9-2 -メリル-
探索隊が二人欠いて帰ってきた。フェリルが杖で身体を支えながら、ルシアナを従えて屋敷より出て、五人を出迎えた。メリルもレイチェルと並んで屋敷の外に出て、彼らを迎えた。
朝の支度を終えて、レイチェルとともに積みあがった会計の書類に向かい、いよいよ仕事にとりかかろうかという際に声が響いたのである。砦の修復作業を行っている一員が、彼らの期間を告げに早馬を飛ばしたのだろう。フェリルからの指示もあり、仕事に取り掛かるより先に、出迎えの準備を整える運びとなった。
――帰ってきたということは、何かしらの応えがあったのだろう。
砦の足場の崩落を手掛かりに、フェリルは軍の出動を国に要請して、結果として二人の軍人がベルグラーヴに入った。それでは心もとないして、フェリルはカーライル家から五人を出して探索に向かわせた。
――何か見つけるまで帰ってくるな、とは出発に先駆けて、フェリルがエンフィールドより派遣された二人の軍人にかけた言葉である。ギルバートもフランツも緊張感のある軍人らしい表情を崩さなかったが、内心はどうであっただろう、とメリルは察する。背筋をピンと伸ばした気をつけの姿勢のままであったが、微かに指先、踵が浮くような反応があったのを彼女は見ていた。
正午過ぎに彼らはベルグラーヴに入り、カーライル邸までたどり着いた。門が開き、土と赤褐色に染まった五人の姿が見えたと思うと、一人が駆けだしてきた。エレーナだった。給仕長のエイミーの元に寄り行き、彼女の胸元に顔を埋めた。身体が震えている。エイミーは彼女を抱きとめて、理由を問わなかった。エレーナの背中を大きく撫でやっている。
「成果はどうだった」
ギルバートを中心に髪も服装も乱れた四人がフェリルに対して向かうように並び立つ。赤い汚れが酷いアディが、背嚢を下して、中の物を差し出した。両手を添えて恭しくフェリルに捧げる。
2つの丸い形をした――馘だった。土気色よりも変色し崩れている。
「ひぃ」と短い悲鳴を上げて、レイチェルが倒れ込んだ。メリルは咄嗟に支えて、彼女の腰からぐっと腕を押し入れて、倒れるのを防いだ。圧し掛かってきた重たさに、うめき声が漏れてしまったが、踏ん張りを聞かせて持ち堪えた。
「あなたは大丈夫なの?」
両眼を瞑り、頭を押さえているレイチェルがぼそりと呟く。
「先にレイチェルさんが倒れてしまったので」
「言ってくれるわね」
口角を引きつらせながら、そう答えるしかできなかった。レイチェルからの嫌味は、糸のように弱かった。
髪と髭を無造作に伸ばした厳めしい顔つきの男と、細面で短髪の男の顔である。メリルに思い当たる顔ではない。見覚えもなければ、顔の造りから彼らの出身を推測することもできない。そもそも崩れが酷く、凝視が耐えられほどであった。
ちらと横目でエイミーの姿を確認すると、エレーナを連れて、奥に引き下がっていくところだった。猟師の経験を買われて雇われた。銃の扱いにも長けていると耳にしているのだが、エイミーの胸の中で小さく震える姿には、まだ幼児のようにメリルには映っていた。
「黒です。真っ黒です。山の向こう、樹海の中に居ます。確実に」
「そうか。ご苦労であった」
フェリルは表情を変えずに、ギルバートの報告を受けた。レヴィンとアディ、アンワルはギルバートに並び立つ。靴や裾は泥だらけで、服の汚れ解れ具合、擦り傷を数多に負っていた。レヴィンの頬には深紅の裂が走っている。
フランツとネイトが亡くなったことに対しても、「そうか」と呟くように言うだけであった。レヴィンからタグを受け取り、刻まれた名前を確認するや、後ろに控えているルシアナに渡した。
「リディアに二人を丁重に弔うよう言っておいてやってくれ」
そう告げて、踵を返そうとする。しかし一人が、前に出てきた。そして、無精ひげを生やして厳めしい男の馘を手に持ち、まじまじと見つめた。
「これは、トーマスではありませんか。猟師の」
アーネストである。執事服のまま泥と血にまみれた馘を持ち上げる。腐敗が進行し、どろりと崩れている顔を、じっと睨み据えながら検分している。
「顔見知りか?」
「ベルグラーヴの民です。もっとも、山の中や、狩ったものを売りにあちこちへ出ているのほとんどですが」
「そうか」
フェリルは向き直り、アーネストの言葉に反応した。切れ長の眼がさらに尖っていく。メリルはレイチェルの身体を変わらず支えながら、二人の会話に耳をそばだてる。
ちらと視線を上げて、フェリルがギルバートの顔を伺う。トーマスの名前とともに、戦いのさなかに、フラッグの名前が聞こえてきたこともレヴィンは報告した。ベルグラーヴの保安駐在所に勤めていた男で、襲撃以来、仲間に連れられて山に入っていると聞いている。
