Gear#09:Tactics
Ⅰ 戦略
「どう? ジャンヌ?」
走る馬車のキャビン。紅魔導士の霊素粒子対消滅によって消耗し、その後方座席に横たわっていたサイボーグ騎士ジャンヌ。彼女は上体を起こすと、体にチカラが戻った事を確認するよう掌を握りしめた。
「ああ、もう大丈夫だ。すまない、心配をかけた……」
「いいのよ。気にしないで」
生気を取り戻したジャンヌを見て、安堵の表情を浮かべるレディ・アヴァロン。
ミス・マジェスティらを救出し、紅魔導士との戦いをレオニスに託して別邸を後にしたレディ一行。
急ぎ我が城へと向かう馬車の中。瞳にエメラルド色の炎を燃やしつつ、レディは翳す掌から発する霊子力を使ってジャンヌの回復を図った。
代わりに、馭者を自ら買って出たヴィヴィアン王女が馬車を走らせていた。
小窓からレディが言う。
「もういいわよ、ヴィヴィアン。ありがとう、馬車の運転を代わるわ」
「大丈夫よ、ダイアナ! 私、これでも馬の扱いは得意なの!」
お転婆というよりはジャジャ馬。好奇心旺盛で活発な彼女の言う通り、普段から乗馬訓練をしている腕前は確かだった。
だが、そんな彼女を姉であるマリア、女王ミス・マジェスティが諫める。
「ヴィヴィアン、遊びではないのですよ!」
「は~い」
幾分残念そうな面持ちを引きずりながら、ヴィヴィアンは馬車の足をゆっくりと止めた。そして、再び馭者台へとキャビンを出るレディ。が、それをジャンヌが引き止める。
「ダイアナ。私が運転する」
「無理しなくていいのよ」
「いや、もう大丈夫だ」
仮面のジャンヌ。その表情からは分からないが、――それも長い付き合いだからか?――声のトーンから彼女の強い意志を汲み取るレディ。
「分かったわ。じゃ、任せる」
優しく微笑むレディの信頼に、小さくもしっかりと頷いたジャンヌ。
彼女はキャビンのドアを開け、地に足を付けると東の空を見上げた。
「城の方は、大丈夫だろうか?」
そんな彼女の危惧を消し去るよう、レディが楽観的な口調で返す。
「あの三人よ。ちょっとやそっとの軍が相手なら、まず問題ないでしょ」
「そう、だな……」
先に紅魔導士に不覚を取ったジャンヌ。回復したばかりのせいか、胸中を過った杞憂に苦笑いを浮かべる。
「戦術火器小隊、か……」
戦術火器小隊。それはミセス・マシーン、コンドルマン、マジシャンズ・クロウらがギア・ハンター四天王になる前。第二次異教徒戦争の時に所属していた都市国家軍。その機械機甲師団有する銃火器特殊部隊だった。
†* † *†
その頃。西の城壁上にスチーム・カノンら重火器を並べ、予測する敵に備え指揮を執っていたミセス・マシーンたち。
壁の北西塔。見張り台からマジシャンズ・クロウの無線が入る。
――西南西約6㍄、敵影確認――
「おいでなすったね。で?」
――機械鉄甲船、四隻――
「呆れるね。空兵隊の機械軍船一個艦隊かい?」
彼女は隣に居るコンドルマンに毒気を吐いた。
――チョイ待ち。ダイヤモンド編隊奥、機械戦闘艦確認――
「もう軍隊でもないアタシら相手に、ナニ考えてんだろうね」
――あれは……、リーン大佐の船だな――
「リーン大佐? また面倒なのが出て来たね」
すると、その低音機械ボイスにコンドルマンが嫌味を込める。
『子爵令嬢の、お出ましか……』
それは、第二次異教徒戦争後。あの侯爵家フィル・ヴォルグ中佐と同じく、頭角を現した子爵家リーン・ゲリオン大佐であった。
インデッハ掃討戦で瀕死の重傷を負ったリーン・ゲリオン。その時に左目を失明して以来、彼女は皮の黒眼帯をするようになった。また、戦役を経て、切れ者と称されるに至った彼女は”隻眼の子爵令嬢”と恐れられた。
そして遠征前。その家柄もあり、若くして空兵隊部隊長であったリーン中尉は、戦術火器小隊へ転属するまでのコンドルマンの上官でもあった。
再び呆れるミセス・マシーン。
「彼女が寝返ってるとはね。あたしゃ、てっきり侯爵家が船頭だと……」
『おそらく、フィル中佐は別邸だろう』
「侯爵家と子爵家が敵かい? こりゃいよいよ、この城もオシマイだね」
『城は放棄しても、いいんじゃなかったのか?』
それは数刻前。レオニスとベレロフォンが、アヴァロン城を訪れる前に遡る。
†* † *†
