勇者は殉職したい
カホン国に繋がる大森林は、終活の場所として選ばれる物苦しい場所である
木で作られた墓はやがて成長し、適度な所で間引きされ墓は消滅する
故人の名前が刻まれた大木は数多くあり、区分けされ番号が振られている
土葬によるスライム大量発生からの疫病の流行が過去にあったカホンでは、全て青い火炎で焼かれる
通常の火では木に燃え移り火災が起きる為、目標のみ焼き尽くす「地獄の蒼い炎」
葬儀社会では扱える者は大変重用されている
ただ、死に直面する仕事だけに、若者からは敬遠されており
働いているのは壮年期以降のみである
「ゲル科生物確認!っしぃ経験値あげじゃー」
ユネは、やっと買えた剣を振り上げ勢いよく声をあげた
カホンに来た一行の役割分担は
ガラクはディスターと共に情報収集
ゼルザハはカホンにいる悪魔に聞き込み
ユネはレベル1.95まで来ておりもう少しで2に到達するため
スライムが最近多いと言われる大森林入り口に来た
碧の透明なスライムは見ていて綺麗だが素材はアレである
加護に殺菌消毒が追加され、試してみたところ効果抜群
スライムに消毒液を噴射する作業
戦闘ではない感じがするが、レベルが1.95まで上がっている順調だ
剣はそのうち使う時がくる はずだ 多分
「グキォィオオオオ」
金属音のような唸り声と共に大地が鳴動し、空から何か降ってきた
どす黒く濁った塊、スライムが巨体を揺らし、のしかかろうとした
早速剣が使えるシチュエーション到来
かろうじて中のものがシルエットで見れるが、口に出すのも憚られるようなものしか浮いていない
揺らすたびに、キィン、キィンと金属の擦れる音がする
金属でも中でも擦れているのだろうか
ユネはドデカ黒スライムに剣を振り下ろし、剣の破片があたって負傷した
右手に破片が当たり、血が出てきた
「せっかくの剣が割り箸のようにポキポキと」
仕方なく消毒液を吹きかけるが、一向に消滅する気配がない
「っ!」
そのままユネは中へと引き込まれてしまった
溶け出す体、じゅわじゅわと泡が吹き出ていき
ユネは、ドデカ黒スライムに消化されてしまった
どくん
どくん
どっくん!!
ドデカ黒スライムが悶え始める
大きな体を震わせ、転げ回る
体から何かの骨や断片が出てくるが、消化されたユネのものは何も出てこない
ドデカ黒スライムはどんどん縮小、黒から半透明に、やがて透明な球体へと変化していき、最後にはシャボン玉のような薄い膜の球体へと変化した
「?????」
ユネは黒い空間に引き込まれ、グニグニした弾力の壁に囲まれているが、自身に影響はない
「ゴホッゴボゴボゴボッ」
ガラクが血を吐いて倒れ そうになるのをディスターが支える 吐いた血はディスターのハンカチで覆われて誰も見られていない
「その体・・」
ディスターは目を細める
呪いのようなモヤがガラクを締め付けている
「ゴフッ、おそらぐユネさんにあったんでしょうね」
「例の奴を召喚して、禍ツ神を倒したと聞きました。
しかし、その様子では貴方は」
「いえいえ、深刻な話ではありません。単なる胃潰瘍からの吐血です。ユネさんにトラブルあれば、私の胃が荒ぶるシステムなんです」
手慣れた手つきで枯れ葉色の粉薬を口の中に放り込む
粉薬の残滓がディスターの方に流れてくる
湿布のような香りがする
「なんじゃ、ババ臭いと思うたらガラクか。胃炎か?」
ゼルザハが後からガラクの背中をさすりながら出現した
お土産らしい紙袋から、透明な液体の入ったガラス瓶をガラクに含ませる
「上モノのポーションじゃ。ユネたちによろしくとカホンの職員どもにもらった」
職員というのは、カホンに住居を構える悪魔たちのことである
