並行な世界
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「イキナリ本質をついて来ましたね。まあ、バレてしまった立場の人間には拒否出来ませんが。貴方方の技術の進歩に免じて、私達の世界の話を致しましょう。少し話が長くなりますが、ご容赦下さい」
電話の向こうのケンジ君もどきは、ゆっくりと話し始めた。
「私の名前は、この世界では発音出来ません。あえて、近い名前を付けるとすれば、『ンファ』ですかね。多分、貴方方が『並行世界』と呼んでいる世界の一つなのだろうと思います」
ンファと名乗る男は、話を続ける。
「この世界との距離は、正直分かりません。その方向の技術は私達の世界では発達していないのです。私達の世界での進歩の方向は、この世界の方向とは違っています」
助手のハナコさんが紅茶とケーキを持って来る。
興奮しているケンイチロウを落ち着かせるためだ。
「この世界では当たり前の様に行われている、宇宙や星、素粒子と言った基礎研究は、私達の世界では誰も興味を持っていません。遠く離れた星の構造を理解しなくても、自分たちの生活にはメリットが無いと思っているからです」
ケンイチロウは、ハナコさんの紅茶を一口飲んで、少し落ち着いてきたようだ。
「貴方方の世界では50年以上も前に、人間を月に送る為だけに巨額の国家予算をつぎ込んだ事があったと聞いています」
タクヤさんも、ンファの話を聞きながらハナコさんのケーキを一口パクリと食べる。
「しかし、私達の世界ではそんな無駄な事はしません。それだけのお金が有れば、心や体の研究に費やします。多分、この世界と物事の優先順位が異なるのでしょう」
「まあ、あの時はアメリカの中でもアポロ計画に大反対してる国民もいたらしいけどな。月面探検の金があったらパンを提供しろとか、賛否両論があったはずだ。でも、結局は技術の進歩という大義名分が勝ったんだろうな」
タクヤさんが、ケーキを口の中に入れたまま、ンファの言葉に合いの手を入れた。
「いずれにしても、貴方方が基礎研究と呼んでいる分野へ注ぎ込んできた時間と労力を、全て体と心に注ぎ込んだ、と思って下さい。その結果、私達の世界では心と体の構造と作用に関して、かなり深いところまで解明して来ました。貴方方が使っている、心と体のリンク状態を観測する原理は、私達の開発した物とは異なると思いますが、結果的に行き着く先は同じだったと言う事ですね。それに関しては大変興味深く思います」
タクヤさんは、食べたケーキを紅茶で飲み込む。
「そうやって、今までは自分たちの世界の中で、お互いの心を入れ替えたり、心の深層部分の調査を行なって来たのです。所が、詳しく調べていると、どうも自分たちの世界からいなくなってしまう心が少なからず有る、ということが分かって来ました。どうも、心だけの状態では物理世界から自由になってしまうため、意図せずに時間や空間を超越してしまっている様だ、という事が最近わかって来たのです」
ハナコさんは、大学院生のユミちゃんにもケーキと紅茶を進める。
「心と体を操作する技術は確立して来たのですが、分離した心が別世界に行ったまま返って来ないのは非常によろしく無い、という事です。心がどうやって別の世界に移動してしまうのか、その研究の一環として、今回偶然にも、この世界のケンジ君の体を借りている、という訳です」
「それで、その研究とやらは順調に進んでいるのですか? 偶然と仰りましたが、心を入れ替える時に、記憶をコピーするという事は、全くの偶然では無く、予め準備して来た、という事じゃあないですか? まだ、私達に隠し事が有るとしか思えません」
ケーキを紅茶と一緒に飲み込んだ、タクヤさんの鋭いツッコミは続いた。
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