アヴァロン城。”アバルの間”に集うレディ・アヴァロン、ミセス・マシーン、コンドルマン、そして、マジシャンズ・クロウ。
ミス・マジェスティの使者という男が部屋を出て直ぐ。黒テーブルに肘を突き、キセルから煙草の煙を燻らせながら思案に耽るレディ。
「みんな。どう思う?」
そんな彼女の問いに、ミセス・マシーンが即答する。
「十中八九、罠だね」
「罠だとして、何故?」
壁に凭れかかるマジシャンズ・クロウが答える。
「そりゃあ、王家と、その懐刀であるレディ、アンタが消えれば喜ぶ奴等がいる」
「それは誰?」
「まあ、軍の一部反動勢力って奴等だろ」
『順当だな』
コンドルマンが同意するも、その口調には釈然としないものがあった。それを察したミセス・マシーンが問い掛ける。
「なんだいレディ? 何か引っかかる事でもあるのかい?」
「ええ。もし万が一、クーデターが成功したとして、そんな軍事政権に正当性を持たせる事なんて出来るのかしら? むしろ王家に愛着のある勢力の反発を買って、再び内戦になるのがオチ……」
クロウが割り込む。
「じゃ、他に目的があると?」
「そもそもが、バロル内戦からタイミングが良過ぎる」
「タイミング?」
「ええ……」
一様に疑問を浮かべる三人に、レディは淡々と話し始めた。
「結果的に、黒魔導士たちの出現によって勃興したフォモール教。
第一次異教徒戦争。バロル主教として現れた紅魔導士。あの戦いの最中、”Emerald”に感染したワタシ。
第二次異教徒戦争で姿を晦ましたインデッハ司教。
そして今回。クロウの報告が確かなら、一昨日からレオと行動を共にしている少女はダーク・エルフの”Ruby”。ということは、どこかで霊素粒子情報が改竄されたハイエルフ”Sapphire”が誕生している筈」
言葉尻をクロウが繋ぐ。
「新たに現れた翠フードの魔導士も、か……」
するとコンドルマンが呟いた。
『エルフェイム計画とかいうヤツか?』
にわかに沈黙が覆った後。ミセス・マシーンが話を戻す。
「でもレディ。それと今回の軍部の動き、何か関係があるのかい?」
「軍部と言うより、まるで戦争を起こす事自体が目的のように思えてならないの」
意外な答えにクロウが尋ねる。
「いったい何の為に?」
「勘だけど……」
レディは躊躇いを見せつつも答えた。
「おそらくは、実験……」
その言葉に、コンドルマンとミセス・マシーンが何かを得心した様に表情を変えた。
『そういえば、インデッハ掃討戦の時。あくまで噂だが、子供から大人まで多くの死体が、忽然と消えたという話を聞いたことがある』
「確かに、木を隠すなら森の中。戦争ってのは色々と都合がいいからねぇ」
それを聞いたレディの瞳が、確信を得たように輝いた。
「それを確かめたい。しかも今回は、わざわざワタシにまで仕掛けてきている」
レディに策略あり。それを察するミセス・マシーンが不敵な笑みを浮かべる。
「罠に乗ろうってことかい?」
「ええ。敵の目的が我々にもあるならね……」
流れ始めた話に、水を差すのを嫌うようクロウが言う。
「だが、敵を引きずり出すっても、軍部まで絡んでるとなると厄介だぜ」
『セオリー通りなら、俺たち相手に物量戦も有り得るだろうな』
「長引けば多勢に無勢。アタシらだけじゃ、そう長くは持たないよ」
そんな彼らに、レディは事もなげに言い放った。
「最悪、城は放棄しても構わないわ。私が戻るまで持てばそれでいい。ファザーやマダム・ゼータ達には、例の件を進めるよう指示はしてあるわ」
またもクロウが驚きを浮かべる。
「マダム・ゼータ達!? って、ギアハンター若手も不参加かぁ?」
当然の如く笑みを浮かべるレディ。
「ファザーも人手が要るのよ。戦術火器小隊とマッド・シチズンがいればナンとかできるでしょ?」
マッド・シチズン。それはミセス・マシーンたちを慕って軍を退役した兵達である。ただ、その多くは第二次異教徒戦争で負傷し、手足を失ったが故であった。
家も家族も無く、路頭に迷う生活を送っていた傷痍軍人。そんな彼らを――名も無き英雄――として、失った肉体を補填する部分義体を無償で提供したのが男爵家であった。
その縁あって、彼らはアヴァロン城を塒とする事も許された。以来。正に己が名を捨て、ガスマスクのような仮面にボロを纏い、賞金稼ぎマッド・シチズンとして生業を立てる事となる。
