久方の母国
零-1
三ヶ月ぶりの日本だった。
出国の日はまだ肌寒さが残っていたが、いつの間にか季節は夏へと移り変わっていた。
初夏とは言え、やはり日本の夏は暑い。
湿度のせいだろうか。
飛行機を降りた時、蒸し風呂にでもぶち込まれたかのような錯覚を覚えた。
国際情勢が不安定なせいで、なかなか帰国できないでいた。
海外遠征は嫌いではないが、連日の合同軍事演習は、さすがに少しばかり堪える。
勿論、短期ではあるが休みはある。
妻子持ちの同期は、頻繁に帰国をして顔を見せに行っているようだった。
自分に妻子はない。
だからかどうかは知らないが、演習の中でも前線に立たされる回数は妻子持ちの同期と比べると群を抜いていた。
別に、不満などはない。
それを希望して入隊したのだから、前線に立てることは名誉あることだ。
だが、親父とお袋はそう思わんらしい。
久しぶりに帰国したその日のうちに、親父から連絡があった。
「お前もそろそろ身を固めるべきだ。いやむしろ遅えよ。はよ孫の顔見せろ。母さんもな、結婚しなくていいから孫の顔を見せてくれりゃいいのにって愚痴がうるさくてな」
結婚せずにどうやって孫の顔を見せろというのだろうか。
大学教授の父母は、時々突拍子もないことを言い出す。
それだけじゃない。
唐突に、人が予想もしていないことをやらかすこともある。
大学教授だからそうとは言わないが、少なくとも一般の人よりも少し感覚がズレているのではないかと、幼い頃から疑念を抱いていた。
そして、それは、確信に変わった。
ーーいや、正直なところ、ほぼ幼い頃から自分の父母は変わっていると確信はしていたのだが。
今回ばかりはさすがに引いた。
「明日、お前休みだろ? 見合いの予定入れといてやったから、行ってこい」
我が父は、まるで自分の息子を近所のスーパーへ遣いにでも出すような口調でそう言ったのである。