ある日の日常〜女装姿〜
喬子
「有希さ〜ん、めっちゃめちゃ可愛いじゃないですかぁ!」
陽依
「有希さん、本当に可愛いですよっ」
有希
「……えぇ?」
困惑を通り過ぎて呆れてしまったというか、最早リアクションすら面倒くさいと感じつつある俺を余所に、二つの嬌声が行ったり来たり。俺の全身をその視線で穴だらけにするかの如く見つめてくる二人の顔は、まるで小さな子どもが玩具を見つけた時のような輝きを持っていた。……もしかするけど、俺を玩具と認識したりしてないかこの二人?
『俺』という一人称を使っている時点で、俺はれっきとした男の子である。二十歳になって半年が経ち、早くも施設・保育園・幼稚園実習に居場所を奪われた大学二年の夏休みが終わった。更にその二ヶ月後には文化祭も無事に終え、この白百合短期大学にいられるのも、あとたった三ヶ月となった。風邪で試験を受けられずに単位を落としてしまった教科を履修するために、一年後にもう一度通うことになることなんて、この時の俺は知るはずも無かったが。
特に女顔というわけではなく、かといって男前というわけでもない(中学の頃に友達に一度「有希は女顔だね」と言われたことがあったが、そいつは当時驚くほど視力が低かった)。そんな俺が上のような台詞を吐かれたのには、ちゃんと理由がある。先ずは一昨日の土曜日の夜に時間を戻そう。
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有希
「お疲れさまでしたー」
やっとバイトが終わった。今日は朝の十時に出勤し、時計の針はつい今しがた日付が変わった事を示していた。アルバイター全員が帰るのを待ってから、荷物を持ってマネージャーと一緒に外に出る。クーラーと電気のスイッチを切るのも忘れずに。俺が先に外に出て、マネージャーは裏口の鍵をロックした。マネージャーとちょこっと明日の話をしてから別れ、荷物をメットインに入れて原付に股がろうとしたときにポケットの携帯が震えた。
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メール零零零壱
十二月七日 零時十三分
送り主:喬子
題:無し
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有希さん、お久しぶりで〜す♪
夜中にごめんなさい。起きてたらこんばんゎ☆ 寝起きだったらおはようございますです!
明日(日曜日)暇ですか?
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喬子は大学の後輩だ。俺の母と同郷で、今はサークルで一緒にストリートダンスをしている。喬子は最近サークルに来てなかったから、コミュニケーション自体が結構久々だった。
一々メールのやり取りも面倒なので、俺は喬子に電話した。
喬子
【もしもし、有希さん? 起きてました?】
有希
「今バイト終わったとこ。で、明日なにかあるの?」
喬子
【実はそんなに大した用事ではないんですけどー、ちょこっとでいいから付き合ってもらえませんか?】
ここでバカな勘違いをするほど俺は阿呆ではない。が、明日はちょっとな……。
有希
「ごめん、明日もバイトだから無理。明後日以降なら構わないよ」
喬子
【じゃあ明後日(月曜日)でもいいですかぁ?】
有希
「いーよー」
時間は朝九時、待ち合わせ場所は大学図書館の前。月曜日は俺も一応授業が入っている。といっても二限と五限だけだし、一回くらい出なくてもそんなにまずいことにはならないだろう。
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喬子
「有希さーん、おはようございまーす」
小走りにやってくる、余りにも細い肢体を持つ元気な女の子。その後ろには背の高い、ちょこっと眉毛な女の子もいた。眉毛の名前は陽依。喬子と同じく白百合短期大学総合ビジネス学科の一年生だ。
有希
「おはよー。陽依も一緒なの?」
陽依
「あっお、おはようございますっ」
陽依が慌てて挨拶を返す。
喬子
「あれー有希さん、あきピクミンと知り合いなんですかー?」
陽依のことは元々知っていた。っていうか、喬子がサークルでよく話しているからな。そんで今年の夏休みの始め頃に催されたオープンキャンパスで見かけ、高校生達がミニ授業を受けている間にちょこっとだけ会話した。喬子から俺の事を聞いていたかどうかは知らないが、彼女はその後も俺の顔を覚えていてくれたようで、すれ違うときは軽く会釈してくれるようになった。俺が彼女から受け取った印象は何処にでもいそうな普通の女子大生といった感じで、とても掲示板の書き込みの際に語尾に『〜ピクミン』をつけるようには思えなかった。
有希
「オープンキャンパスの時に三ミリぐらい喋ったよね」
陽依
「え! あっはい。あ、さ、三ミリ……?」
喬子
「へ〜そうなんだっ。じゃあ有希さん行きましょー」
そう言って喬子は歩き出した。
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有希
「こんなに近かったんだ……」
喬子
「はぃ! いつもギリギリまで寝れますよ♪」
学校から五分も経たずに着いた場所は、喬子が間借りしているアパートだった。喬子は離島の生まれであり、高校を卒業するまでずっと島で育った。今は大学に通うために一人暮らし中であり、彼氏(のような存在)が時々入り浸っているらしい。
部屋の中を覗けば、これまたびっくり。宝くじを当てた父親が家具をいろいろ買ってくれたというのは聞いてたが、冷蔵庫やら空調やらテレビやら、扇風機に洗濯機にレンジに乾燥機……最新っぽい電化製品等々、っていうか広い。八畳部屋が二部屋、キッチン、風呂トイレ別。階段から一番手前の二階。一人暮らしにこの広さは無用だろう。二人掛けのソファもある。俺の家より快適な気がする。
有希
「それで? 何するの?」
喬子
「有希さん、約束したじゃないですか〜」
有希
「……? 何を?」
喬子
「ほら〜、白百合祭の時! 女装姿で一緒に写真撮りましょうって」
……した。確かに約束した。女子高生姿の俺……何がそんなによかったんだ? そんなもん、脳内記憶フォルダに保存するだけで充分だろ。
有希
「マジでやるの?」
喬子
「ハィ、マジでやりますよ♪」
有希
「陽依、助けて……」
陽依
「ダメです♪」
この後、俺は女装姿で化粧をしたまま、ピアノの授業を受けさせられた。
この話は、「文化祭の時に写真を撮る約束した」という部分のみ事実です。作者は女装姿で授業に出た事は有りません。