日本庭園の見事な料亭
零-2
親父とお袋の気持ちはわからなくもない。
俺も今年で三十二だ。
女と付き合ったことがないわけではないが、執着しないせいか長続きはしなかった。
まあ、いい機会なのかもしれん。
たとえうまくいかなかったとしても、見合いをすることで彼らが少しでも満足するのであれば、それでいいと思った。
ーーそんなわけで、現在、俺は待ち合わせ場所の前まで辿り着いたわけだが。
そこは、未だ嘗て足を踏み込んだことのないような、格式高い高級料亭だった。
確かに、俺の家に品の良さげな運転手が黒塗りの車で迎えにきた時点で、若干嫌な予感がしていた。
だが、縁談の話をこじつけたのは、父母だ。
自分の親が、そんないいとこの家の人間と知り合いのはずがない。
そう思っていたのだが。
呆然と立ち尽くす俺に気をつかったのか、家からここまで送ってくれた運転手が声をかけてくる。
「会計のことでしたら、全てこちらで持たせていただいておりますので、どうぞお気兼ねなく。お嬢さんはすでに部屋でお待ちです」
見合い相手の家に全額払わすなんてことは、俺のちっぽけなプライドが許せなかった。
「それはできません。後ほど、必ず全額お支払いさせていただきます」
「いえ、見合いを無理に頼み込んだのはこちらなのです」
……なんだって?
「さあ、お嬢さんがお待ちですから」
運転手は俺が質問をする前に、さっさと入るよう促した。
仕方なく、言われるがままに料亭の門を潜る。
見事な日本庭園を歩き、横開きの扉を開いて中に入った。
「お待ちしておりました、柳原様。お部屋のご用意ができておりますので、ご案内させて頂きます」
と、和装姿の仲居が恭しく挨拶をしてくる。
俺は、三十路過ぎにして、自分の父母がわからなくなっていた。