第91話 第2回クリルタイ ~七英雄参戦~
「これで、大筋で方針も決定しましたね。ダウナス殿、『灰の街』側につきましても、ご準備をお願いします」
わたしは、「灰の街」のダウナス評議員に告げた。
「承知いたしました。ハーンのお言葉、確かにルインバース議長にお伝えいたします」
ダウナス評議員が拝礼する。そして、思い出した様に言葉を続けた。
「『隅の国』の暴虐は許せないとの思い、怒りは、我らも同じです。それ故、今回の征戦、我が『灰の街』でも、万全の体制を整えております。
今回、惜しみなく予算を投入して、最強の傭兵軍団を雇用しております。必ずや今回の征戦で、ハーンのお役に立つと存じます」
「ありがとうございます。期待していますよ」
わたしの言葉に、ダウナス評議員は頷いて続けた。
「実は、今回雇用した傭兵軍団の大将が、お目通りを願い出ております。この場に連れて参ってもよろしいでしょうか」
ダウナス評議員の申し出に、わたしは周囲を見渡しながら頷いた。
「そうですね。我らとともに戦ってくれる者です。連携を取るためにも、各軍を率いる者たちとの顔合わせは必要でしょう」
わたしが頷くのを見て、ダウナス評議員は後方に合図をする。どうやら既に幕舎の外に控えている様だった。
「ありがとうございます。それでは、ご紹介いたします」
ダウナスはそう言って、続けた。
「この者の名を聞けば、皆様は驚かれると思います。そして、この戦いへの我ら『灰の街』の本気度を感じていただけると思います」
少し勿体ぶった言い方に、皆が怪訝な表情をしている中……幕舎の入口から、がっしりとした体格の男が入ってきた。
「ご紹介いたします……。今回の傭兵軍団を率いる、重騎士ペリオンでございます」
「!?」「ペリオン……だと!?」「まさか……あの!?」
名前を聞いた者たちが驚きの声を上げる。
わたしも……ここでこの名前が出てきた事に、驚きを隠せなかった。
「重騎士ペリオン……!? この者が……『あの』重騎士ペリオンなのですか?」
わたしの問いに、ダウナス評議員は自慢げに頷き、後方に佇む大柄な男を指し示した。
「左様でございます。この者こそが、重騎士ペリオン。
……『七英雄』の一人でございます」
「七英雄」の言葉に、一同に驚きと緊張が走る。
Sランク冒険者「七英雄」。人間界の中で最強の者にしか与えられない称号で、その名の通り、この大陸で七名しかいない、最強の戦士である。
それだけでも特別な称号である「七英雄」であるが、わたしたちリリ・ハン国のゴブリンたちにとっては、「七英雄」の称号は、それ以上に特別な響きを持っていた。
先年に襲撃して来た七英雄の一人、聖騎士サイモン。その強さと脅威の印象が、脳裏に鮮烈に刻まれていたのだ。
「七英雄……。あの聖騎士サイモンの……仲間!?」
あの聖騎士サイモンと同じ、七英雄の一人がこの場に現れるとは……。
一同は自分たちの前に立つ、鎧を着た大柄な男を、驚きと緊張の表情で見つめたのだった。
「お初にお目に掛かります! ハーン! そしてゴブリン部族の皆様!」
その男、重騎士ペリオンは、場の空気を震わせる野太い、大きな声で言った。
「今回傭兵軍団の団長を努めます、ペリオンでございます!」
そう言って、一同の前に跪いて、頭を下げる。
わたしは改めてしげしげとその姿を見た。
大柄な、がっしりとした体格の、人間の男。
「重騎士」という名前の通り、鎧は着込んでいるが……所謂「騎士の鎧」の様に全身を覆っているわけではない。兜も被っておらず、頭もむき出しで短く切りそろえた髪が見えている。
肩や胸甲など、要所要所にのみ装甲を付けているその姿は、むしろ「軽騎士」に近い気がする。確かに装甲を付けている部分は分厚そうではあるが、本人はまるで鎧の重さを感じさせず、軽い足取りで歩いていた。
そうした中で、彼の「重騎士」という肩書きに説得力を持たせているのが……彼が右手に持っている、巨大な戦斧だった。
その大きさから、極めて重い筈なのだが、まるで軽い木の棒でも持っているかの様に……軽々と振りながら歩み出る姿は、彼が只者では無い事を示すものだった。
……………
「貴方がハーン、りり様ですね」
ペリオンがわたしを見上げて言った。
「伝説の『ゴブリリ』であり、そして……七英雄の一人サイモンを倒されたとお聞きしております」
「!」
その言葉に、一同に緊張が走る。
ウス=コタとサラクがさりげなく、何かあっても防御できる様に、わたしの前を塞ぎ、ガードする様に立ち位置を移動した。
警戒感を露わにしたその様子を見て、ペリオンが「……ああ!」と気がついた様な声を上げた。
そして、豪快に笑いながら続ける。
「ご心配無く! 私にはハーンや皆様への敵意などございません! 傭兵として参ったのですから、この戦の間は当然ながら皆様の味方。そしてハーンの部下でございます」
「で……ですが、わたしたちと聖騎士サイモンの経緯はご存じだと思います。仲間を倒された仇を討とうと考えているのではないのですか?」
コアクトの問いに、ペリオンは笑いながら首を横に振った。
「纏めて七英雄、と言われていますが、別に『勇者ご一行、勇者パーティ』だったわけではありませんし、仲間だったわけではありません。あくまでも大陸各地にいる上級戦士に与えられた称号の様なものです。
別に七英雄同士での仲間意識とかはありませんよ!」
そう言って、続ける。
「サイモンが倒されたからと言って、仇を取ろうとか……ましてや、ハーンをはじめとして、ゴブリンの皆様を害しようなどとは考えておりません! ……それに」
ペリオンは言葉を切って笑いながら続けた。
「サイモンの奴は、性格に問題がありましたからなぁ……。
仇、というよりは、どちらかと言えば、問題のある人格ながら強さだけは『七英雄』と名乗るだけのものを持っていた、あのサイモンを倒した……。
そんなりり様……ハーンに敬意をお示しすると共に、今回ハーンが指揮される戦に、共に参加できる事を光栄に感じております」
そう言って、改めてわたしたちの前に拝礼する。
わたしは、少し安心しつつ、気を取り直しながら答えた。
「ペリオン殿。『七英雄』の一人たる貴方と共に戦う事が出来て、嬉しく思います。『灰の街』の、そして貴方たち傭兵団の戦力は、今回の戦に不可欠です。どうかよろしくお願いしますね」
「ありがとうございます!」
ペリオンが拝礼して答える。
「私、および今回集結した傭兵軍団。戦場での働きにご期待下され!
