第93話 征戦の詔
「神佑を保有し、火の国、日登りの国、隅の国の主にして、全ゴブリンの守護者たるトゥリ・ハイラ・ハーンは、昭に忠誠勇武なる汝有衆に示す。
朕、茲に『シブシ族』の討伐を宣す。
朕が股肱たる諸王は朕を輔弼し
各将軍並びに朕が軍兵は全力を奮って征戦に従事し
大尚書並びに朕が百官有司は励精職務を奉行し
朕が衆庶は各々其の本分を尽くし
総力を挙げて征戦の目的を達成するに違算なからしむ事を期せよ」
ハーンであるリリ自らが読み上げる、「隅の国」のシブシ族への征戦を宣言する詔が、「星降る川」河畔、そして「灰の街」に響き渡った。
音声を伝える魔導具「唱石」により、ほぼ全てのゴブリンたち、そして人間たちがハーンの肉声を聞いているのだった。
「抑々南部三国の安定を確保し、全ゴブリンを守護し繁栄に寄与するは朕が遠猷にして、吾が国家の要義と為す所なり……」
ハーンの言葉が続く。
ハーンであるリリの理想とする「大陸全てのゴブリンを守護し、人間たちや大陸に生きる者全てと共に、等しく相和する」世界。
その理想に向けて建国以来「リリ・ハン国」の国家運営は行われ、富国を図るとともに、周辺国との善隣を図っていること。
その結果「火の国」は統一され、「灰の街」との友好関係が確立され、更には「日登りの国」の諸侯達も傘下に入り、「トゥリ・ハイラ・ハーンの理想に和する」領域が広がりつつあることが語られた。
続いて、こうした理想の元、善隣を図る目的でシブシ族にも通商使節団を派遣したことが語られた。
だが、差し伸べられた友好の手に対して、シブシ族が取った行動は……。
ハーンの詔の文面は、そうしたシブシ族の非道に移る。
派遣した通商使節団。そして、通商使節団や特使に対して行われたシブシ族の暴虐、そして増長した要求について語られた。
シブシ族の非道なる許されざる行い。
痛ましい出来事を思い起こし、聞く者たちは改めて彼らへの怒りを新たにするのだった。
そして、ハーンの言葉は、彼らの暴虐の行いが断じて許されないことを告げる。
そして彼ら「悪しき心、敵意を持つ者たち」の存在が、ハーンと「リリ・ハン国」が目指す「大陸全てのゴブリンを守護し、人間たちや大陸に生きる者全てと共に、等しく相和する世界」を乱し阻害するものであること。
リリの目指す理想のため、そして大陸南部の平和のため、存在してはならないものである事を告げる。
それ故に、討伐の兵を出して「隅の国」、シブシ族を平定する事を宣言するものだった。
シブシ族を討伐し、暴虐の犠牲となった者たちに報いるとともに、この地域を統合して「リリ・ハン国」の領域を広げ、大陸南部の三国の安寧を回復させる事を目指す言葉が最後に語られた。
「ゴブリンの神佑、トゥリ・ハイラ・ハーンの威光天にあり。朕は汝有衆の忠誠勇武に信倚し、ハーンの天命を恢弘し、速やかに禍根を芟除して大陸南部長久の平和を確立し、以て吾が国の光栄を保全せむことを期す」
ハーンの言葉が結ばれる。
……………
「……………」
聞いた者たちは、しんとして言葉が出ない。そしてあちこちで顔を見合わせた。
「征戦の詔」は、古ゴブリン語の難しい言い回しで書かれているため、聞く者は要所要所は理解しつつも、ハーンの言葉を完全には理解していなかったものも多かった。
それを補うべく、続いて進み出た大尚書コアクトが「大詔を拝し奉るに際しての大尚書談話」を語り始めた。
「……皆様お聞きの通り、征戦の御詔が渙発されました。大陸南部の平和は、これを念願する我らのあらゆる努力にも拘らず、遂に決裂の已むなきに至ったのであります。
過般当国は、偉大なるハーンの御意志の元、同じ志を持つ『灰の街』とともに、隅の国、シブシ族との友好通商関係樹立に向けて使節を派遣しました。しかし彼らは我らの志を踏みにじり、密偵の汚名を着せて我らが使節団を虐殺したのであります。
これに対し我らは平和的妥結のために隠忍自重し、特使派遣による解決を図りましたが、彼らはその特使にまで危害を加え、正使を殺害するとともに両副使には辱めを加えました。あまつさえ彼らは何らの反省の色を示さず、畏れ多くも我らが偉大なるハーン、および「灰の街」にまで屈従を求めているのであります。
もはや彼らシブシ族の悪意は明白です。
もし彼らの強要に屈従すれば、偉大なるハーンと我が国の権威を失墜するだけでなく、我が国の存立をも危殆に陥らしむる結果となるのであります。
偉大なるトゥリ・ハイラ・ハーンの元、同じ志を持つ「灰の街」とともに膝下の臣民を守護し、繁栄をもたらし、大陸全てのゴブリンの守護者となる事を目指している我が国にとって、悪しき志を持ち、敵意を持って我らに相対する勢力の存在は、到底容認できないものであります。
