「星を追っていく」
「失敗は成功の元とか軽々しく口にするな」
「クラップユアハンズ」(訳:拍手)
「中空の城塞その先端で」
のお題から。
僕は眠たかった。
二日酔いで頭がはっきりしない。
家で飲みつぶれていた僕は、記憶があやふやな間に先輩に拉致されて車で何処かに連れて行かれているらしい。
全ての行動が非常識な先輩のこと、いつものことだと言えばそれだけだ。
ただ車内では騒々しい音楽がかかっているのと、際限なく喋る先輩のせいで、眠いのだとは言えなかった。
「つまり、そんなだからお前は失恋したわけだ」
先輩は普通の常識人なら言いにくいことをズバズバ言うので、この謎のドライブの間で既に5回は聞いたフレーズに僕は拍手した。
「そうです、僕は女心がわからない男なので失恋したんです。これで納得しましたか」
「どこで納得できるんだよ、お前はそれで納得できるのかよ」
返事をしなくても先輩は勝手に喋る。
つまり返事をすればそれだけ多く意味不明なことを言う。
では黙ってればいいのだが、先輩にかかるとそれはそれで怒るのだ。
「納得できなくてもフられたわけですから、しょうがないじゃないですか」
「愛が足りないんだよ、お前はなんでもすぐ諦める」
「遅刻するから単位は諦めるって言って留年しかけた先輩に言われても説得力ないですけど」
理不尽の塊の先輩は、聞こえなかったふりをしてカーステレオを指差した。
ナビが出ていないので、画面にはオーディオとしか書いていない。
いつも通りの意味がわからないので、目をこすりながら聞こえてきた単語を口に出す。
「A little die.Goodbye。少し死んだ、さよなら。なんですか、この不吉で意味わからない歌」
まるで先輩と同じだ。
それを言いたいのだろうか。
「失敗は成功の元って軽々しく口にするな、ってことだよ」
「どこを聞いたらそんな意味になるんですか」
「この曲はな、Over And Over Again (Lost & Found)。つまりは何回も失われるし見つけられる、ってことだよ。お前の恋と同じだ」
「何度も失うのは嫌ですね」
「失敗したら、失敗したって断言しろ。成功と失敗は別物なんだよ」
ギターがシャカシャカいっていて、これはロックなのかポップスなのか、よく分からない。
そもそも、カントリーソングという言葉も意味を知らない僕が聞いたところで、この音楽が有名なのかマイナーなのかもわかるはずがない。
Success is so forbidding.But it makes me think I'm winning.okという歌詞を聞き取って、先輩が言いたかったことがわかった。
だけど、多分意味を間違えている。
「成功は禁止するって言ってる歌詞ですよね、これ。つまり失敗だけしてろってことですか」
「しかし私に勝ってるって最後いってんだろ、つまりオッケーなんだよ」
「成功が私に勝ってるんなら、やっぱり失敗しろとしか聞こえないんですけど」
「そうだな、まあ、お前はあと20回くらい失敗して、失恋のたびに二日酔いになるわけだな」
「20回は嫌です」
どこに行くのか聞いても無駄なのは経験値でわかっていた。
窓の外は星が見える。
ということは、朝方まで飲んで寝入ってる日の夜なのか、下手をすると翌日なのか。
失恋してお酒に逃げて、これは確かに女々しいと怒られても仕方ないのかもしれない。
先輩はといえば、何故だかこれだけ性格破綻していてもモテる人なので僕の気持ちなんかはきっと分からないのだろう。
まあ、それでも二日酔いという儀式で一段落してしまう僕の気持ちも、その程度だったのだ。
「ほら、着いたぞ!到着だ、着くに至った!」
「同じこと言わなくてもわかりましたよ」
「お前の失恋の回数だけ言ってやろうか。学習するぞ」
「敢えて言いますけど、止めてください」
そんなことを言えば先輩は何度でも言う。
それでもささやかに主張したのだが、やはり先輩のスイッチが入った。
