Gear#02:Lady Avalon[前編]
Ⅰ 蒸気連合
この御時世。スチーム・ユニオンと呼ばれる俺たちの世界は、幾つもの都市国家メトロポリスの連携で成り立っている。その政治体制は様々だが、ここシャングリラ・シティは立憲君主制ってやつだ。
もともと王侯貴族が治めていたらしいが、この百年程は選挙によって選ばれた市長が居る。その選挙が清廉潔白かどうかなんてことは誰も興味がない。所詮、地位と名誉にしがみ付く小物の政治家。害はない。
何より、市民は安定した治安を望んでいる。その維持活動に勤しんでいるのが保安官事務所だ。所長は気の小さい男だが、片腕のシェリフが紳士然たる切れ者だ。そして、あの機械眼に睨まれると、大抵の奴等はビビっちまう。ギア・アーマーを装着した射撃も凄腕だ。
それよりも、最近は戦争をしたがる連中が幅を利かせて困る。
Ⅱ 都市国家軍
事の発端は三年前。
――シャングリラ何世だったか?――
君主である王が死んじまってからオカシクなり始めた。年の離れた王妃も、病弱で若くして世を去ってる。が、幸いにも娘がいた。今年23になる姉と17歳の妹の二人だ。
――ああ、タイプは違うが、両方ともベッピンだから良く覚えてる――
だから今は、その姉の方。ミス・マジェスティが女王様ってわけだ。だが、その若さを軽んじている軍部が強気でな。なんたって、その上層部って言うのが元の貴族階級組だからな。
ただ、空兵隊の黒眼帯、キャプテン・カーネルは案外話の分かる女だ。が、騎兵隊のコマンダー。あの男だけは、どうにもイケ好かねえ。
Ⅲ 男爵婦人
市長も議会も市民の代表だが、皆、王家に愛着を持ってる。だから未だに政治的影響力がある。どうも軍部は、それがお気に召さないらしい。何より争い事を嫌うミス・マジェスティだ。彼女の存在は、奴等にとって目障りなんだろう。
軍部にしてみれば、人が好い市長だけなら組し易し。議会も大して当てにならんからな。そこでだ。ミス・マジェスティは心の拠り所を、もともと親戚筋にあたる”男爵夫人”に求めた。またの名を”アヴァロンの貴婦人/レディ・アヴァロン”にだ。
男爵が健在の時は、”男爵夫人/レディ・バロン”と呼ばれてた。が、その旦那が亡くなってからは、彼の居城アヴァロンに因んでそう呼ばれるようになったという話だ。聞いた話だから眉唾だが、半世紀以上前の事らしい。
そして彼女は、俺たちギア・ハンターの元締めであり、市政府との窓口でもある。で、そのオーナー様たる彼女の所に、俺は昨日の魔導士の一件を報告に向かってる。という分けだ。
Ⅳ アヴァロンの貴婦人
「レオニス。そのレディ・アヴァロンという女も、オマエ好みのベッピンとか言うやつなのか?」
少女の姿をしたベレロフォンが、悪戯の笑みを浮かべると耳元で囁いた。
「はあ?」
ギア・ハンターの居城アヴァロンにスチーム・バイクを走らせるレオニス。大きくせり出したチョッパーバーのハンドル故に、運転する彼の姿勢が後傾になる。それで道中。後部座席の彼女と四方山話をして来たが、突拍子もない質問に彼は苦笑を浮かべた。
「勘弁しろよ……」
「じゃ、どんな女だ?」
「なんだ? 興味があんのか?」
「オマエたちギア・ハンターの、族長なのだろう?」
「族長?」
思わず聞き返したレオニス。その反応を見てベレロフォンが更に質問で返す。
「オカシイ、か?」
こうしたベレロフォンの浮世離れした言葉に、しばしばレオニスは困惑した。幼い少女の見た目で考えれば、そんなものかとも思えた。
しかし、魔族や悪魔だと宣う、あの灰褐色の肌をした成人女性の姿。それを見聞きしている彼には、いささか腑に落ちないものがあった。
