第90話 第2回クリルタイ ~侵攻方針決定~
ウス=コタが地図を指し示しながら言った。
「我らの軍勢は連中より多いですし、まずは攻め入って、カラベの街を包囲してしまうのがいいかと思います」
その提案に、「灰の街」から参加しているダウナス評議員が頷いて言った。
「そうですな。こちらの方が多勢ですし、カラベの軍勢単体で解囲する事は不可能だと考えられます。容易には陥落しないと思いますが、動きを封じる事は充分に可能です」
「あとは、どうやって陥落させるかですね……」
わたしの言葉に、一同は唸りながら腕組みした。
「カラベの継戦能力を削ぐべく、既にいくらか調略も仕掛けておりますが……効果の程度はわかりませんね」
コアクトが言った。続けて「灰の街」のダウナス評議員も発言する。
「我が『灰の街』から攻城兵器も投入しますが、今回の出兵が急に決まった事もあって数が少ないですし……それに、あの堅い城壁にどの程度通用するのかは未知数です」
「力攻めをすれば大きな被害が出ると考えられますし、それはハーンも、そして皆様も望まないと思います」
コアクトの言葉に、一同は頷いた。
「何とか、継戦の意思を挫いて、降伏や開城に持ち込めないでしょうか? 開城して貰って、テューク総督や今回の使節団虐殺の犯人の身柄さえ確保できれば、目的は達成できるのですが」
わたしの言葉に、ウス=コタが答えた。
「勿論、『テューク総督と犯人を差し出せば、危害は加えない』旨の使者か矢文は出すつもりですが、状況を考えると、『籠城していれば援軍が来る』と考えているうちは、カラベの街は降伏しないものと考えられます」
「そうですね……」
わたしは頷いた。
「やはり、シブシから北上してくるであろう援軍を撃破して、彼らの考える防御戦略を挫く事が必要ですね」
「そうですな」
グランデが言った。
「幸い、我らの方が軍勢は多うございます。一定の軍勢でカラベの街を包囲する一方で、別途部隊を組織して『隅の国』を南下させ、北上してくるシブシ族の援軍を捕捉、撃破するのが良いかと考えます」
グランテの言葉に、一同は「それがいい」と頷く。わたしも同意見だった。
「援軍が撃破され、解囲される見込みが無くなったとわかれば、カラベの士気も下がるでしょうし、降伏に持ち込めるのではないでしょうか」
「そうですね。……でも」
コアクトの言葉を受け継いで、ウス=コタが言った。
「万一、援軍を阻止する我らの軍が敗れた場合、士気は逆転するでしょうし、カラベで我が軍は、挟み撃ちに遭うことになりますな。最悪の場合、総崩れも危惧されます」
「そうですな。そう考えると、南進軍は絶対に北上してくるシブシ勢に敗れてはなりませんし、逃げられてカラベに到達されてもなりません。確実に捕捉してカラベまで通さない事が必要になります」
「それは……責任重大ですなあ」
各諸侯の言葉に、わたしは頷いた。
「となると、その、『隅の国』を南に攻め込み、シブシからの援軍を捕捉して叩く、南進方面軍を、誰が担当すべきでしょうか?」
「うーん……」
一同が、一斉に唸りながら地図に置かれた陣営図を見る。
おそらくはシブシ族長自らが率いるであろう援軍を発見、捕捉して戦う必要があり、しかももし敗れたり逃がしたりすれば、自陣営全体を危険に及ぼす可能性がある。
カラベを囲む軍勢と比べて、格段に危険でリスクの高い、重い責任がのしかかる任務。
難しい役割に、諸侯たちは自分たちからはなかなか言い出せずに、腕組みしながら地図を眺めるのだった。
……………
しばしの沈黙が流れた、その時だった。
「あ、あの!」
地図を囲む陣営の隅から、声が響いた。
「その役目……僕に、いや、私に任せては貰えないでしょうか!」
「!?」
皆が一斉に振り返る。
「サカ君……?」
わたしは思わず、驚きを込めた声を上げていた。
南進軍を志願した声。小さく、幼さを残しながらも、強い意志を秘めた声。
それは……イプ=スキ族族長の少年。右賢王サカが上げた、志願の声だった。
……………
サカ君の声に、一同が一斉に彼の方を見た。
「『隅の国』を南進し、シブシ族の援軍を捕捉して撃滅する役目……。どうか、私とイプ=スキ族にお任せ下さい!」
イプ=スキ族の少年族長が……サカ君が皆の前で澄んだ声で発言する。
