赤と奇跡と蒼と夢と
「……頼む。殺してくれ。死んでも、お前の役に立てるように、その槍で喰ってくれ」
「でも……でも!もしかしたら……さ、助かる、かも……しれない、じゃん?」
「自分のことくらいはわかる。もうじき、死――ゴホッゴホッ!」
旗の上にに横たわって口を押えている彼の手が、赤く染まる。
私が大好きで、でももう見飽きてしまった色。
「ああ、ほら。そんなに泣いたら、せっかくの美人さんが台無しだぞ」
「だって……だって……!」
いつの間にか、瞬きをしなくてもあふれてくるくらい、涙を流していた。
頬をつたい滑り落ちていく感覚が、こんな状況なのにはっきりとわかる。
もしかしたら私は、とっても冷たい人間だったのかもしれない。
でもそれ以上に、私の涙をもう片方の手で、力を振り絞って動かし、拭ってくれている彼の体温が、冷たくて、冷たくて……。
「グ……、はぁ。だって、じゃないだろ」
「でもでも!だって……。嫌だよ……。私……あなたと離れたくないよ!」
力が抜けたように落ちていく彼の手を両手で握り締めて叫ぶ。
自分でも無理なことを言っているのもわかってる。
それでも、やっぱり受け入れるなんて無理。
だって、だって……。
「なあ……。最初に、旗揚げした時の、あの――空がとっても蒼かった時のこと、覚えてるか?」
「うん、覚えてる……。最初は、最初はね?何言ってるんだろう。って思ってた。確かに、私には、この槍があったし。あなたには、軍を動かす才能があった。でも、あなたは本気で。世界を変えるとか……さ。真顔で言っちゃって。ほんと……、ほんとに……」
「そんで……、仲間集めて、村一つとってからは早かったな……」
会話が途切れる。
ううん、違う。
その後のことを、二人とも話したくないだけ。
だって。
私たちは――
「――それで、他に国に対抗する勢力が出てきた、と思ったら、裏切られたのよね」
「……そうだったな。一応国の半分以上は落としたんだけどな。まさか、国の軍が反乱軍のフリしてくるとは。想像もしなかったな……」
そう話しているうちにも、彼の体からは血が失われていく。
他の人たちが必死に治そうと回復魔法をかけているが、失った血は戻らないし、そもそもこんなおっきな傷をすぐに治せるほどの術者はいない。
彼がまた大きく咳をして、血がさらに飛ぶ。
彼の下に敷かれている旗は、もともとの赤色をさらに濃くして、深紅となっていた。
「――そろそろみたいだ。頼む」
「……ねえ、やっぱり――」
「ルベル!」
彼の声が響く。
お腹にこんなにも大きい傷があることを思わせないほどに。
無理してでも、それでも……自分の想いを託すために。
「ごめん、お前しかいないんだ。……ごめんな」
「……ばか。ばか、ばかばかばか!謝んないでよ……」
「わかった。だから……頼むよ」
「断れるわけないじゃん……。……ばか」
「ああ。……ごめんな、ルベル」
また謝るんだから……。
彼は口調は悪いし、戦いのことばっかり考えてるし、なんかやけにモテるし……。
でも、優しくて、がさつで、口下手で、愛想も悪い私のことを、真摯に考えてくれて……。
……だから、なのかな?
