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『まったく意気地の無い……』
樹の様子を黙って見ていたヴォイルは、その不甲斐無さに、思わず意を口にする。
“そんな事言ったって仕方ないじゃないか!”
樹の内部で話される会話。
そそくさと席を外す樹をあるみは不思議そうに見る。
「……桃寺くん?」
「だ、大丈夫! ちょっと待ってて」
あるみとアリィから少し距離を置いた樹。
『――まぁ、そなたの事だ。好きにするがよい』
“……よく言うよ”
樹はヴォイルの行なった行為を思い出し、軽い悪態をつく。
どうして自分と関わる者はこんなにも自分勝手なのだろう?
樹はうんざりとした息を漏らす。
『入れ替わる前に、少し話す事がある』
ヴォイルは話すトーンを落とす。
“話す事……?”
嫌な予感だけはヒシヒシと伝わってくる。
『すでに、先の戦闘で経験した事だが……もともと、魔術師として向いていない身体で魔術を行使するという事の危険性……』
【稲 妻】を跳ね返した【反射呪文】、そして漆黒の騎士を破った【光の矢】。
たとえ力を抑えた状態でも、【光の矢】を二発続けて撃った事による反動は指先の痙攣に現れていた。
“確かに……魔法を使うたびに痺れる”
樹は今も残る指先の痺れを握りしめた。
『身体が魔術に追いついていない証拠だ。無理な使用は魔力神経を傷つけ、体内を循環するエルトルに支障をきたす……最悪、魔法どころかダンジョンにも入る事も難しくなる』
“そ、そんな……!!”
『――だが【国落とし】を倒すとなれば、身体能力だけでは無理だ。どう足掻こうとも魔法の力に頼らねばならん……』
“…………”
『――そこで、一つ賭けに出る』
賭け………………?
この期に及んで一か八かの賭けに出る? もし失敗した場合どうなるのか……ヴォイルの豪胆な計画に、小心な樹は異議を唱えた。
“そんな! もし失敗したらどうするんだよ! ここまで来て、全部ダメになったら……ギガンテスを誰が止めるんだよ! 僕の身体の事はいい、ウォーカーの素質を失っても構わない! だから……――」
樹の言葉を最後まで聞き届ける事無くヴォイルは、
『誰が失敗すると言った?』
“へ?”
『ヤツを倒すことは出来る。その後だ』
その後……? その後とは?
『――この肉体の消滅を危惧しておるのだ』
“身体が……無くなる……っ?”
『先に言った通り、外部からの攻撃でヤツを倒す事は現時点では不可能……そこで、このダンジョンで採れる素材を使い、アーティファクトを作り上げる』
“この場で!? アーティファクトを!? 作れるの!?”
『ヴァースでも指折りの錬術師であるこの私を舐めてもらっては困る。ダンジョンを作り上げるよりは容易い』
ヴォイルは、どこか誇らしげに語る。
そういえば、この男はダンジョンに改良を加えられるほどの技術力を持った人物であった――樹はふと思い出す。
『冥界の王族の宿った宝珠。あれを使い、即席の“呪術爆弾”を作り上げる』
ヴォイルに言われ、樹は視線を漆黒の剣士が消え去った場所に移す。
そこには鈍く光る宝珠が落ちていた。
“……じゃあ、身体が消滅するって?”
『使うのは【国落とし】の体内。無論、術に巻き込まれる。この身体で【脱 出】が間に合うかどうか……それが問題だ』
“じゃあ、弐城さんやアリィはっ!?”
