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“ヒュドラとの戦闘”を取り戻すため、アリィは最速で出口を目指す。
二人を振り落とさないギリギリの速度。
数時間ぶりに目にする地上の光――。
視界に広がる光景……、モンスターは絶えず、穴から湧き出している。
『ふむ、間に合ったようだな……』
ギガンテスは立ち竦み、動いていなかった。
“良かった……”
アーティファクト作成のため、ギガンテスから距離を置く。
◆
穴から数百メートル離れた、岩陰――
『ふむ、それでは始めるか……すまぬが、周辺の警戒を頼む』
「わかったわ」
既にモンスターは広範囲に移動し、上空から安全を確認できたとしてもアーティファクト作製時に現れてしまう恐れがある。作戦が失敗しないためにもあるみを護衛にヴォイルはアーティファクトの作製に取り掛かった。
道中、手に入れた王鉄を空中に浮かせ、竜化したアリィの強力なブレスを当てる。
鉄をも溶かす強力なブレスに、王鉄は熱身を帯び赤く輝く。
強力な火力――額には汗がにじむ。
刻一刻と過ぎる時間……魔力の維持に精神を集中させる。
両手の痺れ……苦悶の表情を浮かべ、ヴォイルは指揮を執るように、溶けだした王鉄と宝珠を混ぜ合わせてゆく。
宝珠に王鉄が複雑に絡まり、小ぶりな一本のステッキが完成した。
『よし……』
片手で宝珠を鷲掴みにしたデザインのステッキ。ヴォイルが指の操作でステッキに刻印を施す。
“その字……”
ダンジョンにも刻印されているものと同じ文字であった。
『あとは――』
エルトルの結晶体をステッキに近づけると、結晶体はキラキラとした光となってステッキに吸収され、刻印に淡い光が宿る。
ヴォイルが指を鳴らすと、熱は蒸気となって消え去りステッキは地面に落ちた。
『……これで完成だ』
そう言いながらステッキを拾い上げる。
ステッキは異様な雰囲気を放つ。
アーティファクトの完成を聞きつけあるみは近寄って完成したアーティファクトをしげと眺める。
「それが、倒すためのアーティファクト?」
『そうだ。これをヤツの体内に投げ入れ、内部から破壊する。宝珠の持つ力を厳選し解放する刻印を刻んだ。投げ入れ、数十秒で【滅 び】が発動するようにしてある』
輪道が最後に放った魔法、全てを滅ぼす暗黒の球体【滅 び】。
「まって」
あるみは作戦に疑問を感じ、ヴォイルを制止させる。
「……力を開放させた後はどうやって出るの?」
あるみの言葉にヴォイルは黙りこむ……無論、樹も同じであった。
一瞬の間。
『策は用意してある。案ずるな』
一瞬の間から読み取れる、保障の無さ、確実性の無さにあるみは引かない。
「どういう策か教えて」
『……まずは、エスケープアーティファクトを使いそなた達を元の場所に戻す。その後、私達はヤツの体内でこれを使い、【脱 出】を使って元の場所に戻る――』
銀慈の説明と違い演技も無い、淡々とした説明。
「…………両手」
あるみの目線は震える両手に注がれる。
ヴォイルは震える両手を握りしめた。
「その状態で本当に、魔法が使えるの? ……まだ違和感はあるけど。それはあなたの身体じゃなくて“桃寺くん”の身体なのよ?」
あるみの鋭い目つき。それでもヴォイルは怯まない。
『故に――。私もここで消滅するわけにはいかん。全身全霊でこの身体を守り必ず【国落とし】も倒して見せよう』
ヴォイルは力強く、そう約束する。
「……」
両親を殺された憎み。その矛先をダンジョンに向け、今まで無謀な行動を取ってきたからこそ分かる“無謀”に賭ける己の実力と信念。
あるみは、ヴォイルからそれを感じ取ることが出来なかった。
“借り物”の身体、飄々とした態度。纏う雰囲気とは反する軽薄な言葉に絶対的な信頼を置くことは出来なかった。
桃寺くんはどう思っているのだろう? ふと、そんな疑問がよぎる。
今は意識だけの存在として、この現状を、どう思っているのか……。
「――桃寺くんは何か言ってる?」
『……ならば、本人から聞くがよい』
ヴォイルはスッと目を閉じる、開かれた時には樹に戻っていた。
「桃寺くん?」
あるみの、ヴォイルに向けていた鋭い目つきは和らぐ。
「……あぁ、弐城さん。僕だよ」
「――聞いてた……、でしょ?」
「うん。聞いてた」
樹は少し考え、言葉を絞り出す。
「……本当のことを言うと、ギガンテスを倒す事は出来ても、僕の身体が助かる保証は無いんだ……もし【脱 出】が間に合わなかったら、僕の身体も巻き込まれる」
ここまで突き詰められて“隠し通す”話術も無ければ、嘘もつけない。
背負うと決めた信念を曲げ、あっさりとあるみに真実を話す。
嘘偽りの無い真実の言葉。そして、これが有り体の桃寺樹。
ヴォイルの態度から予想していた通り、隠されていた事柄があったことに、あるみは表情を曇らせる。
「……はじめに話そうか迷ったんだけど、弐城さんには賛成されないかなって思って。黙っててごめん……でも、これは僕が選んだ事なんだ、ギガンテスを倒して世界を救う。その後は、賭けになるけど……――必ずって約束出来ないけど、生きて帰る! 僕は生きて帰りたい!!」
樹の真剣なまなざしに、あるみは、その奥にある真意を読み取る。
言葉と相違ない、真面目で真剣な目であった。
「生きて……帰りたい、か」
あるみの表情が緩む。
「えっ、僕なんか変な事言った!?」
「いいえ、そんな真剣な顔で言われるとおかしくて……そうよね。帰れる保証なんてどこにも無いけど帰りたいって意思はあるのよね」
「もちろんだよ」
「じゃあ……」
あるみは一歩、樹に近づく。
「!」
「必ずって、約束して。必ず帰ってくるって」
「……わかった。必ず、絶対帰るよ!」
――必ず帰れる保証はない。それでも、必ず果たすと約束を契る。
永遠に果たされる保証もない約束を。
約束した口に、承認するかのように判が押される。
短く、それでもしっかりと。
「――……待ってるから」
「…………!」
あるみ自身、なぜそうしたか理解できなかった。ただ、苦しいほどに締め付けられる胸の痛みを抑えるために、自然にとった行動。
驚き目を丸める樹を見届け、あるみは距離を置く。
突然の口づけに樹は、確かめるように唇を触った。
「…………なっ……な、」
想定外の事態に言葉が出て来ない。
【治癒魔法】のお返し? いや、それでも説明がつかない。色気で英気を高めるため? いや、弐城さんはそんな人じゃない……なぜ?
樹の考えは混乱し、それでも確かな感触、事実を受け止め心が高ぶる。
「か、かならず帰る! 必ず!」
真意は分からずとも、少しはにかんだ表情のあるみから伝わる好意を胸にしまう。
二人のやり取りを黙って見ていたヴォイルは、
『…………ふむ、名残り惜しいだろうが、時間だ』
樹の中に響くヴォイルの声。
「わかった、変わるよ」
樹はあるみの表情を見ながら目をそっと閉じた。
まばたき一つでヴォイルと入れ換わる。
『――……ふむ。話しは済んだようだな、安心しろ私が全力で守る』
ヴォイルの言葉をあるみは信じるしかなかった。
「お願いするわ」