Gear#05:St.Janne[前編]
Ⅰ 燃える炎
――あの時と同じ、赤く燃え盛る炎。あの日、私は死んだ筈だった――
「ドク! ジャンヌを、ジャンヌを助けて!!」
ほぼ全身に熱傷を負った私を抱きかかえ、生体工学医であるドクター・ディアンの元までダイアナが運んでくれた。
57年前。あの炎の戦場。生き残ったのは、私と彼女の二人。当時、ギア騎士団四天王の中でも幼かった私が、今こうしてあるのは奇跡以外の何物でもなかった……
Ⅱ 異教徒
旧科学文明を失ったこの世界は、同時に人の道徳心までも失っていた。荒む世界に人々は心の拠り所を求め、それに答えるよう魔法科学を信仰する宗教が勃興した。
フォモール教と呼ばれるそれは、宗教都市国家エデン・シティを形成。やがて、その波はシャングリラ・シティにも押し寄せた。
そこに現れたのは、フォモール教の中でも過激な原理主義を唱えるバロル教会。そのバロル主教を筆頭とするそれは、シティの南西部郊外に一大信仰勢力を築いた。
そして蒸気歴439年。彼らは王政の廃止を訴え、宗教統治を目してクーデターを起こす。バロル教会有する宗教兵団が一斉にゲリラ蜂起。たちまちシャングリラ・シティ全域が戦場と化した。
Ⅲ 赤い蛇
当初、シティの広範囲で戦いを強いるバロル教会に、王家は劣勢を余儀なくされた。そして、シャングリラ17世は、国境警備にあたる虎の子の聖騎士団に鎮圧を命じる。
北部をヴォルグ侯爵。南部をフェルドナン伯爵。西部をゲリオン子爵。そして、東部をアヴァロン男爵。彼らは宗教兵を有象無象の如く駆逐した。特にギア騎士団有するアヴァロン軍は彼らを圧倒した。
我々はバロル宗教兵を市中から南へと押し返した。最後の決戦の場となったのは南方のフェルドナン城塞だった。宗教兵の激しい抵抗に城主のフェルドナン伯爵を失うも、戦いの大勢は間もなく決した。だだ、あの赤い蛇、霊子力と思しき魔術を操るレッド・サーペントが私から全てを奪い去った。
煌々と燃え盛る石の城塞。我々はレッド・サーペントに傷を負わせ追い詰めた。奴に対峙したのはアヴァロン男爵、そしてダイアナをはじめ私を含む、当時のギア騎士団四天王と数人の騎士達だった。
だが、奴は強かった。燃える炎を、まるで生ける大蛇の如く操った。繰り返される死闘の中。奴の炎に巻かれ、ひとり、またひとりと打ち敗れてゆく。そして、遂にはアヴァロン男爵までも。最後に立っていたのは、私とダイアナのみだった。
「ダメっ、ダイアナ! 一人では勝てないっ!!」
彼女の耳に私の言葉は届いてなかった。アヴァロン男爵を殺されたダイアナは、もはや正気ではなかった。怒りが彼女を覆い、満身創痍の体を突き動かしていた。
額から頬を濡らす血糊にも構わず、怒りの形相を見せた彼女。
「さがれジャンヌ! コイツは、コイツは私が殺るっ!!」
ネオブレスの盾で奴の炎をいなし、私たちは戦い続けた。しかし、私の剣も、ダイアナの六連ガトリング砲も、奴は人間とは思えない早さで躱していった。
やがて、戦いに傷つき疲弊した私は、砕ける瓦礫に塗れて奴の炎に包まれた。
「ジャンヌっ!!」
この身を焼き焦がす赤い烈火の炎。叫声を上げ、私はのたうち回った。
そして、力尽きて倒れ伏し、薄れてゆく意識の中。私は死を覚悟しながらダイアナの戦いを見ていた。明確に記憶があるのは、そこまでだった……
Ⅳ 聖ジャンヌ
翠魔導士に足止めされていたレオニスとレディ・アヴァロン。その間に、ミス・マジェスティとプリンセスが居るエリュシオンの別邸は敵の強襲を受けていた。
しかもその敵は、シャングリラ・シティを、王家を守るべき都市国家軍によるものであった。軍による市政の掌握。その悪夢を目した一部将校らによるクーデター。彼らはシティの政治的各要所に対し、一斉の武力制圧を敢行した。それは正に、57年前の第一次異教徒戦争バロル内戦を彷彿とさせるものだった。
上空から空兵隊の機械軍船が、別邸の敷地全体に無差別爆撃を開始。空から降り注ぐ油脂焼夷弾に、瞬く間に辺り一面は火の海と化した。地上では騎兵隊一個中隊が館を包囲。スチーム・カノンでの砲撃後、部隊の突入が行われた。
今はギア・ハンター四天王のひとりセイント・ジャンヌが居るとは言え、他には僅かな警護しかいない。ミス・マジェスティらは燃える館の中を逃げ惑うしかなかったが、幸い、君主制の時代に建てられた邸宅は広く、地下には避難用のシェルターが備えられていた。
炎を纏う荘厳美麗の館。既に近衛も倒れ、孤軍奮闘にジャンヌが言う。
「陛下、ここはもう危険です。ヴィヴィアン王女と地下のシェルターへ」
「分かりました。でも、聖ジャンヌ。貴方は?」
「私は敵を迎え撃ちます」
「敵を? たった一人でですか?」