……理由なんて、最初っから必要なかったのかも。
彼は体から力を抜き、目も閉じ、その時を待っている。
私も爪が食い込むくらい強く握っていた手を放した。
治療術師たちも、雰囲気を察して魔法をかけるのを止め、天幕から出て行った。
今は、私と彼の二人っきり。
だから不意打ちで、さっき言えなかった気持ちを伝えることにした。
「……むぐっ!?」
「もう、せっかくの、ファーストキス……なのに。むぐって、ふふっ」
「ルベル、お前なぁ……」
彼は呆れたように言うが、その言葉に棘はなかった。
やっぱり彼は、口調は厳しいのに、なんだか不思議と優しくて……。
そういうところが……。
「……ね、初めて言うね。わたし、わたしね……あなたの、こと……。好きだったよ」
「俺は、ずっと大好きだよ。バカ」
「……!そうだね、わたしも……ずっと大好き」
すぐそこに置いてある戟を手探りで探しとり、起動する。
無表情の機械音が、私の頭の中で叫ぶ。
『喰エ』と。
待ってて、そのこと言葉の通りにするから。
戟を杖代わりにして立ち上がる。
「――お前がその槍をふるう限り、ずっと一緒だからな」
「うん……。じゃあ……またね」
「ああ。……愛してる。ルベル」
戟の、いやに白銀に輝く先端を、刺した。
「ずっと……ずっと愛し続けるから。またね、――」
戟の刃の付け根にある赫い宝石が急激に光を放ち、彼を、飲み込んだ。
* * *
涙を拭いて、天幕を出る。
彼の意志を告げるのは、もう私しかいないんだ。
涙なんて、見せてられない。
「副長様……。団長のことは残念でしたが――」
兵のまとめ役がやってきて、こちらに話しかける。
内容なんてわかってるけど。
「わかってる。来てるんでしょ。数は?」
「それが、万を超えるほどだと……」
「こっちは?」
「動ける人間は、百も……」
「じゃあ、あなたはここで兵を指揮してみんなを守ってて。敵は私がやる」
「しかし――」
「いいから。……今はもう、私が団長だから」
「……わかりました。ご武運を」
兵の待っている場所に戻っていった。
でも、彼らには帰るべき場所がある。
逃げるように命令するべきだったのかな。
でも、私を導いてくれていた人は――。
「私が、私が頑張らなくちゃ……」
* * *
前には、一人で相手するには多すぎる敵。
後ろには、私が守るべき野営地があって、真っ赤な旗がはためいている。
敵はのんきに軍歌を歌っている。
彼がいたら、うちの軍歌の方がかっこいい、とか言ってるのかな。
そんなところを想像したら、思わず変な笑いが出た。
――でも、今はもう一人。
……ううん、一緒にいるよ。
……行こう。
じゃあね。
* * *
目の前の敵を見つめる。
開戦の口上は、いつも彼が今後ろではためいている旗を振りながら言ってくれたのだが、今回は……なくてもいいかな。
戟についている宝石を操作して、その中にある『喰った』人のリストから、彼の次に強そうな人を選び、セットして、そして、私のこころを、叫ぶ。
すぅ――
「――ぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!」
この国を変えると誓ったあの時の思いを。
目の前に並ぶ敵たちを次々と屠ってきた武勲を。
……彼を失っても、なお!――戦い続けると決めた、高貴な誇りを!
「槍に乗せて!」
戟が炎を纏う。
『狂エ!』と戟が叫ぶ。
私の体は、ただ、その声に従った。
* * *
戟を一振りするたびに、敵が五六人死ぬ。
殺して、殺して、その度に炎と血で赫い花を咲かせる。
命を散らしながら咲く華は綺麗で、儚くて……。
やがて血は赫い雨を――雪を天から注がせた。
綺麗だなぁと思う反面、悲しくもなった。
無常にも、花は散って、雪は融ける。
せめて、長く続くようにと、叶わぬ夢を願い、舞った。
*
『喰エ』と声が響く。
残りはこの敵将一人。
ためらう心は、ない。
私の戦う意味も、彼を想う誇りも、ない。
叫びが私をせかす。
彼と一緒に決めたあの赤い旗は、変わらず風に揺られはためいていた。
* * *
地面には、万人分の血だまりと、黒い肉の塊があった。
かつて人だったそれを見ても、もう心は動かない。
無垢だったころの私は、いなくなったのだから。
……戻ろう。
大粒の汗が頸を垂れ落ちる感触が気持ち悪い。
水でも浴びたいな……。
* * *
「・・・ぁ」
旗は変わらなかったのに。
でも、みんな……。
変わってしまった。
「ぁあ……!」
あれは、さっき私と話をしていた兵長。
あれは、さっき彼を治していた治療術師。
ほかにも、みんな……みんな……。
さっき、私が作り上げたものと大して変わらない。
……肉の塊に、なってしまった。
「……!あああああぁぁぁぁぁ……!!」
彼と誓いを共にした仲間たち。
みんな……いなくなっちゃった。
背中を見せ帰っていく敵たち。
宝石が紅く煌めき、炎を纏う。
戟が叫ぶ声が、『狂エ』という声が、私を突き動かす。
頬を流れて落ちた雫は、炎に巻かれて消えた。
* * *
「はぁ、はぁ……」
去っていく敵を後ろから追撃し、すべて屠った。
そして、もう、誰も……誰もいない。
こころが、くるしい。
こころが、いたむ。
音も、匂いも、視界も、唯一すがることができる、この戟の感触さえも。
全部……、全部消えちゃいそう。
……前は、どんなに辛いことがあっても、彼が抱きしめてくれた。
温もりをくれた。
今は、もう――。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
「――それ、でも」
不思議と口をつく。
そうだ、まだ、まだだ。
あの蒼天の下、あの時は、まだ――
「――たとえ一人でも……。私は、変えるって誓ったんだ……。
まだ、私の誇りは消えてない……。
彼に託された願いは、まだ……消えてない!」
それに呼応してか、『進め』という声が響く。
戟を杖に、力の入らない体に檄を入れて立ち上がり、進む。
向かうは、王都。
奴を――王を殺して、世界を変える!
