7
一瞬の静寂。
樹の発言に、ざわざわと会場の空気がどよめく。
「――はぁ? ダンジョンウォーカー?」
ダンジョンの世間的な認知度。その言葉は誰もが聞いた事はあった。
その危険度やダンジョン発生を知らせる速報テロップなど……。
そして、ダンジョンある場所に即座に現れる集団。
だが、肝心の仕事内容は政府の隠蔽により【ダンジョン撤去団体】程度の認知度であった。
「ダンジョンウォーカーってあれか? あのよくわからない塔を撤去する団体……なんだっけな」
誰かが『ダンジョンフォース』と喋る。
「あーそうそう、ダンジョンフォースって団体の一員?」
「……ダンジョンフォースじゃないけど、そういう依頼を受ける……、そう! 個人でダンジョンを回ってるんだ! 依頼を受けてね」
思わず口走ってしまった事を後悔する。
自分でもいまいち理解出来ていないダンジョンウォーカーという存在を誇大に捏造し過ぎてしまった。ただ、この男をぎゃふんと言わせたいだけであったが、逆に後に引けない状態になってしまう。
この状況を打破する会話術……そんなスキルは樹には無かった。
会場の視線は二人(主に樹)に注がれ、逃げ道も無い。
「なんだそれ、馬鹿か? そんな話信じられる訳ないだろ? それにそんな仕事が何の役に立つんだ? そもそもニュースでも曖昧な事しか喋らないし、何をしてるかも分からない。そもそもが非現実的過ぎるんだよ! 適当な事いってんじゃねぇぞ」
男は衝動的に樹の胸ぐらを掴み上げた。
「ぐっ……」
樹は殴られる覚悟をした。
しかし……
「――止めなさい!!」
樹の背後から一喝する声。
どよどよと人混みが割れる。
出来あがった一筋の道を、弐城あるみが歩いて近づく。
男は、あるみの姿を見るなり胸ぐらにかけた手を離す。
あるみは二人の表情を一瞥するなり手を上げた。
パシッ!
軽快に響く音と、頬にジワリと浮き出る手形。
「どう? 目が覚めた? 誰か、水を持を」
男はその場に呆然と佇む。
「飲み過ぎじゃない? それにあなた、子どもみたいにはしゃいで迷惑かけてるのは誰?」
男はドキリと周囲を見渡す。
ざわざわと軽蔑の眼差しが男に注がれる。
あるみは、視線を樹に向ける。
「――あなたも」
思わず背筋が正され、生唾を飲み込む。
ざわざわとした空気の中、あるみは颯爽と立ち去る。
取り残された男と、樹は呆然とその後姿を眺めながら、血中アドレナリンが冷ややかなものに変化して行くのを感じた。
◆
――その後、男は居心地の悪さからだろう、会場から姿を消した。
樹も、テーブルの隅でアルコールは控え、ソフトドリンクを片手に今日の出来事を猛省して時間を過ごした。
九時には、お開きとなり二次会に参加する人々は繁華街の方向へと消えて行った。
樹も二次会には誘われたが気分から遠慮した。
寒い風がまだ吹く中、新幹線の最終に乗るため駅を目指す。
「はぁーやっちまったなぁ……」
ザックリと心に傷を負ったようであった。
何度も同じシーンが頭の中で繰り返され、その度に心に刺さる。
「もう二度と同窓会なんて行くもんか……」
参加しなければ、あの男とも、弐城あるみとも合わなくて済む。当分は地元に帰らないようにしようと心に誓う。
それでも、今は“やめなさい!”と一喝入れるあるみの声が頭に響く。
「うぐぐぐ……」
早く忘れたい思いで頭をおさえる。
早足に雑踏をかき分け駅を目指していた時であった。
「――大丈夫?」
唐突に背後から声をかけられる。聞いた事のある、澄んだ芯のある声だった。
「へっ?」
隣には、弐城あるみの姿があった。
「げっ! えぇぇぇぇぇぇ!」
思わず雑踏の中、変な声を上げてしまう。
「ど、どうして弐城さんがッ!」
弐城あるみの全身を見る。スーツ姿に黒髪、凛とした表情……。
紛れもない弐城あるみであった。
あるみは目の前にあるチェーンの喫茶店を見ながら、
「少し話したい事があって、時間大丈夫かしら?」
樹は時間を確認しながら、
「さ、三十分くらいなら」と、答えた。
お互いタバコは吸わず、禁煙席の四人掛けに座る。
入店客は少なく、樹はブレンドコーヒーを、あるみはホットミルクティーを頼んだ。
無言が続く。
騒ぎすぎた件であろうか? やはり抑えた方が良かったか……と、猛省で振り返った考えを掘り起こす。
「あの話は本当……?」
唐突に、あるみが話を切り出す。
「あの話って?」
少し小さめのトーンで、
「ダンジョンウォーカーの」と話す。
思わず叫んだダンジョンウォーカーという言葉。まさか、その話で呼び止められるとは思っても居なかった。
「えっ? ……あぁ、本当だよ」
「個人って、あなた、【ギルド】でも立ちあげてるの?」
ギルド……? 分からないワードが飛び出す。それでも、ダンジョンつながりからギルドという単語から想像するに、ダンジョンウォーカー同士の集まるチームを連想させた。
「いや……い、依頼を受けて、それに答える。それだけだよ」
さも知っているように答え、コーヒーを啜る。
どうして、ここまでカッコ付けてしまったのか……弐城あるみに対しての“見栄”だったり男としての“面子”を立て直そうとした行動だったのか今となっては定かではないが、この言動が桃寺樹の運命を左右する一言となった。
「そぅ……依頼を受け、それに答える……」
あるみは思案し、鞄から一枚の紙を取り出し何かを書き始めた。
「どうして、弐城さんはそこまでダンジョンの事を?」
あるみは書きあげた紙を樹に手渡す。
「ん? ギルドマンティコアヘッド?」
【ギルド:マンティコアヘッド】と大きく書かれ、その下に小さく住所と弐城あるみの電話番号が記入されてあった。
「だったら、依頼したい事があるわ。えっと……桃寺くん? は都内に住んでいるって聞いたけど」
どこで聞きつけたのか、喋った覚えも無かったが、確かに東京都内の小さな六畳間に住んでいる。
「た、確かに都内住みだけど。それが……」
「是非、私達に協力して欲しい件があるの」
「――協力?」
「そう、同じダンジョンウォーカとして……」
手にしたコーヒーを思わずこぼす。
「熱っ! って、えぇぇぇぇ!」
あるみは口に人差し指を当て、「静かに」と樹を制する。
「ご、ごめん……」
店員が急いで駆け付けて来たが、問題無いと答えた。
「――驚いたかしら?」
「そりゃ驚くよ。それと用件って?」
「話すと少し長くなるわ。良かったら三日後、この住所の場所まで来て欲しいの」
あるみは紙を指差す。
またしてもダンジョンの影がちらつく。
また法外な報酬金が支払われるのであろうか? そんな考えを膨らませる。
「――ダメかしら?」
そして “弐城あるみに”お願いされているというシチュエーションに胸躍る樹であった。
「わ、分かったよ。とりあえず三日後。この場所で……必ず行くよ」
「良かった、ありがとう」
次に合う日程だけを決め二人は別れた。
樹の安易な考え、そしてあるみの勘違いが、地下で息を潜める“ある男”と樹を出会わせようとしていた。