Gear#04:Ruby&Red[前編]
Ⅰ Ruby
ミス・マジェスティらの居るシャングリラ別邸まで十数マイルの街道筋。翠魔導士らの襲撃を退けたレディ・アヴァロン。散乱する魔導士たちの屍を見回してレオニスが言う。
「レディ、案の定の待ち伏せだな?」
「ええ。先を急いだ方が良さそうね」
「ああ。でも、ちょっと待った」
そう言ってレオニスは、思い出したように翠魔導士の屍へと歩み寄った。そして、しゃがみ込むと何かを探すかに死体の検分を始めた。
翠魔導士が被るフードの下には、その額から外科的手術によって埋め込まれた剥き出しの機械が見える。
彼は血まみれの胸の辺りを触診すると、手持ちのナイフで纏うローブを切り裂いた。すると、そこにも拳大の機械が肉体に根を張るよう埋め込まれている。そして、その中央には、緑色の煌めきを見せる小さな石が嵌め込まれていた。
それをナイフの切っ先で剥ぎ取ると、レオニスは中を覗き込むように薄雲る空の明るさへと透かした。
そんな意味不明の様子を見て、怪訝にレディが問い尋ねる。
「いったいナニ?」
「ああ、ドクター・ヤングに、ちょっと頼まれてね……」
「Dr.ヤングに?」
Dr.ヤング。本名はケヒト・ディアン。彼はアヴァロンの生体工学医であり、かつてレディと苦楽を共にしたDr.ディアンの孫に当たる。
「黒魔導士の魔導士には無いモノだ。同じのが、昨日の奴にもあった。もっとも、昨日は俺のブレードで砕いちまったがな」
「何なの?」
「さあね。そのカケラをDr.ヤングに見せたら、壊れていないモノが見たいんだとさ。幸い、レディの弾丸は当たらなかったらしい」
Dr.ヤングが言うのであれば、それは何か重要なモノだと察しはついた。
「呆れるわねぇ。そう言う大切な事は、前もって」
そうレディが、呆れ顔で両手を腰に当てたと同時。
――BOOOOOOOOM!――
北西の空から遠く爆発音が鳴り響いた。
瞬間。表情を変え、音の方向へと顔を向ける二人。徐々に雲が厚みを増す空の下。曲がりくねる街道先は次第に街路樹を増やして茂り、鬱蒼とするエリュシオンの森へと繋がっている。その奥にあるシャングリラ別邸を見る事は出来なくとも、その爆発音が何を意味するか? 予想するに難しくは無かった。
「マズイ、始まっちまったな」
「急ぐわよ」
二人は馬車に飛び乗ると、再びエリュシオンの森へと馬を走らせた。繰り返し鳴り響く爆発音。やがて黒々と立ち上る煙。逸る気持ちを抑え、御者台のレオニスが馬に鞭を入れる。が、そんな事態にはお構いなく、腕組と脚組に憮然とするベレロフォンがいた。
†* † *†
そもそも、ミス・マジェスティがどうなろうと、ベレロフォンの知る所では無かった。そして、昨日の一件で黒魔導士や翠魔導士も、彼女が探しているモノを持ってはいなかった。その意味で、先ほどまでの戦いも、彼女にとっては全くと言って興味をそそられるものでは無かった。
ただ、ベレロフォンの記憶にある”Ruby”という名前。何故か? それを知っていたレディ・アヴァロン。ならば、自身が探す石についても、手掛かりを知っている筈だと彼女は考えた。
話の腰を折られていたベレロフォンは、その赤い瞳をレディに向けると不機嫌な口調で問い尋ねた。
「オマエ、何を知っている? さっきの話、続きを聞かせて貰おうか」
「さっきの話? ああ、アレね……」
レディにしてみれば、今はそれどころではない。一刻も早くミス・マジェスティの元へと駆けつけねばならない。
お茶を濁そうとするレディ。ベレロフォンは腕組みを解き、前のめりに語気を強めた。
「素直に話した方がいいゾ。さもなくば……」
レディを魅入るベレロフォンは、その瞳に赤く霊子力の炎を揺らめかせた。が、そんな彼女にレディが切り返す。
「無駄よ」
「なんだと?」
「ワタシに霊子力は、効かない……」
そう言って、ベレロフォンを見詰め返したレディ。その凝らす彼女の瞳には、緑色の炎が揺らめいていた。
途端、凍り付く様に表情を強張らせるベレロフォン。
「オ、オマエ、”Emerald”だと!?」
ベレロフォンに走る緊張。咄嗟に彼女は立ち上がり身構えた。それとは対照的に落ち着き払ったレディ。