『心配無い。あの男が残したエスケープアーティファクトがある。我々が【国落とし】の体内に入った時点で元の世界に戻らせる予定だ――……』
◆
樹からヴォイルに人格が入れ換わり、周囲に伝わる気配もガラリと変わる。
樹の身体を借りたヴォイルは宝珠とエスケープアーティファクトを拾い上げ、あるみとアリィの元に戻る。
『……待たせた』
ヴォイルは樹に話した内容を、あるみとアリィに淡々と話す。
アーティファクトを新たに作り上げ、体内からギガンテスを倒す――淡々と……。そう話させたのは他でもない樹の提案であった。
“記憶を失う”と話した時ですら、良い表情をしなかったあるみが、賭けに出る様な作戦に賛成するとは思えない。
“背負うなら最後まで……”樹の決めた信念は、確固たるものがあった。
作戦の内容を、深刻な表情で考えるあるみ。
ヴォイルの言う通り、荒野の彼方に見えるギガンテスは余りにも巨大で、通常の戦い方では難しい事を物語っていた。
アリィには難しい話だったようで首を傾げていたが、樹の言葉をヴォイルが直接伝える事で、アリィもそれとなく作戦を理解した。
他に案も浮かばないため、一先ず作戦に賛成したあるみ……。
「……じゃあ、まずは素材を集めるってこと?」
『そうだ。まずアーティファクトの元となる【魔 鋼】を作るために、“王鉄”そして“結晶化したエルトル”が必要だ』
「こんな何も無い荒野で、どうやってその素材を探すっていうの?」
あるみの言う通り、周囲に広がる光景は、荒々しく尖った岩と、草一つ生えていない枯れた大地のみ……。資源と思わしい物は見当たらなかった。
ヴォイルはその荒野を指差し、遥か先を指し示す。
『あの中に入る』
ギガンテスが現れる際に出来た大穴――。
何も無いと思われた荒野。指が示す場所には巨大な穴があった。
ギガンテスの体躯を見れば、その穴もまた巨大で、どれほど底が深いのか……想像もつかない。
「……!?」
『ヤツが長い時間をかけ眠っていた穴だ。上質のエルトルを含む結晶が沢山あるだろう』
「……でも、どんな物なのか見た事無いわ」
『目的の素材は私が見つける。それよりも、そなた達には、周囲を頼みたい』
「周囲?」
ギガンテスは現れた穴――。
それほど良くない視力。あるみは目を細めピントを合わせる。
肉眼でギリギリ確認できる、穴から出て来る小さな粒……。
『地下で生息していたモンスターだ。ざっと見て百下らんだろう、まだまだ地下から湧いて出て来るはずだ』
「あなたの護衛役って訳ね」
『魔力温存のため、それほど戦闘には従事出来ない。そなた達に戦闘を頼みたい』
ヴォイルはあるみと、アリィを見る。
「えぇ、分かったわ」
あるみの返事と同じく、アリィも首を縦に振った。
作戦を伝え終えたヴォイル。
『奴が動き出してからでは全てが台無しだ、急がねば』
そう言い、アリィに向き直る。
樹の姿をしていても、中身はヴォイル。その威圧感にアリィは身構える。
『なにも構える事は無い。『竜 人』であるそなたに頼みがある。我々をあそこまで連れて行っては貰えんか?』
この男は何を言っているんだ? 樹は身構えるアリィを目の前にヴォイルの言った言葉の意味を理解出来なかった。
目の前のアリィは、少し考える様子を見せる。
「……わかった」
そう言うと、トコトコと歩き、少し距離を置いた場所にアリィは立つ。
“どういう事……?”
『――見ていれば分かる』
ヴォイルの言葉を信じ、アリィを見守る。
――アリィのもう一つの姿。
“怪物”として幾度となく破壊を繰り返してきた、アリィの真の姿に、樹は唖然と――あるみも信じられないといった表情で口を覆う。
少女の姿は瞬く間に変化。百三十センチほどの身長は、体長にして六メートルは超え、漆黒の鱗が輝く“黒竜”に変化した。
アリィの面影を残す深紅の瞳がゆっくりと開く。
“アっ、……アリィ……?”
『ふむ、人を乗せて飛んだ経験は?』
黒竜は唸りながら首を振る。
『なぁに、真っすぐ飛ぶだけだ案ずる事は無い――さ、行くぞ』
声を掛けられたあるみは、いまだに口を覆っていた。