止まない雨
お昼までは天気が良かったのに、学校が終わる夕方にはもう雨が降っていた。天気予報は曇りだったから傘を持ってこなかったのに……と、教室で1人空を眺める。
こんな時に限って友達は部活で、傘は期待できない。
「止むかな……」
どしゃ降りとまではいかなくても、まあまあ降っている。夕立ならもう暫く待てば弱まるかな?とボーッと外を見ていると、コンコンと教室の扉をノックされ視線を移した。
「悟じゃん。まだ帰ってないの?」
扉の前にいたのは、私の片思い相手の悟。
悟は帰り支度が済んでいるようで、リュックを背負い、そしてビニール傘を手に持っていた。
何だかんだで皆用意が良い。私も折り畳み傘くらい常備しておかないとダメかな……と思っていたら、悟が傘でトントンっと二度床を叩いた。
「優。これ、大きい傘だと思うんだけど?」
「そうだね」
「……」
「……?」
100均で売っているよりも大きめの傘。良く見るとビックサイズとシールが貼ってある。
ああ、だから大きいのか……なんて考えていると、ズカズカと歩いてきた悟は、机の上に置いてある私の鞄をグッと掴んだ。
「え?何?」
「……優くらいなら、一緒に入れる」
「一緒に、入れる……」
ボソッと呟かれた言葉を反芻し、言われた言葉を理解した所で頬を赤く染める。
普段一緒に帰ることはあっても、ぴったり寄り添う距離なんて無かった。
それが今日実現出来るのであれば、願ってもないチャンスだと、勢い良く椅子から立ち上がる。
「傘、入れてください」
「ん。りょーかい。ほい、鞄」
「え?持ってくれるんじゃないの?」
悟が持った鞄を指差し、からかうように言うと、悟が手のひらを出してきた。
「有料」
「えー」
「ほら、早く行くぞ」
白い歯を見せ笑う悟は、鼻歌を歌いながら外に出る。
その後に続き外に出て、傘を差す悟の隣にソッと寄り添う。
視界の端に悟の腕が見える。少し視線をずらすと傘を支えている、女子とは違う骨ばった手。
耳にかかりそうな黒髪と、見られていることに気が付いたのか、私に視線を寄越し照れくさそうに笑う顔。
「なんだよ」
「ううん……」
「なら帰るか」
優しい声色が耳に心地いい。
こんな風に優しくされたら期待しちゃうけれど、もし期待が外れてしまったら、もうこの距離で会話が出来なくなるかも……と考えると中々踏み出せないでいる。
そんな考えなど知らない悟は、歩き出した後も他愛ない会話を続けてくれている。
「今日夕飯カレーなんだ。いつも福神漬け乗せて食べるんだけど、優の家はカレーに何乗せる?」
「私の家も福神漬け。あ、揚げ物の日もあるよ」
「良いなそれ。あー、カツカレーとか食いてぇ……って、もっとこっち寄れよ」
私の肩が濡れていることに気が付いたようで、腕を引き寄せられた。
意識しないようにしていたのに、悟の肩に私の頬が触れ一気に心臓が高鳴る。
赤くなる頬を見せないように俯いて、持っている鞄を抱えて心臓を隠す。
「……」
「……」
互いに無言で歩く帰り道。
暫く歩きついた場所は、分かれ道にあるコンビニだった。
一緒に帰る時はいつもここでお別れをする。
だからここで別れて、後は走って帰れば…と悟を見ると、何やら言いたげな顔をして私を見ていた。
「悟?」
「……お前の家まで、送る」
「え?でも…」
私の家までとなると反対方向だし、悟の家から遠くなってしまう。それに、もう雨は弱まり殆ど降っていない。
これくらいなら、悟は傘を差さずに余裕で歩いているのに…と見ていると、無言で引き寄せられ、私の家の方向へと歩き出した。
ピッタリと寄り添う傘の中。
期待したい気持ちがドンドンと膨らんでいく。
「……あのさ」
声を掛けようとしたものの、悟に先に話し掛けられ、何?と問い掛けた。
「傘。もう持ってこなくて良いんじゃね?」
「え?何で?」
今度から折り畳み傘を持ってこようとしていたのに。でも、そんな考えは次の一言でなくなった。
「また俺の傘入れば良いだろ」
ぶっきらぼうに言う悟の頬は、赤く染まっている。私もきっと同じように染まっているんだろう。
「有料?」
「……無料」
「そっか……」
空はいつの間にか晴れ間が見える。
それでもこの相合い傘は、もう暫く続きそうだった。