ギルドの裏側
ノートンと入れ替わりで来たキャリーは、ノートンより10歳も若い娘だった。
「アルゲニア工房のキャリーです! よろしくお願いします!」
キャリーを外見で判断するなら、まだ新人に見える。
しかし、大手ポーション工房の娘で幼い頃からポーションを見てきた彼女は、ノートンよりもポーション鑑定の腕が良かった。
少し仕事をしただけで敵わない事を知ったノートンは、本当に自分はクビになるしかないと落ち込む。
これできっぱりとギルド残留への未練が切れてしまった。
もしも実力で勝てる相手であれば、「あいつよりも俺の方が上なのに」という思いが燻っただろうが、それすら言えなくなったのである。
「そうだ! 先輩、再就職先は決まりましたか?
実はですね、私とちょーっとだけ縁のある冒険者ギルドが、規模拡大のためにポーション鑑定師を探していたんですよ。
ノートン先輩。良ければ行ってみませんか?」
しばらく一緒になって仕事の引継ぎをしていると、キャリーはノートンにそんな提案をした。
「ここよりもお給料は安くなると思いますけど、無職よりはいいですよね」
デリカシーに欠ける発言だが、悪い事ではない。
ただ、ノートンにはどうしてもそんな提案をする理由が分からなかったのでそこだけは確認された。
「やだなー。私、職人の娘だけど、商人の娘でもあるんですよ。
無駄に軋轢を作る商人の娘が居たら家を追い出されますよー」
カラカラと笑う彼女に悪意はない。
そう判断したノートンはキャリーの言う冒険者ギルドへ再就職を果たし、そこでポーションの仕入れを任されることになるのだった。
「そうか。ノートン君は無事、他のギルドに移ったのだね?」
「はい。実際、悪い話じゃありませんからね。簡単でしたよ」
ギルド長のマックスは、キャリーと今後の打ち合わせをしていた。
「では、計画は予定通りでいいんだね?」
「はい。彼にもアルゲニアの広告塔になってもらいますから、こちらの売り上げは予定通り伸びるはずです」
彼らの町では、ポーションの過剰生産が問題になっていた。
生産技術の向上により、町全体のポーション生産量が需要の110%まで伸びてしまったのだ。
そこで最大手であったアルゲニア工房は、ポーションの宣伝に大手冒険者ギルドを使うことにした。
高品質なポーションを売っていくには、町の有力な冒険者ギルドに頼むのが一番いい。マックスのギルドはその為に選ばれたのだ。
宣伝費用としてちょっと赤字の価格でポーションを売り、他の冒険者には普通に売りつける事で赤字を補填する。
このギルドに卸すポーションは全体の1割程度。他の販売価格に赤字分を転嫁しなくても、売り上げが伸びれば十分採算がとれる計算だった。
自分の工房を縮小して生産量を調整するよりも、他を潰してシェアを奪う。
商売人としてはごく当たり前の発想でこの計画は進められている。
ノートンが追い出された理由は、ノートンの仕入れ先になるポーション工房が、複数の個人経営工房だったから。
彼を追い出し小さい冒険者ギルドに封じ込めることが出来れば、その工房の販売先は自然と減少する。
大手から中小の冒険者ギルドに移動するのだから、取引量が減ってしまうのは自然な流れなのだ。
いくつかの工房は生き残るだろうが、全ての工房が生き残れる可能性は無い。
アルゲニア工房がギルドに安くポーションを卸す理由の中には、他を潰すのに協力したというものも含まれるのだ。
ただ。
この計画は、ノートンという男の真面目さから、あっさりと潰える事になる。