「それで、ユネは帰ってこぬのか?」
解散したのは午前中、今は夕方近くである
カホンにいるスライムは低レベルのユネでも何回かボコれば倒せるため、問題ないはず
腹でも壊したかと冗談めいてユネのいる場所へ皆で赴けば、もんどり打って転げ回る大きめのスライム
散らばる道具はカホンで購入した剣やユネの服
「ユネ?!」
ゼルザハがスライムを凝視する
ディスターも目を凝らして形容しづらい色のスライムを観察する
「腹の中で誰か座ってますね」
「何か持ってる、瓶?飲んでる?」
「スライムが動いても中は影響なしですか、神秘の塊スライム、まだまだ知らないことだらけですね」
ガラクが悪魔と魔族が戸惑う中、ゆっくり前にでる
「出でよ!」
よびたされたのは、刀を持った褐色銀髪のエルフ
「インジェラ ここに推参」
名乗ったインジェラは、スライムを見て一瞬眉を顰めるがすぐ無表情に戻る
「アレを切ればいいか」
「そうだ。だが中に人間が吸収され幽体になっている
傷つけることなくスライムだけを両断してほしい」
スライムに溶かされ吸収されたユネ、人影は見えるが中の体液と混じっているであろう
選別なんて不可能だ 一般的には
浄化し、呼び戻すのは神官と呼ばれる白魔法の高等技術が必要とされ
「くっさかっぱーーーッ」
帰ってきた
カニとエビの食べ終わった後の臭みと、納豆パックを開けたまま放置した匂い、そして洗い忘れた魚グリルの匂い全てを合算させた臭気を色付けで纏い帰ってきた
「では」
インジェラは気付けば顔が消える寸前であり、とっとと還って行く
ガラクは臭いなどお構いなしにユネの元へ駆け寄る
「お怪我はありませんか?!」
厳密には無傷ではないが、出てきたボディに異常はない
「大丈夫、平気」
臭いけども。
「うおっふ!うおっふ!ぐおおおおおおおおお」
中間報告に来た竜が、もんどり打って倒れた
「は?」
ユネが戸惑う中、最強の竜がカクン、とこときれる
ピロリピロリ
フードコートの呼び出し音が響く中、ユネのレベルはどんどん上がっていった
便利な野草を竜に食べさせ、蘇生させた後、ガラクは中間報告を受け取った
病み上がりの竜は、ユネに嫌悪の眼差しを向けた後無言で飛び去っていった
ディスターとゼルザハは行動が遅れたことを詫び、瞬間消臭という難題に取り掛かる
この先スライムに会うたびあの臭いでは、旅に支障が出かねない
一方のユネは、苦労したスライムでやっと2に上がった矢先、怪我の功名で得た竜の経験値により、一気に50まで上がっていた
臭いが酷いため、カホンの衛兵たちに案内された薬湯に30分ほど浸かっている
綺麗な抹茶色だったのが入った瞬間にヘドロ色に変わる様は恐ろしいが、臭いが漢方で割と好きな匂いだっため、窓から見える森林と町の明かりを楽しみながらのんびりしていた
だが、彼女の右斜め上には空中で光る液晶パネルがあり、
そこには新規の加護について
という長い文章が、小さめの字体で映し出されている
しかも、字体からしてエルフ文字、ユネはさっぱり読めない
エルフ文字の辞書を借りなければ始まらないため、説明文は後にして、風呂上がりの飲酒を楽しむべく、ユネは外に出た
たわわな胸が手ぬぐいから溢れそうになっており、後はお尻が丸見えである
その格好で、風呂の外へ顔を出して、外にいる衛兵に話しかけた
「どどどうなさいました?」
危険な肌色に衛兵の声が上擦る
「ごめんなさい、臭みが取れたんですけど、着替え無くて
着ていた服は全部持っていかれたでしょう?のぼせてしまうので服を着て、休みたいんですが」
鼠蹊部が見えており、かろうじて全年齢をとどめているが