* * *
声が遠くで響く。
すぐに、魔法がこちらに向かって放たれた。
王都の壁に近づけば近づくほど、密度は濃くなるばかり。
走って躱しつつ近づくけど、荷物を持っているからか躱し切れずにたまに当たる。
火系統の魔法じゃなくてよかった。
この旗を、掲げる前に燃やされたらやだから。
壁の門は固く閉ざされているけど、かまわない。
自分のすべてと、彼の力を持ったこの槍は、なんだって止められない。
『壊せ』という声が響き、金属製の門は崩れ落ちた。
なぁんだ、最初っからこうすればよかったのかな。
私が、一人で、王様を殺しに行けば、誰も傷つかずにすんだのかな?
誰も。……誰も。
大通りを駆け、王宮へ走る。
邪魔する兵士たちは、花を咲かし、私を血で朱く染めるだけの役割しか持たない。
ただ、切り捨てて走る。
*
『進め、壊せ』と声が響く。
もはや指示に従うだけの人形となった私は、ただそのまま、王宮の門もたたき切った。
撃て、という言葉が、やけに遠くから聞こえてきた気がする。
私が来ることを予想していたのか、門の先におそらく魔法使いだと思う奴らがいるのが見える。
そして、そうか。
私は……撃たれたのか。
左手に持っていた旗は柄から折れてしまったし。
お腹の右側が一部抉れちゃってる。
ちょっと、いたいなぁ……、くるしいなぁ……。
でも……でも!
進まなきゃ。
「……願いを、叶え……るんだ!」
走る。
一瞬で距離を詰めて、花にしてしまう。
『狂え、進め』と聞こえる、声の通りに。
私の血でもっと深く、紅く染まった旗をもって、階段を駆け上がり、最上階へ。
王が鎮座しているはずの、その場所へ。
*
「あなたが、王?」
王様は、彼と変わらないくらいの年齢に見えた。
――ううん、見た目は、とっても似てる。
でも、彼と決定的に違う。
雰囲気が、思想が、そして何より、何にも困らず、のうのうと生きてきたろうその――眼が。
「――誰に向かって口をきいている。慎め、女」
「……今ここで、死ぬ奴と話している」
そうだ、こいつを殺せば、世界はきっと変わる。
あなた、今、願い、叶えます。
「あああああああああぁぁぁぁぁぁ――――!!!」
私のすべてと、彼のすべて。
二つを乗せた戟は、王宮を焼き尽くさんばかりの焔を纏って、奴を襲った――
はずだった。
――カキンッと、金属を打った音がして、止まった。
いや、止められた!?
私と彼の全力を……?
いったい、誰が――
「久しぶりだな、嬢ちゃん」
「あなたは……!――この、裏切り者!」
戟を振るが、こいつの大剣に止められた。
忘れるわけがない、こいつは……。
私を、私たちを裏切った、あいつだ!
よくよく見れば、こいつの大剣にも大きな宝石がついている。
まさか――
「お前も、選ばれたモノか!」
「そうだよ、嬢ちゃん。黙ってて悪いとは思ったんだがな、これも仕事だ。死んでもらうぞ」
奴の大剣が振るわれるのを、大きく後ろに下がって避ける。
こいつの一撃は、重く、素早く、そして……冷たい!?