「彼らから仕掛けてきた。レヴィンの声を無視をして発砲を続けてきた。そして、ネイトを撃ったのはこの男です」
「つまり我々の敵、というわけだな」
フェリルの口調は重かった。マーク・トンプソンがベルグラーヴを襲撃した直後、ロシュからの軍が森や山に入り、トンプソン他、ランベール教司、ジャンノートを殺害した者の足跡を追うも、手掛かりを見つけることができなかった過去がある。
「なぜ以前は見つけられなかったのかも含めて、究明しなければならないことの糸口は見つかりましたね」
「至急、保安にトーマスとフラッグの宅の捜査をさせろと連絡を入れろ。立会いには必ず当家の者が居るようにと厳命でな。レイチェルは倒れていないで、エンフィールドへ文を送れ。この機を逃すな」
「――この二つの馘は」
「保安に預けて始末してもらえ」
言い終わすのが先か、フェリルは踵を返して屋敷へと戻っていった。レイチェルが袖を引いて、合図を送ってくる。メリルは彼女に肩を貸して、フェリルとルシアナの後ろについていった。
「全く、思い通りにはならんな」
フェリルのそんな吐き捨てるような呟きが聞こえてきた。
――エンフィールドへ小隊をよこすように陳情書を提出して、軍人二人しか派遣されなかったこと。捜索隊を出して二人の犠牲が出たこと。生き証人を突きだそうと計画していたのに対して、馘が二つ届けられたこと。なるほど確かにフェリルの算段からは外れている。それに加えて、惣の件もある。
「お身体だけはくれぐれも」
「わかっておる」
ルシアナの言葉に対して、つっけんどんな返しをしている。倒れてから体調は戻しつつあるが未だに、彼女は杖をつき、ルシアナに支えられながらの生活が続いている。小一時間ほど散歩として屋敷の庭をゆっくりと歩く姿を見かける。ルシアナが過保護に注意を払って面倒を見ていた。決裁文書の確認や、肝いりの施策の進捗確認など、ルシアナやアーネストが手足となりながら自室に籠って休みながらの業務をしている。レイチェルとともに会計報告を行う際も、ベッドの上にいる時があった。
「雪が積もる前に、片づけてしまいたいな」
「戦いはこれからなのでしょう。その時までに、無理は控えていただきますよう」
「わかっている。わかっているからこそ、歯痒いんだ」
フェリルの呟きが聞こえてきた。二人は奥の書斎へと消えていった。メリルはレイチェルの身体を支えたまま、屋敷の廊下を進みいき、会計書類が山積みとなっている事務室に戻ってきた。
「面倒なことになってきているわね。ホントに」
自身の事務椅子に腰を掛けて、レイチェルは鉛のような重い溜息を吐き出していた。
「でも、前進はしていますよ。それだけでも良ではありませんか」
「前進ねぇ。悪化でなければいいけれど」
「それを管理するのも、私たちの仕事、なのでしょう」
「――そうね」
つい先日、レイチェルとアーネストが教会で惣主と会談を行ったが、平行線のまま、何も決まらずに終わっていた。フェリルはその報告を聞いて、案の定、との一言を、頬杖を突きながらため息交じりに答えていた。バランスシートと取りまとめて、五年後の出納の具合を整理する。収支を増やさなければ、カーライル家の維持ができなくなる結果が出ている。
「税率を増やすことも、庸調を過度に強いることもなく、田畑の拡張を頼んだだけなのだがな」
「とにかく、私たちのすることが、気に入らないのでしょうね。彼らからすれば、私たちは完全によそ者ですからね」
「今まで通りで納めるものを納めていればいい。余計な口出しをしてくれるなの一辺倒。まるで聞く耳を持たない」
人手を増やす。費用が必要ならばカーライル家からの支出も検討すると、レイチェルは相対した惣主に打診をしたそうだが、彼は首を横に振り続けた。
「フェリル様もやり方が荒っぽいといいますか。土地を横取りされる懸念を拭うのが今は優先でしょうね」
「どうせ後出しでなんとでも行ってくる連中だ。いちいち構っていられまい」
レイチェルはそう言い捨てる。惣主との会合の帰り際に、「こちらはこちらで進めさせていただく」と挑発じみた言葉を放ったそうで、フェリルはその報告を聞いて頭を抱えていた。ただその場にフェリルが居れば、もっと過激な煽りをしていたことが、フェリル自身にも予見できていただけに、レイチェルを咎めることもしなかった。ルシアナに支えられながら、次の一手を逡巡することに切り替えていたように、メリルには見えた。
「リディア様はおどおどしているだけ。まあ取っつかみ合いにならない重石にはなっていたけれど。お嬢様じゃあ、それ以上の期待は持てないわね」
守護士のクレアも口を噤んで木偶の坊として立っているだけ。ハンネスはそうそうにその場から立ち去っていたそうである。