存分に、ハーンの、そしてリリ・ハン国の皆様のお役に立ってご覧にいれまする!」
そして、立ち上がって続ける。
「戦働きは、カラベの地で、存分にお示し致すつもりですが……本日は、お目通りを賜りました記念に、ハーンに献上いたしたきものがございます」
わたしたちが怪訝な表情をしていると、ペリオンは斧を振り上げながら言った。
「僭越ながら……七英雄の一人たる私、重騎士ペリオンの演武でごさいます。どうかご覧下され!」
そう言って、巨大な斧を振り回し始める。
「……………!」
一同は、身を見張りながらその様子を眺める。
大柄な鎧を身につけた身体が、まるで重さを感じさせない様に、軽々と舞うような動きを見せる。
そして、手にもった巨大な斧が、まるで笹のように軽々と振り回される。
だが、彼が身体を捌く毎に響いてくる足音、踏み込んだ時に揺れる地面。そして振り回される斧が空を切る音には、ずしりとした重々しさがある。その威力は凄まじいであろうこと。そして巻き込まれれば弾き飛ばされ……命は無いだろう事がまざまざと伝わって来た。
そして、わたしはその様子を見ながら、気が気では無かった。
本人は「敵意は無い」と言っているけれど、もしいきなり襲い掛かってきたらどうしよう、あの斧をこちらに投げて来たらどうしよう……とびくびくしていた。
重騎士ペリオンの演武には、それだけの迫力、そして殺気が感じられたのだ。
わたしの感情が伝わったのか、ウス=コタとサラクがさりげなくわたしをガードする様な位置に立ってくれる。
そしてわたしも……念のために、そっと指先を向けて、重騎士ペリオンが振り回している戦斧に、「刻印」を掛けていた。
「刻印」の能力は、特に阻害される事もなく、戦斧に付与された。万が一怪しい動きがあれば、即座に「採掘」で消す事ができる。
そんな「保険」を掛けつつ、わたしはびくびくしながら重騎士ペリオンの演武を眺めていた。
「刻印」が通じるという事は、あの斧はミスリルなどの特別製では無く、言わば「普通の斧」だ。それなのにこれだけの迫力と恐怖を感じさせるとは……。
わたしは改めて、七英雄というものの恐るべき存在を実感したのだった。
……………
「ご覧いただき、ありがとうございました」
とても長く感じられた演武を終えて、ペリオンが跪いて頭を下げた。
「ありがとう」
わたしはぱちぱちと手を叩いた。それに合わせて、周りのゴブリンたちもまばらに拍手する。
わたしと同様、あまりの迫力に圧倒されていた様だった。
「貴方と共に戦える事を光栄に思います。此度の戦での活躍に期待していますよ」
「ありがとうございまする!」
七英雄、重騎士ペリオンは晴れ晴れとした表情で一礼したのだった。
……………
その時だった。
ペリオンが先ほどまで振り回していた戦斧を見て、怪訝な表情を浮かべる。
「うん? 何だか斧から変な気配がするな……」
そう言いながら戦斧を目の前にかざすと、ペリオンは斧に向かって突然
「破ぁ!!」
と叫んだ。
「!?」
びりびりと空気を震わせる大きな叫びに、一同がびくりと身体を震わせる。
「な、何事ですか!?」
驚いて尋ねるコアクトに、ペリオンは笑いながら答えた。
「いや失礼……何かこの斧に妙な力が纏わり付いている様な気がしましてな。
……どうやら、振り祓えたようです」
「は、はあ……」
唖然としてる皆の中で……わたしだけは、あまりの事に驚きの表情を浮かべていた。
「そ、そんな……」
「りり様、どうなさいました?」
コアクトが尋ねるが、わたしの様子を見て、察した様だった。
「ま、まさか……!?」
「はい……『採掘』の、『刻印』の能力が……解除されてしまっています……」
万が一の事を考えて、ペリオンの戦斧に掛けていた、刻印の力。
刻印の能力による、採掘予約。
わたしの能力が掛けられていた事を察知しただけでなく、一喝するだけで、気合いをぶつけるだけで、付与されていた刻印を吹き飛ばしたというのだ。
物理法則とか魔法、そして能力といった法則すら問答無用で、その気合いで、一喝で祓ってしまうとは……。
七英雄ってスゴイ。改めてそう思った。
読んでいただいて、ありがとうございました!
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