「嬢ちゃんが火なら、俺は水だ。相性が最悪だって、わかるだろう?」
「……っ!それ、でも!」
戟の炎が一層増して、私は突撃する。
でも、消されてしまう。
諦めずに何度も突き進むが、その度に返される。
でも、でも!
諦めたくない!
* * *
「ああああああぁっ!!」
前に飛び、大上段から槍を振り下ろす。
焔を纏った一撃は水の力で相殺され、少しのつばぜり合いの後弾き飛ばされる。
その勢いに任せて一度大きく後退し、助走をつけてその勢いのまま振り下ろすが、これも弾かれる。
右に弾かれた勢いのままか一回転し、左から右へ薙ぐが、これも届かない。
また私の叫びがこだますれど、炎は王には届かない。
何合何十合刃を重ねても……。
ただ、私の傷痕から血が流れ落ちていくだけ。
「嬢ちゃん。とりあえず、そのお荷物を捨てたらどうだい?」
挙句、私の大事な旗を捨てるように諭されるありさまだ。
わかってる。
片手じゃ勝てないことも。
そして両手で振るっても、勝てないこともわかってる。
理性は、今すぐに降伏するべきだと叫んでいる……。
彼に託された願いを叶えられない、ということを考えると。
惨めで……悔しくて……、蒼い雫が頬を伝っていった。
『泣くなよ、ルベル。せっかくの美人さんが台無しだろ?』
彼の声が……した気がした。
『お前しかいないんだ』
そうだ。
私が、彼の、願いを――
『ごめんな。……頼む』
私たちの思いを――――果たす!
「言うとおりに、する!」
「なっ!?」
手に持っていた旗を奴に投げつけ、視界を奪う。
奴が面食らって対処できないでいるうちに、王を――殺る!
先に出した焔を、さらに集めたような地獄の火を作り上げ、憎き王を焼き殺す!
初めて、王がそのけだるそうな表情を変え、自らの命の危機を悟った顔をした。
そう、それ。
私たちが守ろうとした人たちが、殺されてしまう前にする顔。
あなたも、同じ気持ちを味わって――
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!!!」
「させるかぁっ!」
ザシュッ
あと一歩、あと少しなのに……。
届かなかった。
王をかばって、あいつが代わりに刺されたんだ。
あいつのどでっぱらを貫いて、しかし王の目前で、戟は止まってしまった。
「王……、どうか、ご無事で……」
「うむ、大儀であった」
立ったまま、あいつの息が絶えるのが感じ取れた。
王をまもる奴はもういない。
やりを引きぬいて、王をきる。
ここで、うごかなきゃ……。
わたしと、かれの――ビシュとの、ねがい。
けしたくない。
ちからをこめるけど、やりがぬけない。
あしもふるえて、くずれおちる。
つめたい、な。
もう、うごかないのかな?
わたしの、からだは、こわれた?
ああ、かれに、びしゅに、だきしめてほしいな……。
『頑張ったな、ルベル』
……びしゅ?
えへへ、ほめてもらっちゃった。
でも、ごめんね。
ころせなかった、ごめんね。
『そうだね。でも、一つだけお願いを聞いてくれるかい?ただ、その槍を、もう一度握り締めるだけでいいんだ』
できるかぎり、やってみる、ね。
ん・・・、とどい、た。
でも、にぎれ、ないや。
『いいんだ。ありがとう、ルベル。後は任せて、今は休んでくれ』
そうするね、ありがとう、びしゅ。
やさしいよね、びしゅは。
いまから、そっちにいくから、まっててね・・・。
『いや。まだ死んじゃだめだ。生きろよ。ルベル。』
でも、まぶたがおもいし、もうなにもみえないよ……。
やりももってるかわかんないし、もう……ねるね。
おやすみ……――。
「おっと、そうは問屋が卸さないぜ?」
* * *
見慣れない天井が、見える。
体を起こして、あたりを見回してみたが……。
ここは、おそらく王宮の中にある医務室のベッドの上……かな?
でも、なんで生きてるの?