ただ、それはギア・ハンターの協力組織であり、施行された”私兵所有の禁止”を欺く為の便宜的な姿でもあった。自分たちを拾ってくれたレディ。その恩義に報いようとする、彼らの矜持と言えば分り易いだろうか。
「だと……」
呆れるクロウを筆頭に、ミセス・マシーンとコンドルマンも――ヤレヤレ――と、顔を見合わせた。
†* † *†
「城を放棄ねぇ……」
レディとの会話を思い出し、些かの哀愁を漂わせるミセス・マシーン。そんな彼女に、コンドルマンは然程の関心を寄せることなく冷たく尋ねる。
『何か問題でもあるのか?』
「ここが無くなっちまったら、バイク・レースの表彰式は何処でやるんだい?」
腕組みに鼻で笑うコンドルマン。
『なんだ、やはり博打の心配か?』
「心外だねぇ。あたしゃ、愛着の問題を言ってるんだよ」
真顔で不機嫌さを滲ませるミセス・マシーン。
「ったく。じゃ、そう言うアンタはどうなんだい?」
『生身の体を捨てた時。そういった執着も共に捨て去った』
「相変わらず、薄情だねぇ。モーリス・セミア軍曹」
『鬼の曹長グリア・エズラとは思えない発言だな』
今度はミセス・マシーンが鼻で笑い返す。
「ま、アンタのそういうとこ、嫌いじゃないよ」
因みに、各自階級は第二次異教徒戦争終了後に特進を果たしていた。グリア・エズラ大尉。モーリス・セミア中尉。そして、フィンジア・ウスキアス少尉。また、これらが彼らの本名であった。
彼らは戦場で出会ったのを縁に、レディ・アヴァロン中将(当時は少将)に倣って軍を止めギア・ハンターとなった。
皆、戦役で傷つき、大きな肉体的損傷を受けていた。その治療と、彼らが望むサイボーグ化を手助けしたのが、Dr.ディアンであり、Mr.ファザーであった。
ミセス・マシーン。コンドルマン。マジシャンズ・クロウ。その呼び名は、彼らの戦場での戦いぶりを聞いたファザーが、後に名付け親となって考えたものである。
思い出したようにミセス・マシーンが無線を流す。
「そういや伍長、ファザーの方は?」
戦術火器小隊としてチームを組んでいた頃の名残りで、三人は元の階級で呼び合う事が通例となっていた。
――もう少し時間をくれ、だと――
「そうかい……」
――曹長。敵、機械機甲師団、降下確認――
「またぞろイッパイ出て来たね。じゃあ軍曹。チンタラ始めるかい?」
『籠城は性に合わない。打って出る!』
「じゃ、先陣は任せたよ!」
『Yes, Ma'am』
そう言って、コンドルマンは西の城壁口へと向かった。また、北西塔で対戦車ライフルのスコープ照準を合わせるマジシャンズ・クロウ。
「伍長、軍曹の援護射撃たのむよ」
――Yes, Ma'am――
俄かに慌ただしくなってきた中。ミセス・マシーンが大声に号令を発する。
「マッド・シチズンども! 敵軍船レール・ガン来るよ! 新型の蒸気噴進弾で対抗する! 初撃で頭の一隻撃ち落とすよ!!」
「「「「Yes, Ma'am!!!!」」」」
そう誰もが威勢よく、愛着を込めて彼女に敬礼で答える。そんな彼らをマジマジと見回すミセス・マシーン。彼女は、苦笑とも、照れ笑いともつかない笑みを滲ませると呟いた。
「……ったく。どいつもこいつも、軍隊の癖が抜けないバカばっかりだねぇ……」
【SteamPunk×LowFantasy×CyberPunk】 Gear#09:Tactics【完】
つづく
〖Name〗
*ミセス・マシーン(グリア・エズラ)
〖Character〗
*防寒のフライヤーズハット
*左頬の大きな縫い傷
*両義手・両義足(膝下)
*右腕は機械剥き出しの三つ指ロボットアーム
(神経金属のジョイントによって多種の機械を操作できる)
〖Weapon or Item〗
*ランドセル・タイプのキャノン砲
〖Small talk〗
*嘗ては戦場の華と謳われた赤毛の女軍人
*最終階級は大尉
*愛用のブルドック・シェイプでパイプ・スモーキングが趣味
*博打好きでもある
(追記あり)
【予告】
†*THE GEAR HUNTER~スチームパンク異世界奇譚*†
$次回、「Gear#10:Sergeant Gunners」
――魂のギアを回せ!鋼の体が唸りを上げる!!――