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Dungeon Walker【ダンジョンウォーカー】  作者: 荷獣肋
第七章【決戦2】
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7

 (たつき)はゆっくりと(まぶた)を開けた。薄暗く、しんと静かな空間にアナログ時計の音が微かに聞こえる。


 ヴォイルが放った【脱 出(エスケープ)】。眩い光に包まれ、それから……。樹は思い出したように飛び起きた。



「痛っ……!」



 全身に伝わる鈍痛。全身を打撲したような、それでいて筋肉痛にも似た痛みに再び倒れ込み、自分が置かれている状況を把握する。天井には消えた蛍光灯、ベッド、腕に繋がる点滴、独特のにおい……。


「……病院」


 首をそっと動かし周囲を見渡す。


 全て終わった? いや、もしかして自分は何かで怪我をして全ては夢だったとか? そんな想像を巡らせるがあれは実際に経験し全身に刻まれた傷や怪我に覚えがある。夢であるはずがない。

 だとしたら、いったいあの後どうなったのだろう? 湧き上がる疑問と同時にふと外を眺める。どこの病院かわからないが、夜の街並みが見渡せおおよそ五階か六階といったところか、そういう景色であった。


 思う様に動かない体、分からない事情に溜息を洩らしながらナースコールに手を伸ばした瞬間、窓がコンコンと叩かれる。


「げっ!!」


 窓の外には、スキンヘッドにサングラスの、

銀慈(ぎんじ)さん!?」


 樹は痛む身体に鞭打って窓に近づく。


「がっはは。意識が戻ったみたいだな」


 そう言って、銀慈は泥棒よろしく窓から病室に侵入する。


「意識って……僕どれくらい寝てたんですか?」


「十日ほど眠ってたな」


「十日……!! あの後どうなったんです!?」


 樹は気が動転したように、銀慈に詰め寄る。


「まぁまぁ落ち着け、十日も寝てられたんだ。世界は滅びちゃいねぇよ」


 確かに銀慈の言う通り、世界が滅びていたら病院で目を覚ますなんてシチュエーションは無かっただろう。樹は安堵の息を漏らす。


「よかった……弐城(にじょう)さんは?」


 銀慈はゆっくりとカーテンをめくる。そこには簡易ベッドに眠るあるみの姿があった。


「ずっと看病してたんだ。目が覚めたら感謝くらいしとけ」


 自分の体調より樹の安否を心配し付きっきりで看病をしていたあるみは深い眠りの中であった。物音、話声、どれをとっても直に目を覚ますであろうあるみがここまで深い眠りに付く事は珍しい。


 樹はずれた布団をかけ直しながら静かに感謝の言葉をささやいた。


         ◆


 樹は数日後無事退院した。

 治療費や入院費は、いつか手にした五千万のおかげでなんて事は無かった。

 病院の中庭に咲く桜は入院している間に花開き、退院を祝うかのようにその花びらを散らす。


 銀慈から聞かされた話しによると、内部ではどうなったか分からないが、消滅したダンジョンの跡地に気絶した状態で発見されたらしい。ダンジョンの消滅が意味するところの攻略が成功した事には間違いなく、予言書に書かれた世界の崩壊は防がれた。


 当の予言書はスティグとの戦闘で焼失してしまったらしい。

 ニュースではダム周辺で起きた爆発事故で死者負傷者ともにゼロという報道がされたが、実際には輪道とスティグはこの世から消えさり、あの場で世界の存亡を懸けた戦いがあったという事実を知る者は当事者のみということなのだろう。




 日も傾き始めた夕刻、銀慈の運転する車が病院に到着する。あるみ、アリィも同乗していた。


「やぁ、久しぶり」


 樹の挨拶にアリィは少し恥ずかしがりながらも笑顔を作る。ゴシック風ではなく、淡いワンピースに軽くカーディガンを羽織った年相応の姿。出会ったころの無表情な少女はそこにはいなかった。


 事情を聞いた銀慈が身寄りの無いアリィを引き取った、と言う話をあるみから聞いてはいたが、それが、幼女と一つ屋根の下で暮らしたいという下心無しの殊勝(しゅしょう)な思いからであって欲しいと樹は切に思った。


