョゥン・シルラが答えて乗騎で敵軍へと駆け出そうとした。

「敵の大将さえ討ち取れれば……ぐえっ!」

 その刹那、喉元に深々と赤い矢が突き刺さり、シルラ将軍は断末魔の悲鳴を上げながら馬から転げ落ちる。その様子を見てキーム王が悲鳴を上げた。


「イプ=スキ族のコラン・ノゥユ!! 賊将ジョゥン・シルラを射抜いたり!!」

 イプ=スキ族の騎兵……コランが赤い弓を掲げながら叫ぶ。

「コラン、見事! さあ、皆も続くのです!」

 サカがそう叫んで鼓舞する。イプ=スキ族の陣営から歓声が上がり、更に激しく攻撃を続けた。


 シブシ族陣営に打ち込まれる矢は益々激しくなり、シブシ兵たちはばたばたと倒れていく。陣営は恐慌状態に陥りつつあった。

 逃げ惑う兵達の中心で、恐怖に怯えるイル・キーム王。彼が手をこまねいている間にも被害は拡大し続けていた。

「テウ・コライ将軍、お討ち死に……!」

 更にもう一人将軍が討たれた情報が入ると、キーム王は耐えきれずに叫んだ。

「た、退却!」

 震える声でもう一度叫ぶ。

「退却じゃ! 南に……シブシまで撤退するのじゃ!」


 その言葉が伝わると共に、シブシ勢は撤退……というより潰走を始める。

 組織的な撤退というより、めいめいが悲鳴を上げながら南に向けて逃げ走る、といった様相であった。

 一部の兵達は少しでも早く逃げるために、武器や防具を投げ捨て、這うように逃げている有様だった。

 イプ=スキ族の軍勢は、そんな逃げ惑うシブシ族の軍勢を後ろから追撃し、弓矢で着実に仕留めていく。



 オスミ高原において行われた戦いは、こうして、イプ=スキ族……リリ・ハン国側の完勝に終わった。



 ……………



 火の国「星降る川」河畔に、ハーンと近衛軍団が布陣している大本営。

 この地に戦況を伝える文烏(ふみがらす)が到着したのは、その日の夕刻頃であった。


 文烏(ふみがらす)に結ばれた伝令文を受け取った伝令兵が、ハーンの幕舎に駆け込んでくる。

 伝令分はわたしの隣に控えるコアクトに渡される。コアクトは書かれた文書を見ると小さく笑みを浮かべ……

「ハーン、オスミ高原に侵攻中の、右賢王(うけんおう)サカ様から報告が入りました」

 そう言って、わたしに伝令文を手渡した。

 書かれている文章を見て、わたしは思わず嬉しくて笑みがこぼれてしまう。

「……やったね、サカ君」

 彼が戦っている南方を見ながら小さく呟く。そして廷臣たちに言った。

「右賢王の軍勢が、北上していたシブシ族長率いる援軍を撃破したとの事です」

 その言葉に、廷臣たちの間から「おおっ!」と歓声が上がった。

「皆が待ち望んだ朗報です。この戦果の情報を、ただちに全陣営に、『灰の街』に、そして国の全ての民に届けて下さい」

「承知いたしました」

 コアクトが頷いて文を受け取り、発表の手配に入る。



 ……………



 ほどなくして、伝宣官による発表が行われた。

 読み上げられた発表の声は、大本営の置かれた「星降る川」河畔だけでなく、「唱石」を通じて「灰の街」の全域にも鳴り響いた。



「大本営発表

 青月5日、三刻


 『隅の国』方面において作戦中の我が騎動部隊は、4日『隅の国』中部、オスミ高原南方において敵族長率いるシブシ族の部隊を発見捕捉し、翌5日六刻、オスミ高原においてこれに攻撃を加え、賊将ジョゥン・シルラおよび賊将テウ・コライを討ち取るとともに敵軍に大損害を与えたり。敵軍は過半の戦力を失い南方に潰走。我が軍の損害は軽微にして、目下なお追撃を続行中なり。