私は、たしかにあそこで……。
そうだ、王はどうしているだろう。
まだ生きているはずだ、殺しに行かなきゃ。
辺りを見回しても、私の槍がないのは残念だが、この身一つででも殺しに――
「お、ルベル起きたか」
「――!?王、貴様ぬけぬけと!」
部屋の入り口をノックもせずに開けたのは、にっくき王だ。
ベットから飛び出し襲い掛かるが、体が思い通りに動かずに目の前でこけてしまう。
ぐ……いま殺せないのが口惜しい。
「ルベル落ち着けって、俺だよ。みんなの敬愛する団長様だよ」
「・・・?」
「そんなあほの子みたいな面すんなって。ほら、とりあえずベッドに戻って。説明するから」
「う、うん。ありがとう」
って、私は何を感謝の言葉を述べているんだ!
殺すべき相手。
それが、彼?
ありえない。
「んまぁ、ありえないとは思うだろうけど。俺だよ」
しかし、雰囲気と言い、口調と言い……似てる。
それに何より、眼に、決意の炎がともっている。
「でも、私が、槍が、喰べたはず……」
「あー、それなんだがな。えっと、あの宝石の中で、意識を持った状態で目覚めたんだよ」
「???」
「どうもあの宝石は人の意識まで丸ごとくらって力にしてるみたいで、それで宝石の中で目覚めて、考えたんだよ。その槍に刺されたときに、ひどく悲痛な――自分のものでは無い感情が流れ込んできた。だから、もしかしたら、あの槍で刺せば、意識を移せるんじゃないかなと思ってやってみたわけだ。結果として成功して、俺の意識はこの身体にあるわけ」
昔っから、彼の話は難しい。
でもこの感じ、本当に、そうなのかな?
「まあ、簡単に言えば、王様刺して、俺が体のっとったってだけだ」
こうやって、わかんないって言う前にかみ砕いて説明してくれるところも、そうだ。
昔っから、変わんないんだ……。
「それならわかるけど、でも、私、王様刺せなかったよ?」
「槍に仕掛けがあってな、穂先だけ飛ばせるようになってた。ただ、スイッチはなかったから、意外とこんなことも想定されてたのかもな」
そんな都合のいい話があるとは思えない。
でも、いまここで起きてる。
「でも、確認したい。あなたが本当に……」
「いいぜ。なんでも聞け」
「名前は?」
「ビシュ。団長。みんなの尊敬の的。なんとでも呼んでくれ」
「生まれた村は?」
「突っ込みなしかー。……ケトスラ村だ。もう、今はないけど」
ここまでのやり取り。
どう考えたって、彼だ、ビシュだ。
でも、最後に聞いておかなきゃいけない。
これが答えられるのは、ビシュだけだから。
「……ビシュの、本当の、名前は?」
「――。それ、聞いちゃう?」
「聞かなきゃ。……いいでしょ?」
「あー、わかったよ。俺の名前は――」
その名前は、私の大好きな名前。
見飽きたようで、やっぱり大好きな。
……でも、同じ意味で恥ずかしいからってなかなか呼ばせてくれない。
彼を喰べてしまう前に、私が呼んだ、その名前は……。
「――ルーファスだ。知ってるだろうに、言わせんなよ」
同じ赤を意味する名前。
彼だ、ビシュだ、ルーファスだ……。
姿かたちは違うけど、また、彼と話せる……。
そう思うだけで、嬉しさがこみ上げた。
「ね、私、頑張ったよね?」
「ん?ああ、予想外の方法だったが、おかげで目的が果たせそうだ」
「そうじゃなくて……」
「あー、俺、別の人間の体になってるけど、それでも?」
「いいの。あなたは、あなただから」
「……わかった」
彼の体ではないけど、同じ温かみを持つ手が、私の体にまわされる。
これまでにない柔らかな服の感触が、私を包む。
私が、わたしのこころが、とけていく……。
「ありがとう、ルベル」
「どういたしまして。……ルーファス」
* * *
その後、その国――二人の名前から、赤の王国と呼ばれるその国は、偉大なる赫王ルーファスと、その妻である槍使い、ルベルによって、幸多く治められることとなる。
王の中身が、かつてこの国で革命を起こした集団の統率者であったことは、本人とルベル以外は、知らない。
怒られたら消します(小声)