父が遺したもの
「逝っちまったな」
コップに注がれたビールをあおりながら兄の孝宏は呟く。
最近特に父に似てきた感が出てきた兄。髪など昔は天然でアフロパーマが出来そうだったのに、今は髪の薄いところと白髪が見えてくるようになっていた。
父との違いは、眼鏡の有無だろうか。
飲みきったのを見て、兄の妻である香織さんが再び注いでいた。
「寂しくなるもんだな……」
兄に似たような感じで、弟の裕司が僅かに残っていたビールを飲み干す。
まだ結婚して一年と少しの新婚といってもいい奥さんの凛さんは、飲み過ぎだよと、弟を注意する。
弟は、この程度どうってことねぇよとかいいながら自分で注いでいた。
なにげにうちの家族は、みんな酒飲みだ。
父もよく飲んでいたし、母も普段は飲まないが、いざ飲みだすと底なしだったのを思い出す。
私も普段は飲まないのだが、今日はすでに瓶ビールで二本も飲んでしまっている。
明日は二日酔いの可能性が高い。
まぁ、会社には忌引の手配はしているし、問題はなかった。
不思議とみんな涙が出なかった。
母と違い、父には苦労をかけさせられたことが多かったからかもしれない。
子供時代にはほとんど家にいた記憶のない父、大人になった後は認知症。
頭のなかでは、私達3人を養うために全力で働いていたのだとわかっているのだが。
どこかで納得できていない自分がいた。
「この家どうするよ」
ぽつりと兄の言った言葉に、皆が黙る。
「……真希ねぇが住んだらいいんじゃね?」
「会社から遠すぎるわよ」
弟の無茶振りに私は即答する。
もともと、父が施設へ行った際に処分するべきだったのかもしれない。
だけれど、父がそれを拒否したこと。そして私達も思い出が詰まったこの家を売ったり潰したりすることができなかったのだ。
この家に住んでいた人はもういない。
「孝宏にぃなら、子供もいるし。いいんじゃね?」
「相続税とかもあるからな……」
そういうと兄は再び酒を飲み干す。
やはり、兄はそういうところがしっかりしている。
今のマンションからここに移った時の利便性しか考えていなかった私とは大違いだ。
「相続税ってどれぐらいとられるんだ?」
「いくらだっけな……だが、たしか家と土地ぐらいしかめぼしい物がないしな」
確かに、親の資産と言われても、価値がありそうなのはこの家と土地ぐらいだろう。
他の資産など見当もつかない。
「止めましょ? こんな時にそんな話しても余計暗くなるだけだし」
「そうだな」
「だな。よっし、凛のもうぜ! 香織さんも!」
「ちょ。ちょっと!?」
「私もよろしいのです?」
弟の提案に思わず動揺する凛さん、一方で、香織さんはすでに兄からコップを受け取っていった。おっとりとしているようでなかなかにしたたかな人だ。
なかなかに面白い光景が目の前で展開されている。
こうやってみんなが集う光景はこのご時世なかなかにないだろう。
自分に相手が居ないことを一瞬感じながらもすぐに頭のなかからそれを消して自分のビールを飲みきって、今度は父がお気に入りで家の中に残していた梅酒でも出してこようと思う私であった。
「――お世話になりました」
私は施設の人に挨拶を済ませに来ていた。
父の遺品を受け取りに来たのだ。
最初は自分で片付けることになると思っていたのだが、向こうの人が全部やってくれていた。
少し二日酔いがひどく薬をのむことになって、落ち着くまでいたら昼過ぎに来てしまった私にとっては実にありがたい一方、申し訳なかった。
兄と弟が悪いんだ。あんなにイチャイチャした光景みせやがって。
人それをやけ酒というとかいう自分からのつっこみはスルーする。
父の遺品は全部でダンボールで3つほど。
ずいぶん少ないものだ。いや実際にはほかの人と比べれば多いのかもしれない。
服などは殆ど無かったはずだが、本などが随分多かったしなぁと思っている。
「あ、そうそう。実は預かっていたものがあるんです」
「父からです?」
頷いた後、職員の人が渡してくれたのは、一つの小さな箱。
鉄製の工具箱のようなものだった。
「確か一週間前ぐらいだったかな。私に何かあったら子供さんたちに渡して欲しいと」
箱を受け取ってみると、ずいぶん軽い。むしろ何が入っているというのだろうと思うレベルだ。
「馬鹿なことを言わないでくださいって怒っちゃったんですけれどね……。すみません」
「いえいえ、お気になさらないでください」
頭を下げ謝罪した職員さんを思わず止める。
どっちかといえば、父が悪いだろう。
中身は気になるが、この箱は帰って開けるべきだろう。
兄と弟は、今日まであの家にいる予定だ。
父が意図を持って遺したもの。
それがなんなのか。
私には全く見当がつかなかった。