第89話 第2回クリルタイ ~軍議~
トゥリ・ハイラ・ハーンの2年(王国歴594年)、水の月(6月)。
ハーンの一行は、リリ・ハン国の本拠地ヘルシラントから、「クリルタイ」開催地へと出発した。
ヘルシラントの洞窟入口に設置されていたハーンの馬印を先頭に、ハーンと主要な家臣たち、そして近衛軍団の行列が北方の開催地に向けて移動する。
ハーンの馬印には、栗毛馬の尾が九つ取り付けられている。そして金色に輝く竿の先端には、ハーン自身が討ち取った聖騎士サイモンの剣が輝いていた。
この、ハーンを象徴する聖剣と九金毛の馬印がヘルシラントから動くという事……それは、トゥリ・ハイラ・ハーンおよびハーン自身が率いる近衛軍団が動座する事を意味していた。
国の大事を決める「クリルタイ」の開催。ハン国成立以来始めてとなる、ハーン自身の出征。
道中の住民たちは、北方に旅立つハーンの行列を、感慨深げに眺めるのであった。
……………
「火の国」東北部に位置する「灰の街」。
その郊外の「星降る川」河畔。
海……「灰の街」の港湾にほど近い地。
「灰の湾」と呼ばれる、ほど近くにある海の向こうの島では、大きな「灰の山」が噴煙を上げ続けている。
噴火は小康状態の様であるが、それでもこの地には少しずつ火山灰が降り注ぎ、地面にうっすらと白く降り積もっている。
古の伝説から「星降る川」と幻想的な名前が付けられているこの地であるが、普段実際に降っているのは、星ではなく灰である。ほど近くにある都市が「灰の街」と呼ばれる所以であった。
そして「灰の山」の更に先。海の向かい側には、うっすらと陸地が見えている。
それは、今回のクリルタイ開催の発端となった半島……「隅の国」である。
共同歩調を取る「灰の街」にほど近く、そして、目指す地「隅の国」も手が届く先にある。
今回の作戦行動に関して利便性の良いこの地が、リリ・ハン国で2回目の開催となる「クリルタイ」の舞台であった。
前回の「クリルタイ」はハーンの推戴と即位を決定し、リリ・ハン国の成立を宣言した、言わばお祭りに近い雰囲気で行われたものであった。
しかし、今回は違う。
クリルタイの開催地「星降る川」河畔には、各地から続々と、武装した各ゴブリン部族の代表たちが、そして軍勢が集まってくる。そして各所に陣を敷き、包居(移動式住居)や幕舎を設営していた。
そして、ゴブリンたちが陣営を設営している付近……「灰の街」城壁のすぐ外では、「灰の街」の人間たちの軍勢も集結していた。「灰の街」の常備軍に加えて、雇用された傭兵たち。更には攻城兵器などが続々と姿を見せている。
リリ・ハン国にとって第2回となる今回のクリルタイは、「灰の街」と連携した、そして国家を挙げた、「隅の国」のシブシ族への出兵を決める、言わば戦時のクリルタイなのであった。
……………
各諸侯の集結が概ね完了し、ハーンの幕舎においては、情勢分析と軍議を兼ねた会議が行われていた。
参加するのはハーンであるリリを中心に、大尚書コアクトと主要な文官たち。サカやサラク、ウス=コタ、グランテといった諸侯王と将軍。そして各部族の代表たちである。
リリ・ハン国の軍議であるため、参加者は各部族のゴブリンたちであるが、人間側のメンバーとして共同戦線を取る「灰の街」からも代表でダウナス評議員が参加していた。
……………
「それでは、『隅の国』のシブシ族への出兵について、要点を整理いたします」
机を囲んだ皆を前に、コアクトが話し始めた。
「今回の『カラベ事件』への膺懲としては勿論ですが、地政学的な面からも、敵対行動を続ける彼らを今回の出兵で撃滅、排除する必要があります」
資料を確認しながら、コアクトが続ける。
「我が国と『灰の街』の動員力を考慮しますと、戦力的には我らの方がシブシ族より数倍の戦力を有しています。また『灰の街』の協力もありますし、国内の輸送体制の整備も万全、兵站の面でも問題ありません。
その点では私たちが有利だと言えますが、楽観はできません」
そう言って、机の上に置かれた地図を示す。
「『隅の国』は『日登りの国』の南部に隣接した半島であり、その全域をシブシ族が支配しています。つまり、シブシ族にとっては我が国のみが隣接国となる状況です。