「とりあえず、教会へ二人の弔いを頼みに行きましょう。いくらぐらい包めばよいでしょうか」
「お気持ちを納める習わしだけど。ケチをしてカーライルの名が廃るような真似もしたくないでしょうしね。少しばかり盛った額で頼みに参りましょう」
一枚の用紙取り出して、フランツとネイトの経歴と、先ほどの報告で聞いた彼らの戦いぶり、死に際を簡単にまとめる。彼らの親族に向けての手紙として認めるための準備として、メリルは情報を網羅的に記してから、添削していくのが常であった。
「実際の葬儀は一年後とかになりそうだけど。先ずは教会に弔い、葬ってもらわないとならないから」
レイチェルとともに明日の予定を調整しながら、夜更けまで業務を続けていった。
翌朝は早くから動いた。身を切るような冷たい風が吹いていた。コートを羽織って、馬に跨り、レイチェルとともに教会へと向かっていった。
ギルバートは休養を兼ねて、しばらくカーライル邸に泊まる運びとなっている。朝に食堂に赴くと、姿勢を正した彼が、給仕を受けて食を進めている最中だった。その傍にはレヴィンが居た。彼にも休暇を出していると聞いているが、アーネストと同じ執事服に袖を通している。帰還の折にはぼさぼさに乱れていた髪もビシッと整えられている。ただ頬の裂傷だけが残っている。
マウリア出身のアディとアンワルは昨晩のうちに砦に戻ったと聞いている。アディの妹であるルオは久しぶりに会った兄としばらく会話ができたといって、喜んでいたのを、就寝前にメリルが邸宅の廊下を歩いていていた際に訊いていた。褐色肌に白い歯を見せて無邪気に笑う彼女に可憐の言葉を覚えた。
エレーナの姿は、昨日の帰還報告の際にエイミーに連れられる後姿から、見ていない。給仕長の彼女を見つけて確認したが、部屋にこもっているとだけ返答を受けた。
「大丈夫かしら」
「さあね。でも、働いてもらわないと、困るわね」
レイチェルはそう言って、握った手綱を捌き、馬を駆けさせた。メリルも後を続こうとするも、馬は言うことを聞かない。馬は返ってのそのそと歩き続けた。
アンナが行方知れずとなってから、給仕を使いに出すことを控える運びとなっていた。間もなく一か月が経とうとしているが、足取りは掴めていない。実家に帰ったのかと、消息を送ったが、返事は未だない。
峻険なる山脈を仰ぎ見ながら、小高い丘を登り、ようよう教会が見えてくる。日差しに冬らしい刺すような鋭さを覚えた。
先行していたレイチェルは教会の門前ですでに馬を降りている。手綱を握ったままであった。彼女に対して向かい立つ男の姿も見えた。メリルは馬腹を鐙でチョンと蹴って、加速を促した。
「トーマスが殺されたと聞いたぞ。どうなっている」
白髪頭に無精に生えた髭も白い、ふかいしわを顔中に刻ませた男が居た。
「そのトーマスに、カーライル家から二人が死んでいる。今日はその弔いを頼みに来た。それ以上の話は別日にしてくれ」
レイチェルが答えるも、男はぐいと顔を寄せて彼女に詰め寄る。レイチェルの視線が針のような鋭さを帯びていた。
ようやく門前に寄せて、メリルはわたわたと馬から降りた。二人は険しく睨みあい、椿を佩いて言い合いを続けていた。メリルはレイチェルの手綱も預かり、最寄りの繋ぎ場に馬を連れて行った。
綱を括り、馬を落ち着かせるようにひと撫でしてから門前に戻るも、まだ二人は言い合いをしていた。
「そもそもカーライル様が余計なことをしなければ、こんなことにはならなかった」
「そもそもを論じるならば、ランベール教司を守れなかった、メンデス様、ひいてはベルグラーヴ全体に責がある。探索の折に相手方からフラッグの名前があったそうだ。トーマスもフラッグもベルグラーヴの民であり、頻繁に山に入っていたな」
「それが何なのですか。トーマスやフラッグが狩ってきた獣、採取してきた薬草は、ベルグラーヴの貴重な財となっていた」
「神聖なる教会の表で何をしているか」
耳を劈くような大声が響いた。門が開かれ、灰のような顔色の青年――ハンネスがまなじりを怒らしめて立っていた。
二人の厳しい眼がハンネスに向かれる。彼は毅然として動じず。
「お話はリディア様の立会いの下、お伺いいたします。この中での諍いはくれぐれもなきように」
ハンネスの言葉は、肌に刃物を沿わされるような、冷たいものであった。
これよりベルグラーヴは厳しい冬が来る。メリルは唇を嚙みながら、教会へ入る三人の後を追った。
お読みいただき、誠にありがとうございます。
ゆっくりとではありますが終盤に向けての苗を育てつつは仕掛けを入れております。
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