「慌てないの。何もしないわよ」
レディは半ば呆れるように微笑んだ。
「せっかちな娘ね。いいわ、話したげる。でも、時間が無いから手短にするわよ。だから、黙って聞いてね」
その優しい眼差しに拍子抜けした表情を見せるベレロフォン。彼女は敵意を失うと、拙速な独りよがりを隠すように不貞腐れて座り直した。
「分かった……」
そうして、顔を窓の外に背ける彼女に、レディは静かに語り始めた。
†* † *†
失われた旧科学文明世界。そこでは”エルフェイム計画”と言う、軍事利用目的の人造人間研究が行われていた。
不幸中の幸いかしら。例の”終末の日”。その研究は、旧世界の科学技術と共に終わりを迎えた。そして、それは永遠に忘れ去られた筈だった。
でも、その閉ざされた筈の研究を、狂気の計画を掘り起こした者がいる。
そして恐らく。その何者かが、遂に霊素粒子情報の適合遺伝子保有者を探し当て、ハイエルフを誕生させた。三つ目の適合パターン。死人から生み出されるコードネーム”Sapphire”を。
問題は、その霊素粒子情報に改ざんが加えられてしまったこと。
戦争の道具として、破壊兵器として開発されたハイエルフ。そのプログラムの中には、彼らの行動を抑制するモノがあった。人類に対する一定のリミッターと言ってもいいわね。
もし仮に、そのプログラムが改ざん消去されてしまった場合。彼らは人類の敵と成り得る可能性を持ってしまう。それを恐れた旧世界の科学者たちは、事前に二つの防護策を準備していた。
ひとつは、三タイプのハイエルフ間に、五行説のような相克の関係を持たせた事。
――”Sapphire”は”Emerald”に勝り――
――”Emerald”は”Ruby”に勝る――
――また、”Ruby”は”Sapphire”に勝る――
そして二つ目。それはプログラムが改ざんされたハイエルフが誕生した場合。同時にハイエルフ殲滅の為のダーク・エルフを誕生させる事。またの名を、対ハイエルフの悪魔。
今回はコードネーム-”Ruby”。増殖細胞によって造りだされる最後の適合パターン。
ベレロフォン・アウリル。それが貴方、でしょ?
†* † *†
「オマエ、一体何の話をしている?」
レディの話に戸惑い、失笑を見せるだけのベレロフォン。
「あら? アナタのプログラムには、記録されてないのかしら?」
「プログラム、だと……」
確かに、彼女の記憶には無い話だった。それだけに、まるで夢物語か作り話を聞かされているようだった。
困惑するベレロフォンにレディが問い質す。
「では何故、アナタは”Sapphire”を探しているの?」
「それは……」
一瞬だが、自分の記憶に空白めいたモノを感じるベレロフォン。だが、彼女は思い直すと食い下がった。
「それはワタシが、魔族の」
それをまた、レディが遮る。
「そう! それにその魔族とか……。アナタの霊素粒子情報のベース。何処の誰のモノをダビングしたのかしら?
確かに、色々な人種の魂や開発チームの中にオカルト思考の科学者もいたと言うけど……。ダーク・エルフ専用のプログラムなのかしらね?」
レディの推測は的を得ていた。ダーク・エルフ”Ruby”の場合。ハイエルフ殲滅のプログラムが最優先される。それは、増殖細胞に取り込まれる適合遺伝子の霊子情報が乏しい為で、それ故に不完全な記憶と自我を有していた。
違う言い方をするならば、その目的を果たす為だけに生まれた、哀れな存在とも言えた。
長年エルフと対峙して来たレディ。その研究者にもなっていた彼女は、悪気も無く立て続けに疑問をぶつける。
「それと、貴方の増殖細胞に使われた適合遺伝子情報。一体誰のかしら? それがレオニスなら、男性型のダーク・エルフが造られたハズなんだけど?」
その言葉を最後に、キャビンを沈黙が覆った。そしてそこには、ベレロフォンの心を揺さぶるモヤモヤとした痼りだけが残った。
―― このワタシが ―― 造られたダーク・エルフだと ――
【SteamPunk×LowFantasy×CyberPunk】 Gear#04:Ruby&Red 前編【完】
つづく