「御心配は無用。間もなくレディ・アヴァロンが来ます」
「ダイアナが?」
「はい。それまでは、このジャンヌ。存分に暴れて御覧に見せましょう」
†* † *†
「女王と王女、二人を探せっ! 死体でも構わん!」
それは騎兵隊コマンダー、フィル中佐の声だった。彼の祖父は、あの第一次異教徒戦争でアヴァロン男爵らと共に戦ったヴォルグ侯爵であった。
あの三年後。シャングリラは王政から立憲君主制へと国の在り様を変える。それは王自らの公布によって行われた。当時、貴族騎士階級にいたものは、在り様はそのままだが、文民統制による都市国家軍として位置づけられた。
そして、更に39年後のエデン・シティで起きた第二次異教徒戦争インデッハ掃討戦。それは、フォモール教原理主義バロル教会の復権により引き起こされた。エデンと軍事協定を結んでいたシャングリラは援軍を派兵。
その後。これを機に議会によって取り決められた”私兵所有の禁止”。それを受けて、正式に都市国家軍は再編された。ただ、その時。アヴァロン男爵家未亡人となっていたダイアナは、ひとり騎士団の解団を選んだ。
その第二次異教徒戦争に大尉として派兵されていたフィル・ヴォルグ。あの戦役以来、何故か彼は人が変わったように頭角を現し始めた。そして、今回。何者かに操られるかの如く、クーダター首謀者の一人となっていた。
†* † *†
「ええい、まだ見つからんのかっ!?」
苛立ちを見せてフィル中佐が言う。
その時。砲撃によって外壁を破壊され、焼夷弾の炎に包まれる館の中に、ひとつの黒い人影が現れた。
そのシルエットは、まるで古代ギリシア時代のスパルタ兵を思わせる。右手には、頂部の左右に斧と鉤を、突端に槍を備えた黄金色の槍斧。左手には火の粉を上げて揺らめく焔を映す円形の盾。
それを見て中佐が驚く。
「あれは!? ま、まだ生きていたか!」
ドス黒い油煙をあげる業火を背に、ゆっくりと歩む人影。中佐が叫ぶ。
「銃兵隊、前へっ!」
彼の声にスチーム・ライフルを携えた十数人の騎兵が列を成す。間髪入れず告げられる号令。
「一斉射! 撃てえええっ!」
_人人人人人人人人人人人人人人_
> BRATATATATATATATAT!!!! <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄
蠢く炎に揺れる影へと無数の銃弾が放たれる。しかし、いっこうに歩みは止まる様子を見せない。
更に距離を縮め来る影に、フィル中佐は慌てて声を上げた。
「誰かっ、スチーム・カノンをここへっ! 急げっ!」
別邸の中庭に搬入されていた移動砲台が数台、群がる騎兵に手押し車のように運ばれて来た。砲脚を地面に固定するのも待たず、居並ぶ砲兵隊に中佐が命令を下す。
「撃てっ! 撃てえええっ!!」
○。\!Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y!//。○
( DOOM!DOOM!DOOM! )
○゜//i人_人_人_人_:i\゜○
重い爆発音と共に次々と打ち出される鋼鉄の砲弾。吐き出される排蒸気。その衝撃に砲台が後ずさる。至近距離から発射されたそれは、確実に対象を捉えたかに見えた。
が、しかし。鋭い五指の籠手に握りしめられる槍斧が、一瞬の一振りにそれらを切断し薙ぎ払った。
それを目の当たりにした多くの騎兵は勿論、フィル中佐も驚愕に戦きたじろぐ。
「バ、バケモノめ……」
そして、影は光を受け、その全容を現す。
プレートを重ねる鉄靴。滑らかな流線の大腿部と腹部の間には、前開きの草摺スカート。女性らしさを思わせる胸部のキュイラスとは裏腹に、鮫の歯を並べたような肩当てのスポールダー。その全てにパレードアーマーの如く芸術的な意匠が施されている。そして、鶏冠兜に保護される彫刻のように美しい顔は、無表情なスチールの仮面であった。
まるでマクシミリアン式のフリューテッドアーマーの如く、その全身を鋼鉄に包んだ戦士。しかし、その鎧は自身の体。あの第一次異教徒戦争で体中に火傷を負いながらも、超硬の新合金ネオブラスで身を覆うサイボーグとして甦った、今はギア・ハンター四天王の一人ジャンヌその人であった。
「機械人形の亡霊が……」
忌々しく中佐が呟いた。
その勇壮美麗なる姿を炎に煌めかせ、武具を握る両手を大きく左右に開いてジャンヌは歩みを進める。
そうして、機械声帯とは思えぬ凛とした、その精悍なる声に名乗りを上げるのだった。
「我が名はジャンヌ! 今は亡きギア騎士団の意思を継ぐ者! その使命を帯びたこの命この体! 何人たりとも砕くことは出来ないっ!!」
【SteamPunk×LowFantasy×CyberPunk】 Gear#05:St.Janne 前編【完】
つづく