口髭の中年と新婚のお母さん
壱-4
日文学科のオリエンテーション場所は、一号館一階の講義室だった。
だだっ広い空間に、テレビで見たことあるような長くて白い机と椅子が連なってる。
そこに、新入生たちがいかにも居心地悪そうに座って各々端末をいじっていた。
一番前の教卓では、先生と思わしき中年の男性と、三十代くらいの男性がマイクテストをしてる。
そんな空間を包み込むように、軍服姿のヤツらは壁に沿って並んで見守っていた。
なんなのこれ。
授業参観?
私はひとまずヤツらから一番離れている真ん中の列の前席に座った。
ーーで、座ってから気づいた。
私の周り、誰もいない。
目の前には先生。
やらかし。
めちゃくちゃ孤立してる。
私、慌てて席を移動しようと荷物を持った。
「え? 移動しちゃうの?」
と、目の前の中年の先生に声をかけられた。
五十代くらいの、口髭を生やした幸の薄そうなおじさんだ。
「僕、今めっちゃ暇やから、ちょっと話し相手になって」
「佐々木先生、暇じゃないです。なに俺に全部やらせようとしてんですか」
三十代の先生が配布物を並べながら、不服を申し立てる。
シュッとした、なかなかの顔立ちの男である。
しかし、その左手の薬指にはしっかりと指輪が嵌められていた。
「僕、めんどくさいことしたくないもん」
「可愛くないです。さっさとこれ向こう側から配ってください」
「こいつね、最近新妻に構ってもらえないからって僕に当たってくるんだよ。最低だね」
「黙って働く!」
「はいはい」
「はいは一回!」
……お母さんみたいだ。
この人たち、先生だよね。
大学の偉い先生なんだよね。
とても、そんなふうには見えない。
てか、私、席を移動するタイミング失ったんだけど。
もう後ろの方の席とか埋まってるし。
隅っこで空いてるとしたらーーああ、ゴスロリちゃんの隣。
同じ学科だったんだ。
……仕方ないか。
私は渋々荷物を手放して、その場に留まった。