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17階 会議室

池本綾香の午後はゆったりと始まる。そうありたい。腹の皮が張ると瞼の皮が弛む。今日のランチは中華だったから一際。それなのに、午後一番にどこかの支社長から内線電話で怒られた。

「おい、研修は1時からじゃないのか?こっちは忙しいんだよ」と。

時計を見ると1時を7分ほど過ぎてはいる。


(まあね、17階の会議室まで7分はかからないよね、確かに)


しかし支社長研修は矢島の担当だ。なぜに私の内線を鳴らす?知らねえよ。と思いながら、矢島の席を見れば姿はない。当然だ。いたら逆にびっくりする。向かっているに決まってる。

いちいち不満に思いながらも、しかたなく矢島の携帯に電話をかけた。何かトラブルがあったようだが、知ったことではない。


電話を切ると、またすぐに内線がなった。下っ端は辛いぜ。


「営業統括、池本です」

「1階受付、田辺でございます」

同期の真央里だ。

「おつかれさまです」

「9番様、お見えです」


(大変だ)


綾香は化粧ポーチを掴み、トイレを目指した。


9番様、それはプリンスを指す真央里と綾香の隠語だ。頭文字のPから取った。本名は神子聖丸。名前からして神々しい君は、人材派遣会社の当社担当者である。

この本社ビルには、200名からの派遣社員がいる。そのほとんどはコールセンターやデータ入力といった事務センターのスタッフで、6~8階に生息している。社会の常識を知らない自由な20代から、知っていて敢えて無視する百戦錬磨の50代まで、しかもほぼ女ばかり。それらを取り仕切る9番様のご苦労が偲ばれるというものだが、眉目秀麗尋常ならざる9番様にこそ適任と言えなくもない。

歴代ミスターK大を高2のときから8年に渡って一度もはずすことなく言い当て、某男性アイドル専門芸能事務所からヘッドハンティングされた経験を持つ真央里をも唸らせた美貌の持ち主なのである。9番様が微笑めば、或いは憂い顔で俯けば、派遣スタッフの女たちなどイチコロであろう。日常業務のありきたりな不満など、パジャマの毛玉ほどにも気にならないに違いない。

そうやって事務センターを統治する傍ら、9番様は時折、綾香のいるこの14階に立ち寄る。ここ最近は妙に頻度が高い。何の用だか知らないが、来てくれるのだから大歓迎、理由などどうでもいい。手にした菓子折の数が一つ多い日は、真央里から内線がくる。さすれば綾香はこうしてトイレに駆け込み、化粧を直して髪を巻く。


(何が起きるかわからないもの)


綾香は目を潤ませながら歯を磨いた。


ーーーーー


「お待たせして申し訳ありませんっ!!」


会議室に入るなり、矢島はすこぶる元気よく頭を下げた。

椅子に腰かけて居眠りをしていたどこかの支社長が、びくんと巨体を揺らして目を覚ました。


「プロジェクターに不具合がありまして、技術スタッフを呼んでまいりました」

「なんだ?しっかり準備してくれよ。こっちは出張費使って来てるってのに」

ふんっと鼻息も荒く野次を飛ばすのは岡山支社長の天野だ。

「おつかれさまです。キャナックスのナンバーワンテクニカルをつれてきましたから、もう大丈夫です。皆さんの貴重なお時間が無駄にならないよう、ちゃっちゃと済ませましょう!」

矢島は調子良く言い、後ろから着いてきた小橋を顎先で促した。

小橋は一瞬、その目に反抗的な光を宿し、マスクの下で不快そうに口元を歪めながら、パソコンをプロジェクターに接続する作業に取りかかった。

矢島が資料を配り、部屋の灯りを消すと、前の壁にパソコンの画面が投影される。

「では始めます」

矢島は、その一言を最後に声を消し、俯いた小橋がマスクの下から発する説明に合わせて、パクパクと口だけを動かした。


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