体は誰のもの?
兄貴の話が止まらなくなりそうになって来た。
でも、流石気配りの兄貴は、俺の雰囲気を読み取ったようだ。
自分で入れたコーヒーを一杯ぐいっと飲むと、話を止めて俺の目を見て軽くウインクした。
……
おっといけない、ついつい熱く語っちゃったね。
実は今回新規予算が下りて、精密な質量分析器を手に入れることが出来たんだよ。
これを使うと1ミリ秒のリアルタイムで対象の物体の重さを1ミリグラム単位で 測定出来るんだ。
例えば、ケンジの体重を24時間リアルタイムでモニター出来るんだぜ。
……
「女性の体重をリアルタイムで測るのは流石にはばかられるから、男性被験者求む、だね、ケンジ」
兄貴は俺にそう言った後で、また話し始める。
……
ところで、この間ケンジの体に起きたことだけど、実際には単純にめまい・貧血のたぐいだと思うけどね。
でも、それを今の仮定に基づいて考えた場合、何かの拍子で体から魂が抜けた、と言う可能性もあると思えるんだ。
うーん、魂という言葉は使いたくないなあ、もっとイメージとしては心と言った方が良いかな?もっと堅苦しく言えば自我システムみたいなものだと思う。
肉体自体は単純に心臓や中枢神経にあたる脳幹あたりが機能していれば、体温も保つし歩くことだって出来るはずなんだ。
ただし、基本機能は持っているけどその人固有の歩く時のクセは、実際には体ではなくて心側に依存しているものだと考えられる。
だから、モモちゃんが見たケンジのギクシャクした歩きというのは、もしかしたら、ケンジの心が抜けた状態のケンジの肉体だけだったのかもしれない。
その状態で長期間いたらケンジの心は肉体に戻れなかったかもしれない。
……
兄貴の説明はここで終わった。
「モモちゃん、良いところで声をかけてくれてありがとうね」
「えー、そんなとんでもない話を兄貴がするなんて、ビックリだぜ」
俺はもしかしたら、お陀仏だったのかよ?
でも、そんなに簡単に体と心が離れちまうものなのかな?そんなに簡単に離れちゃうんだったら、あちらこちらでゾンビみたいな奴がウロウロしている事に
なっちゃうじゃん!
それに、そんなに簡単に離れちゃうんだったら、体なんか誰の物なんだよ?ってなるじゃん。
心が入れ替わっちゃうなんて話も、夢なんかじゃなくなるのか?
「まあまあ、ケンジ」
お兄さんの話はさらに続く。
……
話はそんなに簡単じゃあないよ。そもそも、心があって体と別もんだ、なんて話は科学的には認められていない。
何しろ、実験しようにも被験者もいないしね。
ただ、さっき言った特殊な質量測定器を付けて複数の被験者に睡眠中の脳波と体重をモニターした実験を行った時に、非常に興味深い結果が出たんだ。
それは、レム睡眠と言う非常に深い眠りに入った後に、ノンレム睡眠に移行する時のほんの瞬間だけ、被験者の体重が21グラムだけ減少して直ぐに戻るという事象があったんだよ。
被験者が起きた時に話を聞くと、非常に鮮明な夢を見たという意見が多かった。
体重が一瞬だけ減少する事象と被験者の夢の見かたにある一定の相関がある事までは分かったけど、寝ている状態の話ではとても科学的な実験にはなっていないからなあ。
本当は、目覚めている状態で体重が減少する瞬間を観測したいんだよ。
……
「だから、ケンジにはこの測定器を付けてほしいなあー、兄貴の研究のためだと思って」