say yeah、シツレン、何度でもSayとか、酷いセンスのオリジナルソングが始まる。
諦めて周囲を見たが、何も見えやしない。
助手席から降りて、夜の空気を目一杯肺に送り込んだ。
少しは二日酔いが冷めるかもしれない、というささやかな悪あがきだ。
駐車場の案内の看板が見えて、何処のなんだかはわからないがここは城跡らしい。
「先輩」
「なんだ、失恋」
「もう名前みたいになってるじゃないですか。やめてくださいよ。それで、なんでこんなとこ来たんですか」
「失恋の為のパワースポットだろ、知らないのかよ」
聞いたことがない。
どうせ先輩の思いつきと、こじつけなのだろう。
「つまり、気をつかってくれたんですね。迷惑でしたけど」
「お前の反省のなさを教えてるんだろ、こい、失恋。先までいくぞ」
「こんな夜の中で転びませんか」
「転ぶのはおまえの恋愛だけだから安心しろ」
より嬉しくない言葉を発して、先輩はどんどん先へ進んでいってしまう。
ここで一人残ってもしょうがないので、僕も先輩を追いかけた。
城跡といっても、ほとんど公園だ。
足元は多少怪しいけど、わずかな月の光と先輩の携帯ライトアプリを手がかりに土を踏む。
「ほら、ここが城塞跡の最先端だぞ」
「城の先端ってどこのあたりなんです」
「一番高いところだろうが、おまえは馬鹿だな。だからフられるんだ」
高いところを好むのは、その”馬鹿”なのではないかと思うが、小高い坂の上は確かに景色が良かった。
周囲に他に建物がないせいか、空も下の家の明かりもはっきり見える。
よくわからない音楽と先輩の屁理屈を聞いている間に、随分高いところまで車で上がってきていたのだ。
「ここは今だけ星の城塞だ」
「ああ、星が見えますね」
「はあ?違う、星野の城塞だ」
星野は先輩の名字である。
つまり、今だけ星野城塞だ、といったのを聞き間違えたらしい。
「先輩の城塞ってどういうことですか」
「おまえも、自分の城塞だと思え。失恋が塞がるぞ。ここは今だけ中空の城塞だ、城塞の先端だ」
「僕の城塞だと何かご利益があるんですか」
中空は僕の名字だ。
先輩はめったに僕の名字なんて呼ばない。
「何回も失われるし見つけられる、ってさっき言っただろ」
「あのよくわかんない歌ですか」
「お前がものを知らないだけだろうが、あれは『クラップユアハンズ,セイエス』の名曲だ」
先輩が洋楽に詳しいというかなんでも手当たり次第に、なんでも聞くからその根拠はわからない。
けど、振り仰いでみた空は、中空より星野のほうが似合っている感じがする。
「僕には星野城塞の先端にいる気がしますよ」
「そうか!ようやく少しまともな男になったようだな!それなら失恋で曇った目も覚めただろ。今度は見つけてみろ」
よくわからない励まし方は相変わらずだ。
無茶苦茶だけど、先輩らしい。
それもこの人の魅力なんだ。
真夜中に先輩と二人で、星を見る。
星野城塞だか、中空城塞の先端で。
「そういえば……こんな時間に僕と二人で彼氏は怒らないんですか?」
「もう2年以上、そんなものいないが。どこかの馬鹿が失恋と失恋して忙しいらしくてな。私はそもそもモテてもオッケーしたとは言ってない」
もしかして。
というか、もしかしてなんて言うと多分怒るだろうけど。
どんなときも無茶苦茶なやり方で先輩は僕の横にいて、引っ張ってくれた。
今度こそ、思い出を忘れて今まで気が付かなかったものを追いかけてみよう。
高嶺の存在と諦めてきた先輩を。
「今度は、星を追います」
僕の宣言を、先輩は聞こえないふりをしている。
だから僕はこの優しい人を、そっと抱きしめた。
腕の中に、星を閉じ込めたまばゆい感触がする。
あえて先輩と僕であやふやにしてました。BLではありませんよー。
クラップユアハンズは、拍手だけだと弱いので、音楽にひっかけつつ、セリフお題もこなしました。
ファンタジーになりそうな最後の手強いお題をなんとか強引に引っ張っていくために、ハチャメチャな先輩にw
友情オチから、最後は結局恋愛オチに。
なんら甘くはないですけどね!!