ただ、生来の性格か? 彼女の白い髪や兎のような耳へのメタモルフォーゼも、どこか遠い見知らぬ国の特異体質の類なのだと勝手に片付けた。
「いいや、そんなことないさ」
「じゃあ、その女。怖いのか?」
「そうだなぁ、かなり怖い」
「デカいのか?」
「さあな、もうすぐ着く。見りゃ分かるさ」
今度はレオニスが悪戯の笑みを返す。ベレロフォンは不満の表情を浮かべた。
†* † *†
今は”アヴァロンの館”と呼ばれている嘗ての城塞。それはシャングリラ・シティの東。街中を外れた郊外。荒涼と広がる岩と砂漠に面して聳える。
昔。王侯貴族が治めていた時分。”堅牢の城塞”と称され、東の守りを一手に引き受けていた。その名残りである石の城壁。そこにパイプオルガンのように配された無数のスチーム管を除けば、まさに中世の居城の如き趣を携える。
裏手にある専用の入り口から城内へと入ったレオニスとベレロフォン。彼らは城塞の奥にある”アバルの間”と呼ばれるレディ・アヴァロンの居室を訪れた。
ゴシック文様のスチールで固められた重厚な古い木造の扉。
「レディ、俺だ。入るぜ」
レオニスの勝手知ったる様相に開かれた先は、石造りの荘厳な外観とは裏腹に華やかさを含んでいた。
装飾されたヴォールト様式の高い天井と彫刻をあしらった柱。吊り下げられた豪奢なシャンデリア。尖頭アーチとバラ窓は、ステンドグラスが嵌め込まれて礼拝堂を彷彿とさせる。一面大理石の床に敷かれた毛足の深い赤絨毯が、異国の情緒を漂わせてもいた。
絨毯の中央には、黒い縦長のテーブルが設えられている。使い込まれたオーク材の分厚い天板。それは歴代のアヴァロン男爵たちが、ギア・ナイトと呼ばれた騎士達と囲んだダイニングテーブルでもあった。
そして今は、その男爵の席に”アヴァロンの貴婦人/レディ・アヴァロン”が座する。テーブルに肘を突き、細く長いキセルから立ち上る煙草の煙。栗毛色の髪を巻き上げた外見は三十歳前後にしか見えない。が、その正確な年齢や出自は一切不詳だった。
三日月のような秀眉。切れ長の美目は、瞳にエメラルドの高貴さを湛える。濡れたシルクのように滑らかな白い指先。その風雅な佇まいは、正しく仙姿玉質。時を越えた若さと美しさを滲ませていた。
「レディ。お歴々が顔を揃えてるたあ、今日は何かあるのか?」
テーブルの右列。ギア・ハンター四天王の一人。両義手両義足のミセス・マシーンが座っていた。
ミセス・マシーンは、ある時の戦闘が元で一切体温を感じなくなってしまった。そのせいか、年中防寒のフライヤーズハットを被っている。左頬の大きな縫い傷も、その時の怪我の名残だ。
彼女は機械剥き出しの右腕、三つ指のロボットアームで器用にパイプ・スモーキングをする。愛用のブルドック・シェイプを燻らせ、薄く吐き出す煙をレオニスに向けた。
「レオニス。入る時はノックぐらいしなと言ってるだろ」
「これは失礼。あれ? ジャンヌが居ないな?」
また左列には、同じく四天王の一角。猛禽の頭を持つ巨漢のサイボーグ。コンドル・マンがいる。彼の機械声帯から発せられる独特にくぐもった低音ボイスが響く。
『ジャンヌはミス・マジェスティの警護だ』
「ミス・マジェスティ? 近衛兵がいるだろ?」
『城内であればな』
すると、窓際で腕組みをし壁に凭れかかっていた全身黒ずくめの四天王、マジシャンズ・クロウが口を開いた。黒いルーペ・ゴーグルで表情は分かり辛かったが、明らかに声のトーンは不機嫌そのものだった。
「今日はエリュシオンの別荘で、お茶会だと」
「なるほど。お気楽なこって」
更にクロウはドラキュラ伯爵の様なシルクハットを脱ぐと、辮髪のスキンヘッド部分を掻きながら一段と面倒くさそうに言った。