もうじき指定制限が来そうなタオル配置になっている
胸も汗が垂れて非常に扇状的だ
衛兵が薬湯から出すなという命令があったが、とりあえず服を与えることとし、急いで医務室にある検査着をとりに走る
目的のものを見つけ、安心した衛兵は、すぐ駆け戻っていく
可愛らしい浅葱色の検査着を受け取り、ユネは引き返そうとしたが、
つるっ
何もないところで転んだユネは、タオルを飛ばし、検査着も飛ばして防御ゼロになった
曝け出された100%の肌色
全て見てしまった衛兵は、うずくまりながらユネに無事を確認する
「いっ、あーすいませんね、汚いもの見せて」
堂々とした様子でユネは起き上がると頭を下げて中へ戻って行く
「あれ」
ユネは男だと思っていた
薬湯に気が緩み、女性になって薬草シャンプー、コンディショナー、ヘアケアパックなど試しまくって浮かれていた
薬草で蒸されたミストサウナも入った
冷たい水風呂にもハーブが浸してあり、ユネはご満悦だった
つまり、女の姿を見られた
ゼルザハが気をつけろと言っていたのに見られた
どうするか
「消すか消すかどちらにしようか」
どう聞いても一択の問いに、ユネは変顔で黙った
ゼルザハの目が、ユネを貫き通している
衛兵に女の姿を見られた挙句裸まで晒したことに、何の加護も作動しなかったことに怒っているのだ
「大事な時のご加護だろうが、チィ」
恐ろしい顔で思案するゼルザハ、そしてその様子を他人事のように傍観する魔族
「そのくらいお前ならなんとでもできるだろう、どこかに逃げたら事だ。さっさと片せばいい」
衛兵、ジャンという名の哀れな男は突然の出来事に、その後の仕事が手につかず、上官に叱られほかの兵と交代するべく
駐屯所へ向かっていた
「凄かったなぁ」
周りにあれだけのプロポーションの女性はおらず、名前も聞いた気がするが完全に忘れ去り、肌色の思い出が彼の中で螺旋となり渦巻いていた
かたり
?
ジャンが振り向くが誰もいない
何か落ちた音がしたが、猫か?
パタン
何か閉じた音がした
ここいらに扉はなく、倉庫しかない
閉めた?それとも開いた?
じゃり、じゃり、じゃり。
舗装された道の筈が、砂利を踏み締める音がする
誰か、いる
振り向くがいない
角に設置された鏡にも映らない
でも、ナニカ
居る
ガラクは追加の加護を綺麗にまとめあげ、ユネたちに見せるべく街の路地裏を歩いていた
治安はよく、別になにもないので驚くとすれば猫かカラスくらいだ
だが、ガラクは出会ってしまった
バラバラに分解されたヨロイの塊に。
「ゼルザハ!」
ガラクはすぐさまユネたちの居る場所へやってきた
ヨロイはそのままだ。
何せ、ヨロイ以外の物体もそこにあったのだ
下手をすれば犯人にされる
「ここには危険な殺人鬼がいる!すぐユネさんを避難させましょう!」
ガラクからの詳細な情報
目撃したモノの正体を察したユネは、ずっとかたわらに居るはずの悪魔を凝視した
「察しがいい者がいるとは、誉めてやらねば」
「いやだめだろ、穏便な方法があったろう」
悪い顔で微笑む悪魔と、ツッコミを入れる魔族
褒美を用意したゼルザハは、カホンの悪魔を呼び出した
「違う?」
配下の悪魔は、メガネのスーツ男子で、ハンカチで汗を拭きながら答弁した
「私どもは、先の詐欺サイト撲滅のために日々魔力による検知を行っており、外の情報を遮断しております
申し訳ありませんが、上様のお仕えされるユネ様の件、今初めてお聞きしました」
加護が強力であり、下手に干渉すれば命に関わる、ゼルザハが様子を見に行った時も、報告はネットにおける詐欺サイトへの誘導問題だった
「アレは、悪魔ではございません。人です」