志乃宅
志乃は、混んだ電車の中でも気配をずっと感じていた。
そして気付いた。
発光体の正体は神子だ。
車内に乗り合わせた者たちの様子でわかる。
男も女も老いも若きもすべからく、ヤツの存在に気づけば必ず視線を奪われる。そのまま吸い込まれていく人もいれば、すぐに目を逸らす人もいる。ただ、いずれに違わず、同様の表情になる瞬間がある。まず小さな衝撃を瞳孔に表し、続いて弛緩。そこから先は歓喜、羨望、畏怖と人それぞれ。
(なぜに神子がいる?)
神子との付き合いは、かれこれ9年になる。
志乃は、もともと神子のところの派遣スタッフで、現在勤める一日生命に課長職で招かれたのも神子の斡旋だ。
「財務諸表を読み抜く力を評価して、役員直々の指名」と神子は言った。志乃をおいて他に適任者はいないと。それで口説きおとされたわけではないが、経理関係の資料に限らず好きなように好きなだけ調べていいという関澤常務名の免罪符にそそられた。おまけに、何か問題があってもなくても今後一生の仕事の斡旋を約束すると誓約書に判を押された。志乃のような非正規雇用者にとって、これは魅力的な条件だ。いくらスキルと経験に自信があろうとそれを求める雇用先がなければ仕事はない。三十路を過ぎればなおのこと。いつまでも若いわけではない。そうでなくとも志乃は、中学生のときから子持ちの主婦に間違われてきた。田舎くさいブレザータイプであったとはいえ、制服に白ソックス姿でも「奥さん」とか「お母さん」とか声がかかった。
志乃は、さほど迷うこともなく快諾した。
営業職以外はほぼ全員が新卒採用の大手上場企業、中途採用で課長職など目立つことこの上ないが、関澤常務の肝いりとあって、あからさまな嫌がらせを受けることはなく、皆遠巻きに見ているだけなので、特に仲良くやっていきたいなどという希望のない志乃にとってはむしろ好都合、のびのびやらせてもらっている。
先日も、関澤常務の仰せの通りに、岡山支社長のケチな使い込みを立証、仔細に報告したばかりだ。
そうこうするうちに電車は自宅最寄り駅に到着し、志乃は電車を降りた。
歩きながらすれ違う人々の様子を見るに、どうやら神子が追いてきている。
(なぜだ?なぜ追いてくる?)
駅から徒歩3分の家にはすぐに到着してしまう。1階は美容室と不動産屋、2階から4階までが貸事務所、5階から上が単身者向け住居の20階建て。の最上階、都会の喧騒を見下ろすバルコニーが付いた広い1LDK。
職場の人間に自宅を知られるというのは、なんだか嫌なものだ。
住所などという基本的な個人情報は神子の会社にデータとして登録されているのだから、もともと知られてはいるのだが。実際に目視されるとなんとなく、生活まで見られてしまう感じがして嫌である。
(まあ、家の中まで上がり込むことはないだろうが)
甘かった。
ヤツはついてきた。
今、ソファに腰かけている。
志乃専用のひとりがけのソファ。