「まあ、そうは言っても、さっきミス・マジェスティの使者が来てな……」
「使者?」
そして、次の声はレディの後ろ。祭壇の裏から聞えた。
「そう。レディ・アヴァロンにも御足労願いたいらしい」
部屋の奥にある隠し部屋。そこからレディの飼い猫(猫と言ってもロボットの豹であるが)アステロープを伴って現れたのは、Mr.ファザーと呼ばれる科学者だった。
蒸気文明時代に革新をもたらした超硬の新合金ネオ・ブラス。彼は、その開発者であった。共に現れたアステロープの可変式装甲は勿論、レオニスの左腕に備えられたブレードもその一つである。
脚が悪い彼は、人の背丈ほどもある機械仕掛けの車椅子に乗っている。見た目は十歳にも満たない子供に見えるが、紳士然たる洋装を身に纏う彼もレディ・アヴァロンと同じく年齢不詳だった。
「それでレオニス。オマエはレディと一緒に、エリュシオンに行ってくれ」
「クロウじゃなくて、俺が?」
レディが乗る馬車の御者は、通常であればクロウが担当していた。
「あらぁ、レオ。ワタシと一緒じゃ不服かしら?」
その艶やかな唇を尖らせ、細く煙草の煙を吐き出すレディ・アヴァロン。彼女は瞳に怪しげな微笑を湛えると続けた。
「貴方、プリンセス・シャングリラにも気に入られてるでしょ。だから、数いるギア・ハンターの中でも、紳士の中の紳士と見込んでワタシが指名したの。それに、ワタシも魔導士に狙われてる最重要人物の一人だし、警護が必要でしょ?」
「警護ねえ……。へいへい。馬車でもナンでも運転しますよ」
そんなレオニスの言葉を聞いたマジシャンズ・クロウの口元が、明らかに笑っていた。
†* † *†
西の城壁口、馬車の準備を待つ最中。レオニスは昨日の魔導士との一件を話し始めた。
「そう言えばレディ。アンタの予想通り、昨日新手の魔導士が現れた」
「どんな坊や達?」
「ライフルの弾丸が届かねえ。そう、まるで見えない盾に守られてるようだった」
「それで?」
「いやぁ、ブレードで始末したが……」
「じゃ、問題ないわね」
「簡単に言ってくれるぜ……」
「今日も現れるか、楽しみね?」
「今日?」
「ええ」
「どういうことだ?」
「お茶会の誘いは罠よ」
「罠?」
「ええ。あのミス・マジェスティの使者、たぶん偽物ね」
「じゃ、なんで? わざわざ……」
「ミス・マジェスティが危ない」
「ジャンヌ一人じゃ、手に余るってことか?」
「それはどうかしら? でも、確実に近衛にも敵の手が入っている」
「魔導士? いや、まさか軍部が?」
「それを見極めないとね」
「なるほど」
露わになる敵意。未だ見えない陰謀。レオニスとやりとりをする中。レディは視界の端で不機嫌そうに佇む少女に目を移すと、不意に表情を和らげ話題を変えた。
「ところでレオ。さっきから貴方に付いて来てる、その小さな美人さんはドナタ?」
「えっ、ああ……、知り合いの子だ。ちょっと預かることにな……」
「そう……」
レディはベレロフォンに歩み寄ると、随伴するアステロープの背中を撫でながら微笑みを向けた。
「あなたも一緒にいらっしゃい。美味しい紅茶が飲めるわよ」
何となく、厄介な事になりそうな予感がレオニスを憂鬱に包んだ。
「レオニス。この娘はアナタが守ってあげるのよ」
――ったく、ヤレヤレだぜ――
間もなく。レオニスをハックニー・キャリッジの御者よろしく、レディ・アヴァロンはアステロープにベレロフォンも伴って居城を後にした。そして、シャングリラ・シティの北部。エリュシオンの森への道程。予感は的中する事となる。
【SteamPunk×LowFantasy×CyberPunk】 Gear#02:Lady Avalon 前編【完】
つづく