第88話 コアクト、諫める
「手をこまねいて、諸侯が兵を動かさぬのであれば、朕自ら近衛軍団を率いてカラベに攻め込みます!」
感情が爆発したわたしは、「玉座の間」に響く声で叫んだ。
「何をしているのです! 馬を持ちなさい!」
わたしの大声が、居並ぶ廷臣たちの上に降り注ぎ、空気が凍り付いた。
「……………」
「玉座の間」は静まりかえり、廷臣たちは俯いて声も出ない様だった。
……………
……その時。
「りり様!」
突然、居並ぶ廷臣たちの中から、コアクトが大きな声を出した。
わたしが普段聞かないような、コアクトの、鋭く大きな声。
その剣幕に、わたしは一瞬驚いて固まってしまう。
驚いて玉座からコアクトの方を見た時……コアクトはわたしの目をまっすぐ見ながら、こちらの方に歩いてきた。
「!?」
そのまま、ずんずんと玉座に向かって歩いてくる。普段はハーンの臣下としての立場を守っているコアクトが絶対やらない筈の行動に、わたしは驚いてしまう。
「コ、コアクト!?」
わたしの当惑の声に構わず、コアクトはどんどんこちらに歩いてきて、わたしとの間を詰めてくる。見上げるその表情を見て、わたしは恐怖の感情に襲われた。
コアクトは玉座まで上がって来て、わたしの目の前に立った。
そして……そのまま、手を大きく振り上げる。
「……………!」
それを見てわたしは、思わず両目を瞑ってしまった。
……次の瞬間、わたしが感じたのは、ぶたれた痛みではなく……包み込まれる様な感覚だった。
「……………!?」
おそるおそる目を開けると、コアクトはわたしの身体に両腕を回して、そっとわたしを抱きしめていた。
「コアクト……?」
「……落ち着いて下さい、りり様」
抱きしめた耳元で、コアクトが小さな声でそっと呟いた。
「りり様の、お怒りの……お悲しみの気持ちはわかります」
そして、言葉を続ける。
「でも、感情のままに短絡的に行動するのは、ハーンとして正しい行動ではありませんよ」
「……………」
「ここで軽はずみな行動を起こして、更に被害を大きくしてしまっては本末転倒ですし、これまでの犠牲者の思いに応える事もできなくなります」
「コアクト……」
「りり様が悲しんで、怒って下さった気持ちは……私たち臣下が。そして我が国の民たちも、同じ思いを感じています。
でも、りり様がお一人で怒りを爆発させて、感情のままにお一人で軍を動かすのは、正しいハーンのお姿ではありません」
「……………」
「ハーンとして、私たちと、そして国の皆と、思いを共有しましょう。そして、皆で相談して、これからの対応を決めて、行動を共にしましょう。
それが……この国を治めるハーンとしてあるべき姿です」
そう言って、わたしの身体を強く、ぎゅっと抱きしめる。
「……………」
わたしは……コアクトの身体に手を回して、力を込めてしっかりと抱きしめた。
「ありがとう、コアクト……」
コアクトの耳元で囁く。
そのまま暫くの間、わたしたちは玉座の前で、しっかりと抱きしめ合っていた。
……………
「……皆さん、ごめんなさい。少し感情的になりすぎていた様です」
コアクトが玉座から下がり、再び廷臣たちの列に戻った後、わたしは皆に告げた。
「皆で相談して、これからの対応を考えていきましょう」
その言葉に、廷臣たちはほっとした表情を浮かべる。
「臣の提言をお聞き届け下さり、感謝いたします」
コアクトが言った。
「ハーンのお気持ちは、我ら臣下臣民も同じく胸に抱いております。
今回の様な狼藉を行い、我が国と『灰の街』に無礼を働いたシブシ族を許す事はできません」
わたしが頷くのを見て、コアクトは続けた。
「また、彼らが求めている要求は、我らに屈服を、そして彼らの狼藉の追認を求めているものであり、応じるなどありえない事です」
コアクトはそこで息を継いで、更に皆に聞かせる様に続けた。
「彼らの要求には応じない。そして我が国として、今回の様な狼藉を行ったシブシ族に対して、断固たる対応が必要である。それが、ハーンの御心は勿論、我ら臣下臣民が等しく思いを抱いている共通認識であると考えます」
その言葉に、一同が一斉に頷く。
わたしも頷いて、コアクトに語りかけた。
「その通りです。ただ、国の大事ですし、『灰の街』との連携も必要になってきます。十分な準備、調整を行った上で対応を決めねばなりませんね」
「仰る通りでございます。国全体で、充分な事前準備をした上で対応が必要です」
コアクトがわたしを見上げながら言った。
「我が国全体としての、重要な対応を行う事になりますし……これは『クリルタイ』を召集すべきですね」
わたしの言葉に、コアクトが頷いた。
「それが宜しいかと存じます。ハーンの御名において、『クリルタイ』開催の宣明と、召集の詔を発出いただければと存じます」
「そうですね」
コアクトの提言に、わたしは頷いた。
コアクトのサポートもあって、大分方向性が定まってきた。
シブシ族に対しては、断固とした対応が必要である。そして、それは我が国全体としての意思と国を挙げた行動で行うべきである。
そのための準備、正式な方針決定の場として、各部族を召集したゴブリンの最高意思決定会議、忽隣塔を召集、開催するのだ。
「そうなると、『クリルタイ』の開催地や日程なども決定する必要がありますね」
「はい。現在、諸侯王の皆様もご不在ですので召集する必要があります。また、『隅の国』はここヘルシラントから遠いですし、『灰の街』との連携のためにも、対応を行う拠点を別途設定すべきだと考えます」
「承知しました」
わたしは頷いて言った。
「開催地と日時については、この後で調整しましょう。朕も発案しますが、候補や案などがあれば教えて下さい」
「ははっ」
コアクトと文官たち一同が拝礼する。
「この点は最後に話し合うとして、まずは直近で対応すべき事柄について決める事としましょう」
……………
こうして、この日の御前会議では、事態を受けた直近の対応について決定される事となった。
犠牲となった通商使節団への弔意の勅語発出。弔慰金の交付と葬儀への勅使の派遣。
同じく犠牲者が出た「灰の街」への弔問、および当面の対応について調整する使者の派遣。
殺害されたランル・ランの葬儀にはわたしも参列したかったが、ハーンが臣下の葬儀に出ることは出来ないと言うことで、名代でコアクトに参列して貰うこととなった。
また、合わせて、ランル・ランへの爵位追贈と嫡子への家督相続、シュウ・ホークへの爵位授与についても正式決定された。
こうした事柄を決定した後、最後に「隅の国」……シブシ族への対応を決定するため、国内の各部族が集結する「クリルタイ」の開催について改めて話し合われ、正式決定が為された。
開催地は「隅の国」との地理関係、そして「灰の街」との連携を考慮して、火の国北部にある「灰の街」の郊外。「星降る川」の河畔地域に決定された。
日時も決定され、「クリルタイ開催の詔」が発出され、各部族に召集の使者が送られることとなった。
わたしがハーンに即位した時以来の開催となる、第2回クリルタイ。
このクリルタイが……後に歴史上で、シブシ戦役、「隅の国」討伐と呼ばれる出来事の幕を切る舞台となるのであった。
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