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異界美術館の調査記録  作者: 鹿羽根 惺迷
堕天したケルベロス
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堕天したケルベロス 壱


 皆さん初めまして。突然ですが、あなたは美術館へ行ったことがありますか?

 別に行ったことが無くても良いんです。でもそこには、美しい世界が広がっています。

 深くて、押し潰されそうなぐらいの迫力と作者の思いが詰まった作品達。もしもそれを見る為に美術館へ足を運んで頂けたのなら、学芸員として感激の余り──おっと、これぐらいにしておきましょう。


 紹介が遅れました。私、芸術作品の調査を行う新人学芸員の椎田花(しいだはな)と申します。ある不思議な作品の調査旅行に、どうぞ最後までお付き合い下さい──。



 壱



 春。それは新たな風が海より吹きつけ、桃色の花弁が街を覆う季節。私は、この度永蘭(えいらん)芸術大学を晴れて卒業し、学芸員に就職した。


 就職先は新宿駅から徒歩十分、街路樹が植えられた歩道の辺りに在るオルターノ美術館だ。

 白いタイルが貼り付けられた外壁に、不規則な角度で付けられた大きな屋根は、何処までも清廉潔白な印象を見る者に与える。

 敷地内にある青銅で作成された彫刻は、日の光に照らされ藍色の光沢を発する。


 しかし、この白く透き通った外見に反して──オルターノ美術館は異界と繋がっているのでは無いか──とも噂される。

 その理由は、この美術館に所蔵された奇妙な作品群である。


 他の美術館では目に掛けることの出来ない、珍妙不可思議で、まるで宇宙の果てから掘り出されたような彫刻や、作者不明の現実と乖離された存在が描かれた絵画などが、数多く所蔵されている。

 それがこの美術館が一定の人気を保つ理由でもあるが……今日から働く身としては不安でしか無い。




 「ほ、本日からこの美術館に勤めさせていただきます、椎田花です。よろしくお願いします!」



 緊張が伝わってしまっただろうか。というか、そもそも言葉が通じているのだろうか。

 頬が垂れ、眼元に皺が寄り、チェック柄のポロシャツを着たイタリア人に頭を下げながら、勝手に不安がっている自分がそこには居た。



 「椎田さん、よろしくね。私はこの美術館の館長であるオルターノ・ベスさ。えっと……仕事はカイに教えて貰いなさい。君の席の隣に居るあの男さ」


 「あ、はい。分かりました」



 予想外にも流暢な日本語と歯切れの良い紹介と共に案内され、衝撃の余りに声が窮屈に裏返った。イタリア人とは聞かされていたが、コミュニケーションに対する不安は一旦解消された。


 彼がオルターノ館長──二十年前の美術館設立当時から作品を収集し、展示し続け、オルターノ美術館の経営を取り計らってきた存在。


 実際に話すと、学芸員として、人としての蓄積が言葉や仕草の圧から伝わってくるようで……しかし一切の恐怖心を抱かせない面持ちで……まるで彼自身が芸術作品のように感じる。


 私はそんな妄想を胸に仕舞い込んで自席へと向かった。

 美術館には、展示用として開放された広間と、学芸員が業務を行う部屋がある。展示室が作品群に囲まれ気品に包まれる一方で、今私の居る部屋は一般的なオフィスと変色ない空間だ。パソコンが各席に対して設置され、隣には作品についての調査に関する資料室へと続く。


 私はオフィスの扉近くにある自席付近で立ち止まり、隣の背丈の高い男性に話しかけた。



 「初めまして、今日から勤めさせて頂く椎田花です。これからよろしくお願いします」



 男性は青縁の眼鏡を輝かせ、腰を上げて英雄の如く胸を張り、興奮した口調で語り始めた。



 「オオ、君が新人の子か。僕は岩光海(いわみつかい)。以後ヨロシク」



 そう言って彼は白い手袋を嵌めた右手を差し出し、私もそれに応じた。

 語り口調から見るに、この人は少し特殊な人かもしれない。



 「えっと……」


 「ああ、僕のことは岩光先輩とでも呼んでくれればいいよ。まあ色々大変だろうから、何か困ったら僕に聞きナサイ。何せここにはおかしな作品ばかり集まっているのだから……」


 「コラコラ」



 少し離れた場所から私達の会話を見ていたオルターノ館長が、優しい口調で岩光先輩の独り言とも捉えられる語りを遮った。

 しかし当の本人は、声色を一切変えずに続ける。



 「マアマア、良いじゃないですか館長。実際変な作品ばかりでしょう。芸術作品はちょっとおかしいぐらいが自然で納得が行くモノですヨ」


 「ああ、そうだね。良い考えだ。それと、君にこの子の教育係をお願いしても良いかな」


 「モチロン! 元よりそのつもりですヨ館長。どうせ暇人なんて僕ぐらいデスからね!」


 岩光先輩はオルターノ館長に調子づけられたのか、一層声高々に応えた。


 彼は少し変だが、案外単純な人なのかもしれない。強張っていた心がほどける音がした。

 岩光先輩が、改めて私に向き直り、口角を上げる。


 「それでは改めて、よろしく頼むよ椎田さん」


 「はい、よろしくお願いします!」


 この不思議な同僚と奇妙な美術館にて、私の学芸員としての生活が始まりを告げたのであった。

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