 我が部隊の大将は右賢王サカ・ムーシ殿下、副将は弓騎将軍サラク・カイカン閣下なり。

 本会戦を『オスミ高原の戦い』と呼称す」



 戦勝の発表を聞いた「星降る川」河畔に布陣する近衛兵たち。そして「灰の街」の民衆たちから大歓声が上がった。

 この戦いの鍵を握っていた、包囲されたカラベに向かう援軍の撃破。

 この結果により、カラベにはもはや援軍が来ることは無くなった。カラベは早期の落城が期待できるし、更にはシブシ王の捕縛や首都シブシの攻略、更にはシブシ族そのものの降伏へと繋がっていく事も期待できる。

 今回の戦いの勝利は、まさにシブシ戦役の重大な局面が定まった、と期待させるものであった。



 ……………



 「オスミ高原の戦い」勝利を伝える大本営発表は、文烏(ふみがらす)や早馬を通じて、リリ・ハン国の各地にも伝えられた。

 国内の各地がこの勝利に沸き立ったが、中でも大きな歓喜に包まれたのは、右賢王サカの故郷である、イプ=スキ族の者たちだった。


 先王スナの敗死。その後も、マイクチェク族との戦いに敗北、更にはチランの街を占領され、ヘルシラント族への帰順(降伏)を余儀なくされるなど……困難な時期が続いていたイプ=スキ族にとって、今回の勝利は久しぶりにもたらされた朗報であった。

 そして、その勝利をもたらしてくれたのが、自分たちの若き族長であること。部族にとって未来の希望であるサカが、その期待に違わぬ……期待を超える大活躍を戦場で示してくれた事は、イプ=スキ族の民衆たちに大きな喜びをもたらした。


