あどけなさの残る娘
零-3
ああ、これほどまでに緊張するのは、いつぶりだろうか。
仕事柄、常に気を張り詰めているため、緊張には慣れたつもりでいたのだが、そうでもなかったらしい。
「こちらのお部屋でございます」
仲居が部屋の襖を開けた。
まず、目に入ったのは、開け放たれた丸窓から見える日本庭園であった。
窓から見える位置に植えられた桜の葉は青々としている。
春にはさぞ、見事に花を咲かせるのだろう。
そして、和装姿の女はその部屋で一人、正座をして待っていた。
女ーーというより、和装のせいか幾分色気はあるものの、顔立ちはまだあどけなさの残る少女のような娘だった。
娘は、俺の顔を見ると一瞬目を丸くした。
「ただいま、お茶をお持ちいたしますね」
と、仲居はそそくさと出て行った。
さて、どうしたものか。
娘はなぜだかこちらを見たまま微動だにしない。
「自分は、柳原忠臣と申します。ご相席してもよろしいでしょうか」
そう問いかけると、娘は「あ、はい」と向かい側の席を勧めた。
「失礼します」
俺は、一礼して向かいの席に腰を下ろした。
ーーちりん。
丸窓に掛けられた風鈴が涼しげに鳴る。
「あの……私、鈴裏といいます。この度は、ご足労いただきまして、ありがとうございます」
鈴裏と名乗った娘は、俺の目を見ずにそう言った。
「こちらこそお招きいただき、ありがとうございます」
そうな挨拶を交わしていると、仲居が茶を持ってきた。
仲居が去ってから、俺はその茶に口をつける。
さきほどから喉が渇いて仕方がなかった。
鈴裏さんは、俯いたままでこちらを見ようともしない。
「下のお名前を、お聞きしても?」
「あんず、といいます。鈴裏あんずです」
「あんずさん、可愛らしいお名前ですね」
本心からの言葉だった。
だが、年頃の娘には軽率な台詞だったのだろうか。
鈴裏さんは、はっとしたように顔を上げて俺の顔を見つめた。
それからーーそれから、ぽろぽろと、涙をこぼし始めたのだった。