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汚れた女は愛を知っていた 後編

愛を知らない少年は、一人の女性と出会い愛を教わる、そんなお話。

 僕は六畳一間の部屋に案内された。部屋はとても狭くて畳はほつれて汚れ、薄暗かった。部屋の中央には布団が敷かれていて、部屋の隅には気持ち程度の小さなテーブルと吸い殻で溢れた灰皿もあった。


今思えばとても不衛生な部屋であったが、僕の当時の自宅も似たような環境であったためあまり気にならなかった。しいて言うのなら汗臭かった、それだけだ。


「ごめんな汚くて」


「いえそんな…」


「少年よ、一人でどうしたんだ?」


僕はそれ以外のことで頭がいっぱいだった。


「なぁよ」


僕は目は動かせなかった。でも急に我に返り視線を上へやると、目があってしまった。


「あー、お前も男だよな」


彼女は少し笑みを浮かべていたが、僕は恥ずかしさから体をかがめ、何もいえなかった。


「ご、ごめんなさい」


「ははは、いーのよ私が悪いわ。で、そんなことよりどこから来たんだい?」


「長野から来ました」


「一人で?」


「一人です。」


「…」


この時、僕は家出をした、逃げてきたそんな僕は弱虫です。そう自分から言っているようで、恥ずかしかった。それとすぐになぜそんな状況になってしまったのか、という痛みのせいで泣き出してしまいそうだった。


「お前すげえな!」


「ケータイもっもってねぇガキが一人できたんだろ?私がガキならそんなことできねぇよ」


そんなことで褒められてもいいのか、でも逃げてきたのにすごいのか?いやそんなことより、彼女がほめてくれた時の笑みが暖かくて何か衝撃のようなものを感じた。


しかし、逃げた自分をすんなりと受け入れた彼女のやさしさに、最後にいつもらったのかわからないそのやさしさに、涙が自然とあふれてきた。


「おーおー、泣くなって!ガキの御守り(おもり)は苦手なんだよ」


ボロボロと零れ落ちるその涙を、彼女は優しく手で拭ってくれた。そんなやさしさは、僕の涙が止まらない原因になった。


「あー、あー、今日は疲れてるよな、今日はもう寝よか。ほらこっちへ来な」


僕は招かれるように二人一つの布団に入った。そして数分後涙は落ち着き始め、僕の鼻をすする音だけが聞こえた。


「なんで…」


「ん?」


「なんで皆は楽しそうなのに、なんで優しい父さんと母さんがいないの?」


その人はさっきまでの優しそうな彼女ではなく、どこか遠くを見ていた。なにか過去でも見ているような…


「愛が無かったんだな」


「普通の人は、愛があるの?」


「大半はね」


「その愛って何?」


「そのうち知る時が来るかもしれないし、ないかもしれないな」


「そのうちっていつなの?」


「さぁね」


「今がいい」


「え?」


「知りたいんだよ、知るだけでも…。教えてくれないんですか?」


その人は黙ってしまった。しかしその顔は愛を知った上での何かに見えた


「ごめんなさい、今のは忘れてください。」


馬鹿な事を言ったと思った、でも、彼女ならという期待があったからだ。すると彼女は、少し涙声で言った


「わかった、教えるよ」


「だけど今夜のことはお姉さんと二人だけの秘密だ、いいね?」


僕は彼女を見つめながらうなずいた。


僕は日差しが眩しくて、仕方なく起きた。横には疲れ果ててぐっすりと寝た彼女がいた。僕はゆっくりと体を起こし、大きく伸びをした。すると僕に気が付いたのか、彼女はすぐに体を起こし、何か考えた後に僕の方を見つめた。


そして寝起きの低いガラガラとした声でこう言った。


「これが愛だよ、少年。」


僕はその人の目だけを見た


「この後君に一万円を渡す、それですぐに帰ってもらう」


僕は一気にめがさめてしまった


「どう思う?」


「いやだ」


「どうして?」


「帰りたくない」


「そうだな家は地獄だもんな」


「ちが…」


窓から排ガス臭い風が部屋へと優しく流れ込み、カーテンをなびかせた。


「お姉さんと一緒にいたい」


「少年よ…」



「それが愛だよ」


カーテンの隙間からこぼれた日の光が、部屋に舞うホコリと交じり合い、ダイヤモンドダストを彷彿とさせた。


 あれからいくら経っただろう。薄汚くガソリン臭かったあの街の空気は、気持ちばかりかきれいになり、あの配線とゴミだらけの路地裏は綺麗なオフィスビルになり、面影すら感じさせてくれない。


だが僕の最初で最後の恋はここで始まった。どんなに街が変わろうと、あの時感じた思いは変わらない。彼女くらい何度もできはしたが、彼女の吸っていた煙草と同じ吸殻を見ては、その恋はすぐに終わりここを訪れる。また会えるんじゃないかと。


しかし、その人の姿はなく、生きているかすらわからない。とても切なく、胸が強烈に苦しくなる。そんな本当の愛を教えてくれたあの人は、まさしく悪魔そのもので、生きる糧だった。


またどこかで僕のような少年に愛を教えているのだろうか?煙草の匂いがしたから横を見ると、路地裏の方に、彼女の吸っていた銘柄の吸殻が落ちていた。僕はすぐにその場に行き、その煙草を拾った。


しかし彼女の姿はなく、そしてまた胸が苦しくなる。


「ただ貴方のことをあいしているだけなのに」


そしてその場を後にした…。


「少年」




{続く}











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