微かに震えるその声の調子から、わたしの目にも「勇気を出して、思い切って申し出た」感じが伝わってくる。
「サカ君」
わたしは、彼の方を見て言った。
「ここまでの会議の通り、南進軍は危険が多いですし、今回の作戦全体にも影響する重要な任務ですよ。それなのに大丈夫ですか?」
「勿論です! りり様!」
彼は、決意を込めた目で言った。
「『隅の国』への迅速な南進。そして北上してくる援軍を索敵し、確実に捕捉する事……それは、我がイプ=スキ族こそ適任だと考えます!」
「若君……サカ様の仰る通りだと考えます」
横から、同じくイプ=スキ族のサラクが発言した。
「我がイプ=スキ族は弓騎兵を主体とした部隊です。我が国の中では最も機動力がありますし、接敵が予想されるオスミ高原は、我が軍の機動力が存分に発揮できるかと存じます」
「なるほど……」
その言葉に、一同は頷いた。確かにそう考えると、機動力に富んだイプ=スキ騎兵を投入するのが最も適切だと考えられる気がする。
「それに……」
サカ君がわたしの目を見上げる様に言った。
「私は……そしてイプ=スキ族は、この機会に、りり様のためにお役に立ちたいのです!」
「サカ君……」
「りり様は……ハーンは、危機に陥っていた私を、そして我らイプ=スキ族を保護して下さり、とても良くして下さりました。父の代までは敵だった私達を許し、お守り下さり、そして私やサラクには過分の地位を授けていただいています。そのご恩をお返ししたいのです!」
その言葉に、横に立つサラクも頷く。サカ君は続けて言った。
「それに、ハーンにお守りいただいていますが、我らイプ=スキ族は度重なる敗戦で自信を失っております。今回ハーンのお役に立つことで、我が一族の誇りを取り戻すと共に、部族再興の力としたいのです!」
「ハーン。どうか若君の……サカ様の願いをお聞き届けいただき、我らイプ=スキ族に『隅の国』南部への侵攻を、シブシ族長の軍勢を撃滅する栄誉をお与え下さい」
そう言って、サラクがサカ君と並んで跪く。
わたしは周囲を見渡した。
各諸侯王、将軍たち、そして文官たち。居並ぶ者たちの誰も、反対する様子は無かった。そのことを確認してから、わたしは彼らに告げた。
「わかりました。……それでは、改めて命じます」
そして、サカ君に向けて告げる。
「右賢王サカよ。汝に命ずる」
「はっ!」
「そなたを『隅の国』南進軍の大将に任命します。弓騎将軍サラクとともに『隅の国』南部、シブシの街に向けて侵攻し、北上するシブシ族の軍を撃滅して来て下さい」
そう言って、節札を取り出した。そして、サカ君の手を握りしめ、包み込む様にして、札を渡す。
「我が国の未来のため。
彼らの暴虐に倒れたゴブリンと人間たちに応えるため。
貴方たちイプ=スキ族の再興のため。
そして、朕のために……」
手を握りしめ、サカ君の目を見て告げる。
「必ずや無事に、賊徒の長イル・キームを捕らえ、この場に引き立てて来るのです!」
サカ君……イプ=スキ族長、右賢王サカは、しっかりとわたしの手を握り返して、そして拝礼した。
「確かに拝命いたしました! 必ずや任務を果たして参ります!」
……………
こうして、「隅の国」シブシ族への遠征軍の陣容が決定された。
「クリルタイ」が開催されている、この地……「星降る川」の河畔に大本営が設置される。
ここ大本営を起点に、大きく分けて3つの軍が組織される。
近衛軍団とヘルシラント族の軍勢はここ大本営に布陣し、本陣であるこの地と「灰の街」、そして総大将たるハーンであるわたしを守護する。
ウス=コタ率いるマイクチェク族、グランテ率いるオシマ族、そして「日登りの国」中部ユガ地方の諸部族たちの軍勢は、「隅の国」北部の街カラベに侵攻、包囲する役割を担う。
「灰の街」の人間たちの軍勢も、この方面軍を担当する。「灰の街」の常備軍、そして今回雇用された傭兵たちも、カラベの街攻城に参加する事となる。
そして、サカ君率いるイプ=スキ族の軍勢が、「隅の国」を南進する。この南進軍の役割は、「隅の国」最南端であるシブシの街から出撃してくるであろう援軍を捕捉、撃破する事。そして可能であれば、首都シブシ自体を陥落させる事が目的となるのだ。
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