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準備の甲斐あって無事に同窓会は開宴された。
各クラスから選出された代表挨拶と、担任であった教師の乾杯で同窓会は始まる。
成人式に帰らなかった樹は、久々に見る面々を楽しんだ。
スーツ姿の者や私服の者。
ざわざわと、賑わう会場。
元々、馴染みの深いクラスメイトが少ない樹であったが、配置されたテーブルは、さらに馴染みの無い面子ばかりだった。
それでも、会社の飲み会と違い無理やり飲まされる事も無く、穏やかに人の話を聞きながら酒と料理を楽しむ。
一時間もすれば、会場の空気は盛り上がり、騒がしくなった。
樹は立ち替わり入れ替わる元クラスメイトの話しを聞き、それなりに同窓会を楽しんでいた。
「「いぇーい! 楽しんでますかー!」」
「「「「ウェーイ!」」」
騒がしい声と共に現れたのは、クラスでも良く馬鹿をやっていた不良グループ。
「今ぁ、テーブル回って飲み比べ対決やってんだけど、このテーブルは誰が相手してくれんのかなぁぁ?」
昔から変わらず、どんな場所でも自分達が主人公なのであろう、でかい声でゲラゲラ笑いながらテーブルを取り囲む。
樹はさっとテーブルを見渡した。
八人がけの丸テーブル。男女比は三対六で女性が多い。
「俺、今日車なんだわ~。ごめんな」
一人逃げる。
「っんだよ、つまんねーなぁ」
「マジしらけるわ~」
辺りの視線は、樹と隣の冴えない小柄なクラスメイトに注がれた。
「…………」
小柄で冴えない天パのクラスメイト。クラスの片隅族に属する……いわば同類であったが、接点は薄かった。
そんな彼のグラスにはオレンジジュース。震えながら、樹に助けを懇願する視線を投げかける。
「…………」
樹は鼻息を鳴らし仕方ないな、という表情で不良グループに問いかける。
「……これって絶対?」
「「「絶対~~」」」
不良グループが作り上げた特設の試合場に連れて行かれ、意地悪そうに笑う不良グループの一人と対面に、樹は座らされた。
目の前のジョッキ(特大)に並々ビールが注がれてゆく。
「先に飲みほした方が勝ちな」
「お、おっけぇ~……」
仕事でカラカラの状態ならこれぐらい屁でも無いが……。
樹の瞳には光沢が消え、口元だけがヒクつく。
辞めた社会でもやらされてたな、と嫌な記憶がよみがえる。
ゆっくりとジョッキに手をかけ、開始の合図を待った。
「――――……よぉ~~~~~~~~~~~~ぃドン!」
まず泡を吸い、次に黄金の液体をゴクリゴクリと喉を鳴らしながら体に流し込む。
ゴクリゴクリゴクリゴクリゴクリゴクリ……
ゴクリゴクリゴクリゴクリゴクリ……
ゴクリ……ゴ……クリ……
お互い、相手の分量を見合いながら……ゴクリゴクリと、ジョッキ内の容積を減らす。
味わい? そんなもの知らん! ビールは喉越し! と言わんばかりにジョッキを傾け続ける。
――だが、樹は分かっていた。
これは勝ってはいけない試合。勝ったそばから次の対戦者の前に座らされ、力尽きるまで飲まされるであろう。
いつか経験した苦い思い出が過る。
――ジョッキを叩きつけるようにテーブルに置いたのは、樹ではなかった。
「しゃぁぁぁ! 余裕! ゥっぷ」
歓声が上がり、ギャラリーは場をはやし立てる。
樹は時間差で、ジョッキを置き、口に着いた泡を腕で拭きとる。
見る者が見れば、樹が最後に手を抜いた事は明らかであった。
悟らせないよう樹は、こっそりと自分のテーブルに戻る。
「ねー、どうして? 勝てそうだったのに!」
「そうだぞ、応援してたんだぞ」
まず逃げた奴が何言ってんだ。人ごとだと思って好きに言ってくれるじゃないか……、と少し毒づく。
そんな気持ちを表に出したところで、場の空気が悪くなるだけ。
樹は、気持ちを切り替える。
「まぁまぁ、あんな飲み比べ勝敗はどうでもいいんだって。さ、食べよ食べよ」
酔いも回り始め、さらに会場の空気はより騒がしくなっていった。
席も立ち替わり入れ替わりに移動する中、樹は同じ席でその光景をひたすら眺めていた。
酔いも回り、周囲の会話に合せ話を聞く。
不意に仕事の話に切り替わる。
「お前は、なんの仕事やってんの?」
「へ?」
大きな企業に就職しそれなりに成功している話を聞いていた時であった。
顔も名前も覚えていない。勉強は出来て、優秀? なクラスメイトというところまでは覚えていた。
「――働きもせずに、いつまでも子どもみたいにはしゃいで迷惑かけて、あんな飲み比べなんて……参加する奴みんな同罪だよ。嫌なら断わればいい、俺ならそうする。……それでお前は何か仕事やってんのかなって」
刺さる物の言い方であった。
社会に出て馬鹿をやる人間は沢山見てきたが、それらを否定する様な……自分より下の物を侮蔑する態度であった。
「仕事は事情で辞めちゃったけど……」
「ふぅー。やっぱりな」
間髪いれずに持論の証明を誇らしげに語る。
「今はまだいいけどさ……これからどうするんだよ。あいつらと違ってまだ見込みはありそうだから言ってやるけど、このままじゃ人生終わるぜ?」
よく見れば、相手も少し酔っている事が分かる。しかしこの時、樹はもっと酔っぱらっていた。
「人生の終始なんて、誰かが決めるもんじゃないだろっ!」
苛立ちから、樹は思わず声を荒げてしまう。
「……そりゃそうだが、俺の眼から見てお前らは終わってんだよ! 社会的にも終わってるし、これから先後悔しても遅いからな!」
相手も思わずテーブルを叩き立ちあがる。
「どうせ貯金すら出来ない生活してるんだろ! もしかして、親のスネでも齧って生きてるのか? はっははは!」
樹も怒りに立ちあがる。
数日前の出来事が頭をよぎった。
「貯金はあるさ! ……五千万!」
相手の眼の前に五本の指を広げる。
「はっ! そんな嘘誰が信じるか! 証拠は?」
現金は口座に入れてないし、証明できるものは何一つ持っていない。
「し、証明は出来ないけど……」
男との約束を思い出す。
“私たちの事を喋らない事”“詮索しない事”
その二つを抜きにして、どこまでが機密事項か分からないが、とにかく目の前のこの男だけは許せなかった。
喧嘩独特の空気が漂い、辺りは騒然とする。
「ほら! 何も言えないじゃないか! 嘘吐き!」
決定的な一言が、樹を衝動的に叫ばした。
「嘘じゃない! 僕はダンジョンウォーカーだ! 稼ぎは……そ、そうだな、あんたの十倍はあるんじゃないかな!!」
※一気飲みは生命にかかわる危険な行為です止めましょう。