私たちとは違い、他に隣接国が無い事から、彼らは全ての戦力を我らへの対抗に回す事ができます」
「向こうからすれば、我が国だけに全力を傾けられる状況というわけですね。
そんな国が、我が国への悪意や敵意を持ち、敵対行動を続けている……このこと自体が問題ですね……」
「はい」
わたしの言葉にコアクトが頷いた。
「だからこそ、彼らシブシ族は『我が国が全力を差し向ける事ができない』『そんな情勢で敵対行動を取られたくなければ、下手に出て懐柔するしかない』と考えて、今回の事件を起こしたと考えられます。
彼らを増長させてはなりませんし、地政学的な面もあります。
今後の禍根とならない様、他方面への懸念事項が無いこの機会に、国力をあげて充分な戦力を投入し、きっちりと叩いて脅威を取り除くべきだと考えます」
そう言いつつも、コアクトが表情を曇らせる。
「ただ、兵力さえ送れば『隅の国』討伐ができるのかと言えば、なかなか難しい点がございます」
そう言って、傍らに立っているオシマ族長のグランテに声を掛けた。
「左日逐王様、ご説明をお願いいたします」
「臣グランテ、ハーンにご報告いたします」
左日逐王、オシマ族長グランテが、わたしに拝礼して続けた。
「我らオシマ族は、『日登りの国』南部に領地を持っている事から、過去から南隣のシブシ族とはしばしば国境で紛争がありました。それ故、軍事的な面についてもお知らせできるかと存じます」
グランテの言葉に、わたしは頷く。彼は言葉を続けて「隅の国」シブシ族の防衛体制について説明してくれた。
グランテの説明によれば、「隅の国」の北端にあり、今回の通商使節団虐殺事件の舞台ともなったカラベの街が、シブシ族にとって防衛の最重要拠点となっているそうだ。
カラベの街は、全体を城壁で囲まれており、鉄壁の防御を誇っている。
敵勢力が攻撃して来たとしても、この城壁を突破する事ができない。
そして、城壁の中には街が丸ごと入っているため、兵站面、籠城時の継戦能力も充分持っている。
敵が攻めてきても、籠城を続けていれば、多くの場合は兵糧切れで退却する事になるのだ。
また、籠城戦が続いた場合には、本拠地であるシブシの街から族長率いる援軍が北上して来る。籠城軍と、援軍としてやってくる解囲軍との挟み撃ちで、攻撃軍は撃滅されてしまうのである。
つまり、鉄壁の城壁で守られているカラベの街で籠城し、侵攻を食い止めて撤退に追い込む。状況によっては、シブシの街からの援軍で挟み撃ちして撃退する……というのが、シブシ族の防御戦略なのだった。
「隅の国」の入口、最北端にあるカラベの街で敵の侵入を全て撃退できるため、国の内部に侵入される事もなく、守りは万全。そして余裕があれば敵国に侵攻する。安心して「一方的に攻める」側に立つことができるというのが、彼らの自信や増長に繋がっているのだった。
「……それ故、過去の国境紛争につきましても、我々は例え勝っても『カラベの街まで撃退する』ところまでしか戦果を広げる事ができませんでした。対するシブシ族側は、我が領土に入り込んで村や諸洞を荒らすことが出来ますので……正直なところ、彼らとの戦いでは後手に回っていた、というのが現状でございます」
グランテがため息をつきながら言った。
「この状況が、彼らシブシ族を増長させ、今回の事態に至る要因になったと言えるかもしれず……申し訳なく思っております」
「教えてくれてありがとう、グランテ」
わたしはグランテに言った。
「シブシ族の増長は、彼らに責任を帰するべきもの。貴方たちに責任があるとは考えていませんよ。
そして、貴方たちの苦衷は理解しました。今回、我ら全員の力を持って、禍を根本から取り除きましょう」
「有り難いお言葉……恐悦至極に存じます!」
グランテが拝跪して感謝の言葉を述べる。
「ともあれ、これで課題は掴めましたね。
防御力の高いカラベの街を如何に攻略するか。そして、カラベを攻めた時点で、シブシから北上してくる援軍への対処をどうするか。この2点ですね」
わたしの言葉に、皆が地図を覗き込む。
「隅の国」出兵時の課題と、敵が取ってくるであろう行動が見えた事で、わたしたちの議題は具体的な作戦行動へと移っていくのだった。
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