事茲に至りましては、我が国は現下の時局を打開し、臣民の安全と自存を全うする為、断乎として立ち上がるの已むなきに至ったのであります。
今、征戦の詔を拝しまして、恐懼にたえません。
私は不肖なりと言えども一身を捧げて力を尽くし、唯々ハーンの宸襟を安んじ奉らんとの念願のみを抱くものであります。
臣民の諸君につきましても、その身を尽くし、ハーンの御楯たるの光栄を同じくされるものと信じます。
この時に当り『灰の街』の皆様との友好、および一徳一心の関係いよいよ敦く、益々堅きを加えつつあるを、快欣とするものであります。
我が国の隆替、ゴブリンの興廃、正に此の一戦に在り。偉大なるハーンの御心の元に、我ら臣民の尽忠の精神ある限り、シブシ族など何等惧るるに足らないのであります。勝利は常に御稜威の下にありと確信致します。
私、大尚書コアクト・コエンは茲に、謹んで微衷を披瀝し、全ての臣民と共に、大業成就の丹心を誓う次第であります」
……………
ハーンに続いて、コアクトの演説が終わり、「唱石」を通じて聞いていた全ての者たちは顔を見合わせた。
彼らのうち、首脳部を除くゴブリンたちの殆ど、そして「灰の街」のほぼ全てが、ハーンであるリリの玉音も、大尚書コアクトの肉声も聞くのが始めてだった。
皆は顔を見合わせながら、ざわざわと言葉を交わす。
それは……概ね、好意的なものだった。
「ハーンの声、かわいいな」
「ゴブリンのハーンって、本当に女の子なんだ……」
「言ってる事は難しくて良く判らなかったけど、みんなのためにシブシ族を倒さないと、っていう思いはすごく伝わってきた!」
「りりちゃんの声、可愛い!」
「声が可愛いし、思いを込めて話している感じがいいよな」
「女の子のハーンが、一生懸命思いを伝えている感じが、健気でいい!」
「息継ぎをする時の吐息を聞くと、なんだかドキドキする」
「かわいらしい女の子の声で、ちん ちん、って言うのを聞くと、何か興奮するな」
彼らはゴブリン部族の陣営、そして「灰の街」の各所に張られている、ハーンの肖像画を見ながら話をする。
肖像画に描かれた少女のハーン、リリの声を始めて聞いた者たちは、ほぼ皆が親近感と好意的な印象で、詔を読み上げる玉音を聞いていたのだった。
そして皆の話題は、補足説明である「大尚書談話」を語ったコアクトにも触れられる。
「側近のコアクト様の声も、かわいいな」
「知的で落ち着いた、いい感じ」
「コアクト様は若い女性で、眼鏡を掛けていて……お胸も大きいらしいぞ」
「巨乳眼鏡美女……だと……!」
「眼鏡はりり様とお揃いらしいな」
「言ってることはやっぱり難しいけど、りり様よりはわかりやすかった」
「このふたりが言ってるって事は、今回の戦争は正しいことなのかな」
「知的眼鏡秘書って、憧れるよな……」
コアクトの声を聞いた者たちも、概ね好意的な反応を示している。
こうして、二人の肉声による語り掛けは、聞いた者ほぼ全てに好意的に捉えられた。
そして、(シブシ族に被害を受けた当事者、関係者以外の)これまであまり関係が無かった者たちも、今回の出兵に賛同する方向に意識を傾ける事になったのだった。
……………
また、リリ・ハーンとコアクトの言葉は、「灰の街」に住む人間達の大多数。これまでゴブリンとの接点が無かった者たちの意識に、大きな影響を及ぼした。
ハーンであるリリが可憐な少女であることが、肖像画に加えて肉声で認知された事。
そして、リリとコアクトの知的な物腰。二人によって語られた、理知的な内容の発言。
それを肉声で直接聞かされたことは、人々の意識に強い印象を刻みつけた。
「ゴブリンの」「ハーン」という言葉の響きから、一般の人間たちが、ハーンであるリリに、そしてゴブリン自体に対してこれまで漠然と抱いていた、どことなく「未開で野蛮な」イメージ。
リリとコアクトの言葉は、そうしたイメージを払拭するに充分であったのだ。
「征戦の詔」を肉声で聞かされた事を契機にして、ゴブリンたちの存在は。そしてハーンであるリリは……「灰の街」の人間たちにとって、より親近感のある存在として感じられる様になったのである。
この後行われる事となる「リリ・ハーンの『灰の街』表敬訪問」によるものと合わせて、「灰の街」に住む人間たちにとって、リリの存在は深い親しみと親近感、方針の支持、そして忠誠の対象へと変わっていく事となるのであった。
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