 ハーンがサカに与えてくれた「右賢王」の称号。ヘルシラント族に降った身分には、衰えたイプ=スキ族には、そして幼い少年には過大であるとも揶揄された待遇。

 だが、右賢王サカはその実力を自ら証明し、イプ=スキ族の実力が健在であることを天下に示してくれたのだ。


 イプ=スキ族の者たちは大歓声を上げ、歓呼の声は一日中鳴り止む事は無かった。



 ……………



 ただ、速報とはいえ、情報の伝搬には時間差がある。

 イプ=スキ族の者たちが「オスミ高原の戦い」の勝報を知り、大歓喜に包まれたのは、戦闘が行われ、そして大本営発表が行われた翌日の事であった。


 彼らが朗報に沸いたちょうどその頃……戦場では更なる状況の変化が起きていたのである。



 ……………



 翌日、青の月(7月)6日。


 オスミ高原南方において、逃走していたシブシ族の軍勢は、追撃してきたイプ=スキ族の軍勢に完全に包囲されていた。


 前日の戦い以降、夜を徹して南方に撤退……逃走を続けていたシブシ族に対して、イプ=スキ族勢は間断なく追撃と夜襲を敢行。シブシ族は被害を出し続けていた。

 倒れた兵を置き去りにして逃走を続けるも、騎兵であるイプ=スキ族を振り切る事はできず、被害は更に拡大していた。


 翌日朝の時点でシブシ王に付き従う兵は、当初とは比べものにならない程に減少、僅かとなっていた。

 ずっと夜を徹して襲撃に晒されていたために休む事ができず、王をはじめとして全員が疲労困憊していた。

 そして翌朝、追撃と夜襲で更なる被害を受け、もはや組織的な戦闘能力が残っていない状態となったところで……イプ=スキ族の軍勢に包囲されたのである。

 包囲するイプ=スキ族の方は、夜襲の際も交代して休息を取っていたため、体調も万全である。もはやシブシ族が対抗出来ないのは明らかであった。


「ひいっ……ひいいっ……!」

 僅かに残った軍勢が完全に包囲されている状況を見て、シブシ王イル・キームが悲鳴を上げた。

 逃走しようとしていた自分たちの前方が、そして周囲全てが、イプ=スキ族の騎兵たちに取り囲まれている。

 そして、彼らは一斉に弓を引き、自分たちに矢を射ち込もうとしているのだった。



 その様子を見て、シブシ王は崩れ落ちた。

「も、もうだめだぁ……おしまいだぁ……」

 前日の大敗に続き、夜を徹した追撃に怯えながら一睡も出来ず疲労困憊。更に包囲されて矢を突きつけられ……完全に心が折れたシブシ王は、涙声で叫んだ。

「降伏……降伏じゃ……!」



 ……………



 シブシ族陣営に掲げられた、降伏を示す白い旗。

 それを見て、包囲するイプ=スキ族の陣営から歓声が上がった。


「サカ様……シブシ族から降旗が上がっております! やりましたな!」

 サラクの言葉に、サカは笑顔で頷いた。


 彼の周りに、イプ=スキの武将が、兵達が集まってくる。皆が笑顔を、そして感激の表情を浮かべている。

「若様! おめでとうございます!」

「やりましたな、若様! お見事な勝利です!」

 一斉に祝福の言葉を投げかけるイプ=スキ族の兵たち。

「この勝利を見て、スナ様も……お父上も、きっとお喜びでしょう……」

 年配の武者が、涙を浮かべながらサカの手を握りしめる。サカはその手をしっかりと握り返して、少し震える声で「ありがとう」と答えた。

 そして、少し空を見上げて……息を整えてから、取り囲むイプ=スキ兵たちに言った。

「皆、ありがとう! 皆のおかげで、勝つことができました」

 その言葉に、サカを囲むイプ=スキ族の者たちは笑顔を浮かべる。サカは続けて言った。

「皆のおかげで掴んだこの勝利……。

 我らイプ=スキ族の力は健在であることを。

 そして我らが、りり様の……ハーンの第一の臣に恥じない、側に立つに相応しい存在であることを、天下に示す事ができました。

 皆、本当にありがとう。どうかこれからも宜しくお願いします」

 そう言って頭を下げるサカに……イプ=スキ族の者たちは大声で「応!」と叫んで応えたのだった。



「さあ、サカ様。それでは、勝利の(かちどき)を上げましょう」

 サラクが促して言った。

「サカ様の……右賢王様のご発声をお願いいたします」

 その言葉に、サカがこくりと頷く。そして、皆の方に向き直って言った。

「皆……本当にありがとう! それでは、我らイプ=スキ族の勝利を祝って、鬨を上げましょう!」

 そう言って、大きく息を吸って……拳を天に突き上げながら、叫んだ。

「えい、えい!」

 それに応えて、イプ=スキ族の者たちが、声を上げながら拳を突き上げる。

「むん!」



「えい、えい!」

「むん!」

「えい、えい!」

「むん!」

「えい、えい!」「むん!」

「えい、えい!」「むん!」

 戦場に響く、えいえいむんの鬨。


「ひっ……ひいいっ……!」

 周囲に鳴り響く鬨の大声に、シブシ族のイル・キーム王は、悲鳴を上げてかがみ込むのだった。



 ……………



 シブシ族のイル・キーム王は、イプ=スキ族の陣営に徒歩で赴き、右賢王に対する儀礼である十九叩頭を行い、降伏した。

 それと同時に、シブシ族の生き残りたちも武器を捨て、その場に跪いた。


 こうして、オスミ高原で始まった一連の戦闘は終結。

 シブシ族の軍勢は右賢王サカ率いるイプ=スキ族に降伏。軍勢は捕虜となり、イル・キーム王の身柄は捕縛された。


 読んでいただいて、ありがとうございました!

・面白そう!

・次回も楽しみ!

・更新、頑張れ!

 と思ってくださった方は、どうか画面下の『☆☆☆☆☆』からポイントを入れていただけると嬉しいです!(ブックマークも大歓迎です!)


 今後も、作品を書き続ける強力な燃料となります!

 なにとぞ、ご協力のほど、よろしくお願いします!

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