 樹を乗せた車は、事務所までの道のりを進む。


「どう? 思い出せる?」


 助手席に座るあるみの問いに、

「……いやぁ、どうだったかな」

 と樹は首をかしげる。怪我や傷は治っても、力と共に失われた記憶は元には戻らない。樹は、幼少の記憶といくつかの断片的な記憶を失っていた。


 ダンジョンの内部でしかヴォイルと話す事が出来なかったが、消え去った記憶から推測するに、不要と思える記憶から順に力として樹の記憶を変換していた。

 (ヴォイル基準で)必要な記憶は残してあるにしても、幼少期まるまる十年分の記憶と生活する上で必要無さそうな記憶は無くなっていた。


 そして、この見慣れぬ道も、ダンジョンに入る前には覚えていたのかと思うと奇妙な感覚であった。


「――まぁ、道なんかすぐ覚えればいい。俺たちの事を忘れてなくてよかったな」


 確かにと、樹は一呼吸置き外の夕焼けを眺める。

 周囲をオレンジ色に染め上げる夕日と、ギガンテスの体内の輝きが重なりヴォイルの事をふと思い出した。



 ――最後の瞬間、【脱 出(エスケープ)】は発動しなかった。魔力の枯渇、それ以上に樹という器がこれ以上の力を出す事が出来ないほどに疲弊(ひへい)し消耗していた。


 樹は全てを諦めようとしていた時であった。


――助かる手は一つしかない。


 ヴォイルは、そう言って、一つの案を上げた。

 王冠を【滅 び(ペリッシュ)】の中に投げ入れ、王冠に眠る力を解放し【滅 び(ペリッシュ)】の拡大を防ぐというものだった。すでに頭部を消失しているギガンテスとの勝敗は決しているため帰還ゲートが間に合えば樹だけでも元の世界に帰れる。


 苦肉の策として、自身の消失を選んだヴォイル。


『そなたは勇気ある者だ、この私が保証しよう。私の意志をその勇気と共に……』


 そう言うと樹の反対の言葉を聞き入れる事無く、樹の身体の支配権を持つヴォイルは“王冠”を迫る漆黒に投げ入れた。


 樹は、後悔も悲しみも感じる暇も無く、目の前に漆黒を受け止める黄金の光を見ながら、限界を越え疲弊した身体に樹はゆっくりと意識を失ったのであった。



 入院期間中に思い出した記憶を繋ぎ合わせながら、樹は心の整理をした。

 出会った時間は少なくとも、意識を共有した者としてヴォイルの消失は感慨深いものがあった。


 世界を共に救った仲間であり、パートナーとも呼べる存在であったヴォイルの託した目的を果たす。樹は入院期間中に心の整理と共に自分の今後の生き方も見出していた。



 ヴォイルが残し、託した目的をこれから達成してゆく。

 夕日を見ながら、樹は心に深く刻み込んだ。



「――到着だ」


 樹は辺りを見回す。

 ここまでの道程、見慣れた路地、事務所も全て記憶から消えていた。


「ん? ついたの?」

 キョトンとした表情で車から降りる。


「事務所の場所も忘れちまってるのか。まぁ丁度いい」

 銀慈を先頭に、樹は地下への階段を下りる。後ろにはあるみ、アリィが付いて階段を下りる。


 扉を開けるように促され、樹は恐る恐る扉を開けた。




『パァーーーン!!!』



「「「退院おめでとう!!」」」


 クラッカーの炸裂音と、樹の退院を祝う言葉が樹を囲むように地下の事務所に響き渡る。


「うわっ、なっ!!?」


 地下に広がるバー、もといギルドマスティコアヘッドの事務所に集まったダンジョンフォースのりぼん、(てつ)晴士朗(せいしろう)。飾り付けられた内装の奥ではローゼが料理を作っている。


「こ……これは?」

「まさか、この面子を忘れたってわけじゃないよな?」


 もちろん忘れているわけではない。サプライズで開かれた退院祝いに、見知った面々に、樹は茫然とそれでいてこみ上げる嬉しさに感極まっていた。


 小脇をアリィがくぐり、料理が置かれてあるテーブルに座り手を振る。


「さ、桃寺くん中に入って。退院祝いと、遅くなったけど祝勝祝いよ」


 樹の手をあるみはそっと掴む。

「あぁ……ありがとう」


 人知れず世界を救った達成感と、主役の帰還に、誰の顔からも笑みがこぼれた。


「がっははは! グラスは持ったか!?」


 銀慈は血液パックを手に大声で辺りを見渡し、一同は手に持ったグラスを掲げる。


「世界は救われたが、ダンジョンの脅威が去ったわけじゃねぇ。これからのダンジョン攻略と、」


 銀慈は樹の肩に腕を回す。


「樹の退院を祝してッッ!!!」



「「「「」カンパーーーイ!!!」」」


 事務所兼、地下のバーに小気味いいグラスの弾ける音が響く。

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