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社外

志乃は気配を感じていた。

何かがついてきている。会社を出てからずっと。

意識すると、改めて悪寒が走る。


(昼間、見ちゃったからなー)


うっかりそんな風に思いかて、ブルブルと首を振る。


(んなわけない)


非科学的なものは信じない。信じようと思ったって信じることができない。それが志乃だ。


(だいたい、あんなにはっきりくっきりしてるわけがない。ドライバ振り回してプリンター修理したり?ないない)


冬至をふた月過ぎて、随分伸びた日も暮れ始め、丸の内仲通のイルミネーションが街並みを幻想的に照らす。


(いやー、どうだろうなー)


志乃は思う。

半透明の人型で、特殊な能力を持った一部の人にしか見えない話せないという世間の認識通りの存在ならいいが、もし昼間見たのがそうだったら、これはもう普通の人と区別つかないだろ。そこいら中のアイツもコイツもあっち側の、人間ではない者かもしれないということになる。


(いや、勘弁して欲しい。まじで)


どういうわけか志乃は、子どもの頃からその手の話が苦手である。大声で怒鳴る教師も暴力的な乱暴者も不良っぽい上級生も底意地の悪い同級生も大して怖くなかったが、本物を見たことも感じたこともないお化けだけがひたすら怖かった。

前述の仮説の通り、そこいら中に存在していて、人間様に混じって暮らしているのならば、そのほとんどは人間と同程度に無害であることの証なわけだが、そう思ってもやはり怖い。

志乃は、ブルッと身体を震わせた。

既に灯りを落としたオフィスビルのガラス、見ないようにと意識して、で見てしまう。


(今、何か映ったなー)


意思に反して、志乃の首は肩越しに後ろを振り返る。

ライトアップされた街路樹の陰、その灯りに紛れるようにして、何かが淡く発光していた。


ーーーーー


オフィスビルの地下にあるコーヒー店、片隅の一席に小橋と矢島は向かい合っていた。


「大丈夫だって、うちの嫁は。何も考えてないの。つーか、もうね、見てないの。俺を、とかじゃなくて奥行きのあるものには興味ないの。だからね、静かーにしてれば、そこにいること自体、気がつかないから」


(よりによって何故こんなに能天気な野郎と入れ替わったかな)

矢島は思う。


就業時間を何とかやり過ごした二人は、帰宅後の困難を予測して互いの立ち居振舞いを打ち合わせるべく、こうして頭を寄せあっている。しかし、矢島が危惧すればするほど、小橋の気楽さはむしろ増幅していく。

問題は小橋の家ではない。矢島の家のことだ。小橋の嫁が鈍感であろうことはなんとなく想像に易い。


(まあ、そうだろうよ)と。そして思う。

(ウチの嫁、妻は手強い……)


「美人?」

「あん?」

「奥さん、美人でしょ?」

「……そりゃ、まぁ」

自尊心をくすぐられまんざらでもない矢島は、小橋のそのにやけた視線から相手の脳内を察して、記憶を手繰る。


「いい?」

それでも一瞬ムッとしてしまう矢島に小橋は続ける。

「やっても?」

「自信はあるのか?」

小橋はにっこにっこしながら何度も頷く。

「つ、強いぞ」

小橋はごくりと生唾を飲み、じっと股間を見てから、今日一番の真剣な表情で「がんばる」と言った。


家庭内の掟や習慣など、少し細かすぎるくらいの注意事項を一方的に伝えた矢島は、別れ際、小橋に言った。


「やっぱり、やめといたほうが……」

「大丈夫だって。もう、心配性なんだからー」


小橋は高めのテンションそのままに、矢島の肩をバシッと力強く叩いた。


(なんかムカつくんだよな、コイツ)

そう思った矢島は少し意地悪く言った。


「そうだよな。じゃあ、まあ、がんばれ。どっちかって、荒っぽいのが好きだ。見かけによらず」


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