第94話 出陣~シブシ戦役開戦
リリ・ハーンの「征戦の詔」が渙発されるとともに、「星降る川」河畔に集結したゴブリンの軍勢が動き始めた。
ハーンの幕舎外に掲げられていた聖剣と九金毛の馬印が、一旦降ろされる。
そして、金色に輝く栗毛馬の尾が取り外され……その代わりに、芦毛馬の白い尾が取り付けられた。
同様に、各軍団の将旗、馬印に取り付けられていた馬の尾も、同様に芦毛馬の白い尾に取り替えられる。
馬印の金色の尾が、白色の尾に取り替えられるということ。
それは……平時から戦時への移行を示すもの。リリ・ハン国が戦闘状態に入った事を意味するものであった。
各軍団の将達は、白き尾の旗印を掲げて戦場に赴き、ハーンに叛く者たちを討つ。
そして、討った逆賊たちの血で、白き尾を朱く染めるのである。
白き尾の旗印で出陣すること。それは必ず勝って旗印を賊の血で染めて帰ってくる。そうした意気込みと覚悟が込められているのだった。
……………
「『ゴブリンの神』の守護を……!」
「トゥリ・ハイラ・ハーンの御軍に、神の加護を……!」
「星降る川」河畔の陣営の出口で、「天の神巫」ココチュを始めとする神巫の一族、ティエングリ家の者たちが、祈りながら戦勝を踊る舞を捧げる。
その間を通って、ゴブリン諸部族の軍勢たちは、一斉に行軍を開始する。
大本営である「星降る川」河畔に留まり、ハーンを守護する近衛軍団を除き、「リリ・ハン国」のゴブリンほぼ全軍が出撃していく。
右賢王サカと弓騎将軍サラクが率いる、イプ=スキ族の弓騎兵部隊。
左谷蠡王ウス・コタが率いる、マイクチェク族の部隊。
左日逐王グランテが率いる、オシマ族の部隊。
そしてヘルシラント族の一部と、「日登りの国」中部、ユガ地方の諸部族の軍勢。
これらゴブリンの軍勢が、白尾の馬印を掲げて、「星降る川」河畔より出撃していく。
それと同時に、「灰の街」郊外に陣取っていた人間の軍勢……「灰の街」常備兵と傭兵団たちも動き始めた。
ダウナス評議員が率いる「灰の街」常備軍。
そして、七英雄、重騎士ペリオンが率いる傭兵軍団が、南に向けて進軍を開始する。
ゴブリン各部族の、そして「灰の街」の人間たちの軍勢は、「クリルタイ」が開催された大本営……「星降る川」河畔から、続々と南に向けて進軍を開始したのだった。
……………
ハーンの号令により出撃したゴブリン諸部族、そして「灰の街」の各軍勢は、南進して続々と「隅の国」に侵入。
翌日には「隅の国」北部の要衝であるカラベに到達、これを包囲した。
そして、右賢王サカ率いるイプ=スキ騎兵軍は、包囲軍の横を通り、北上してくるであろうシブシ族長の援軍を撃滅するべく、「隅の国」の南部に向けて進撃を開始する。
トゥリ・ハイラ・ハーンの2年(王国歴594年)、青の月(7月)。
後の世に、「シブシ戦役」と呼ばれる戦いの始まりであった。
……………
「あわわわ……こんな大軍に囲まれるとは……」
「うろたえるな!」
「隅の国」北部の城塞都市、カラベ。
城壁の外側を包囲する軍勢に狼狽の声を上げる部下を、総督イナル・テュークは叱責した。
「しかし、これだけの大軍に囲まれるなんて……」
部下が震える声を上げる。
「……………」
その言葉に、テューク総督は改めて、包囲する敵軍たちを眺めた。
街の中心に位置するこの大尖塔からは、街の四方を囲む高い城壁の、更に外までが一望できる。
街の四方、東西南北の城壁の外側全てを包囲する敵軍の大軍勢は……確かに壮観であり、カラベの街に強い圧迫感を与えていた。
これまでもカラベの街に敵軍が迫った事は何度もあった。
北方のゴブリン部族、オシマ族との紛争では、ここまで敵軍が攻めてくる事もあったのだ。
だが、その時の敵軍はせいぜい「北門の外側にたむろしている」程度の規模だった。
こうして今回の様に、街全体を包囲する程の大軍勢に迫られたのは、過去に例が無かったのだ。
