鬼と人間
むかしむかし、あるところに、心優しい鬼たちの住む集落がありました。ある鬼は鍬で田畑を耕し作物を育て、ある鬼は海で漁を行い、また、ある鬼は特徴である頭の角を隠し人里へ交易しに行ったりと、争いのない平穏な日々を送っていました。
ある日、人里へ交易しに出かけた鬼が大慌てで帰ってきました。
「人里で強盗事件が起きたらしいです。人間は鬼の仕業と決めつけています。今夜にもこの集落に攻めてくるでしょう。」
「誰も人間に強盗などしていない。我々の存在すら人間には気づかれていなかったはずだ。」
鬼たちの親分はなぜ人間が鬼の仕業だと思ったのか不思議に思いました。親分は、まだ角が小さく目立たない子供の頃に、人間の子供から握り飯を1つ貰いました。それ以来、親分は人間のことが大好きで、集落の鬼たちにも人間へ危害を加えること、正体を明かすことを禁じてきました。
「どうやら強盗の被害にあったという老夫婦が鬼の仕業だと言っているようです。この集落の場所もその家の老人が知ってるらしいです。」
親分はどうすれば人間の誤解が解けるのかと考えましたが、今夜にも集落に攻めてくるということなので、争いを避けるために、絶対に人の近づかない海の向こうの島へ全員で引っ越すことを決めました。
島での暮らしはとても充実したものとは言えませんでした。血の気の多い男の鬼の中には人間を恨む者も出てきましたが、
「人間を恨んではいけない。ここには子供も多い。女と子供たちに不自由のない生活を送らすために、生活を安定させなければならない。今は生活のことだけを考えよう。」
親分は今まで慣れ親しんだ土地から追い出されてもなお、人間のことが嫌いになりませんでした。
島へ移ってから数年が経ち、生活も安定し鬼たちに笑顔が戻ってきたころ、親分のところに子供が生まれました。親分は我が子の誕生を心から喜び、他の鬼たちも自分のことのように喜びました。
「親分、おめでとうございます。本当にかわいらしいですね。」
「ありがとう。まだ角も生えていなく、まるで人間の赤子のようだ。今夜はこの子の誕生を祝して宴会を行うから準備をしてくれ。」
鬼たちは先祖代々鬼に伝わる宝玉や昔の集落から持ってきていた酒、女たちが作った料理などを広間に並べました。
夜になり宴会が始まると、鬼たちは酒を飲み、歌い出す者、踊り出す者と、とても盛り上がっていました。
宴会も終盤になってきた時に
「今だ、かかれ。」
聞きなれない声が広間に響いた途端、親分は片目が見えなくなり、おしりと背中に激痛を感じました。キジが目をつつき、イヌがおしりに噛みつき、サルが背中に飛び乗り爪を立て引っかいたのです。鬼たちはすぐにこの動物たちと声の主を殺そうとしましたが出来ませんでした。
「私の名前は桃太郎。お前たちがおじいさんとおばあさんから奪ったという宝玉を取り返しに来た。抵抗するならこの幼子の命はない。」
「あぁ、やめてください。その子は私のたった1人の子供なのです。この宝玉なら差し上げます。どうかその子から手を離してください。」
他の鬼たちも親分に続いて降伏しました。幸い親分以外に負傷した鬼はいませんでした。
桃太郎は宝玉を袋に入れ、帰り際に言いました。
「おじいさんがよく聞かせてくれた話があります。おじいさんは子供の時に、小さな角の生えた子供と出会ったそうです。握り飯を1つあげるとその子はとても喜び、2人だけの秘密として自分が鬼の子であることや、代々伝わる宝玉があるということを話してくれたそうです。」
「もうそれ以上は話さないでください。」
親分はこれ以上その話を聞いていることができませんでした。
「私が持ち帰ろうとしているこの宝玉が何なのかはわかりません。しかし、私にはおじいさんとおばあさんにここまで育ててもらった恩があります。なので私はこの宝玉を持ち帰らなくてはいけません。」
そういうと桃太郎は連れてきた動物たちと共に海の向こうへと帰っていきました。
親分の傷が癒えたころ、鬼たちあいだに人間に復讐しようという動きが強まりましたが、親分はそれを許しませんでした。
「私は今でも人間のことが大好きだ。あの日、あの人間が握り飯を差し出してくれた時の気持ちは、きっと本物なのだから。」