包囲軍には彼らにとって見慣れたオシマ族の旗印だけでなく、見慣れぬ旗印が多数見受けられる。そして、ゴブリンだけでなく、「灰の街」の物だろう……人間の軍勢も見受けられる。更には攻城兵器であろうか、大きな投擲器らしきものの姿も見える。
これら大軍が、カラベの城壁の外をびっしりと取り囲んでいる。そして包囲軍によって街自体が封鎖されてしまっている状況は、カラベの守兵や住民たちに大きな動揺を与えていた。
「あわわわわ……」
「うろたえるなと言っているだろう!!」
狼狽する部下たちを、テューク総督が再度叱責する。
「し、しかし……」
「冷静になってよく考えろ! 軍勢が増えたからと言って、この城壁は突破できぬわ! このカラベは、これまでも幾度となく敵軍を跳ね返して来た……同じ事だ!」
そうだ。
敵軍の数が増えたからと言って、根本的な状況は変わらない。
彼らがこの街を攻略しようとすれは、この城壁の守りを突破するしかない。
これまでのオシマ族との戦いでは北方の城壁で行われていた戦いが、四方全てに拡張される。極論すれば、違いはそれだけなのだ。
我がカラベの街には、四方の城壁全てを守るのに充分な兵が配置されている。
いかに敵軍が多いと言っても、安易に城壁を突破しようとすれば、城壁上からの守兵の攻撃で大打撃を受けるだろう。
勿論、攻城戦では各方面で行われる戦いの連携は必要だし、投擲兵器や間諜などへの警戒も必要になってくる。
だが、それを指揮するために、街の中央にこうして全体を俯瞰して把握できる様に、大尖塔が設けられているのだ。
「シブシに向けて敵来襲の報告と援軍要請は行っているな」
「はい、文烏を飛ばすとともに、急使を派遣しています」
「ならば良し」
テューク総督は頷いて、改めて周囲を眺めた。
各方面で敵を迎え撃ちつつ、司令部が設けられているここ大尖塔で指揮し、臨機応変に状況に対応する。
そして守備を続けていけば、敵軍もいずれ攻勢の限界に達する筈だし、シブシから北上してくる援軍が到着すれば、呼応して挟み撃ちにできる。
「こうして守っていれば、絶対に突破などされぬ。そして、シブシから王の援軍が来て挟み撃ちにできるのだ」
テューク総督は自信たっぷりに言って、部下達に指示した。
「城内の動揺を抑えるとともに、入り込んでいるかもしれない間諜など、妙な動きが出ないかしっかりと見張るのだ」
「承知いたしました!」
退出する部下たちを見送り、テューク総督は改めて包囲する軍勢を眺めた。
辺境のゴブリンや人間たちではあるものの、確かにこれだけの大軍に包囲されると、城内が動揺して士気が下がるのは無理もない。ここは状況を変えるべく、一手打っておく必要がありそうだ。
「ふむ、そうだな……」
そして、鎧を身につけながら呟く。
「ここは儂自身が、この戦いの士気をこちらに傾けてやろうではないか」
そう言って、部下達に武器を持って来させる。
「これまでのオシマ族との戦いで、連中の武勇の程度は知れている。数は多けれど、所詮は烏合の衆よ」
テューク総督はそう言って、槍を眺めた。
「シブシ族最強の武人たるこの儂が、シブシ族の武勇というものを突きつけてくれるわ」
……………
カラベの街、北側の城壁。
取り囲む軍勢たちの前で、城門がゆっくりと開かれる。
そして、街の中から馬に乗った武将が進み出てきた。
「北方の辺境ゴブリンども!」
その武将……イナル・テューク総督は槍を掲げて、大声で叫んだ。
「我こそは、三百年の光輝あるシブシ族のイナル・テューク! シブシ王の義弟にして、ここカラベの総督なり!」
突然総督自身が出てきた事に驚いている包囲軍を前に、テューク総督は続けた。
「ハーンを名乗る小娘の手下ども! そして田舎都市の人間ども!
この儂と戦う度胸のある者はいるか!? もしいれば、出てくるがいい!」
イナル・テューク総督は、そう言って、槍を包囲軍に向けて突きつけた。
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