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Dungeon Walker【ダンジョンウォーカー】  作者: 荷獣肋
第七章【決戦2】
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1

 あるみは放心状態で立ちすくんでいた。

 目の前で起こった光景に――思考すら追いつかず、ただ茫然(ぼうぜん)と……。


 宿敵、威凪輪道(いなぎりんどう)。力に溺れ、師であったはずの父と母を殺し、世界の掌握(しょうあく)に野望を燃やした巨悪は消滅した。力の元凶であった【背 後 霊 型(ゴーストタイプ)】アーティファクトのゴースト、漆黒の剣士も【光の矢(ライトアロー)】の前に霧散した。


 ――そして瞳に映る【光の矢(ライトアロー)】を放った青年。桃寺樹(ももでらたつき)

 預言にも記されていたアーティファクト【クルードの王冠】を装備した事で、どこか頼りなかった青年は、見違える変貌(へんぼう)を遂げていた。


 黄金に輝くオーラを纏い、矢を放った構えから(うかが)える横顔は凛々しく威厳を放つ。

 瀕死の自分を【治癒魔法(ヒーリング)】で救い、輪道の限界を見極め、漆黒の剣士をも倒した。


 成長、というよりは“別人”を思わせる変貌。


 しかし、目の前の事実よりも、遅れてこみ上げる感情にあるみの心は支配された。


 瞳に満たされる涙の膜。


 目の前の光景はピントがずれ、周囲はおぼろげでキラキラとした不明瞭(ふめいりょう)な世界に変わる。

 耐えきれず(まばた)きを一つすると、大粒に切り取られた涙が頬を伝った。


 長年張り詰めてきた緊張の糸が、スッと緩んだような脱力感を全身に感じる。


 親の(かたき)であり、自分を長年苦しめてきた悪の消滅……。

 それだけを原動力に生きてきたあるみにとって、その“原動力”を失ったという事実は心に大きな穴を空けるに等しかった。


 (から)となったあるみ。今日の今日まで、幾度となく涙を呑みここまで来た。


 そして今、輪道の野望に縛られた両親の魂が解放された事を……

 そして、桃寺樹……。彼が居なければこうして立って居られる事も、輪道を倒す事も出来なかった事を。


 一人では無理だった……。あるみは深く実感する。

 長年抱え込んだものを洗い流すように一粒一粒、理屈では無く、心が感じるままにあるみは涙した。


 威凪輪道の消滅と共に、復讐に燃える“弐城(にじょう)あるみ”も消え去った。



『――そなたの仇はこの世から消えた。しかし、まだ終わってはいない……』


 ――まだ全て終わってない。

 樹の身体を借りたヴォイルの放った言葉にあるみは涙を拭い去った。


         ◆


 荒野の彼方に見える巨大な魔人。


 超高層ビルに匹敵する巨大な体躯(たいく)に岩石のような体。目と口からオレンジに輝く光を発し、岩の割れ目も同じ配色に輝いていた。

 地中から現れ、唸るような咆哮を上げて以来、微動だにしていない。


「……あれを倒すまでは……ってことね」


 少し赤くなった目で、あるみは魔人を見定める。


『そなたらの世界で、“ギガンテス”と呼ばれる巨人種……私の世界では【国落(くにお)とし】と呼ばれた巨人だ。それも、強大なエルトルを体内に宿している……』


 オレンジの光は体内から溢れるエルトルであった。

 悠久の時をダンジョンで過ごしたギガンテスはその体内で大量のエルトルを生産。身を割り、爆発寸前まで濃縮されたエルトルは目視出来るほどに輝き溢れていた。


(じき)に、ダンジョンを破壊し外に出るだろう……ん? どうかしたのか?』


 あるみの視線にヴォイルが気が付く。



「そなたら? 私の世界……?」


『!!』


 あるみの(いぶか)しんだ表情。


「本当に、桃寺くんなの?」



“もうダメだ! これ以上無理だよ!”



『むぅぅっ』

 あるみには聞こえない樹の叫びに、ヴォイルは唸る。


“任せろって言っといて、全然ダメじゃん! もう本当の事言った方がいいって!”


『……ッぬ、分かった――』


「……分かった?」


『じ、実は……――』



         ◆



 ヴォイルは真実を話した。



 自分が地球に来た目的、樹の身体を借りている事、そして樹の記憶を奪い力を与えている事……。

 詳細を話す時間は無い。それはあるみにも分かっていた。簡潔に、要点だけを聞く。


「――桃寺くんが初めに手にした時に契約されていたから、輪道が力を使う事が出来なかった……」


『そうだ』


「桃寺くんは大丈夫なの?」


『大丈夫だ。五月蝿(うるさ)いほどに元気にしている』


「……そういう大丈夫じゃなくて……記憶の事」



 数秒ばかりの沈黙。

 ヴォイルは、樹と話をしているようであった。


『……ふむ。では、少し変わるとしよう』


 ヴォイルはそっと目を閉じる。

 次に開かれた瞬間、その目つきはあるみの知る、穏やかな目つきに変わっていた。


 威厳も存在感も薄い、出会った当初の……


「桃寺くん……?」



「はっ!! 弐城さん! 大丈夫? その、痛い所とか!!」


「――ふふっ、本当に桃寺くんみたいね。大丈夫、どこも悪いところは無いわ」


 威厳も何も無い純度百パーセントの桃寺樹であった。

 あるみは変わりない樹に安心感を抱く。


 岩陰に隠れていたアリィも“本物の樹”の様子を感じ取り側に近づく。


「アリィ……よかった、どこに行ったかと思ってたよ」


 近寄るアリィの頭を撫でる。


「いつの間に……? どうやって説得させたの?」


「もともと悪い子じゃなかったんだよ。そうだよな? アリィ?」


 アリィは答えなかった。しかし、その表情には敵意は無く、無表情ながらも好感度を感じ取れる。


「――記憶を代償にするって聞いたけど……桃寺くんはそれでいいの?」


「あぁ、それで世界が救えるのなら……安いものだよ!」


 笑顔で答える樹。ヴォイルと契約した時に腹を括った樹に迷いは無かった。

 軽快に答える樹に、あるみは表情を曇らせる。


「どうして……そんなに明るく言えるの? 決して安い代償じゃない、それに簡単に安請負出来る事でもないのに」


 過去を想い、思い出を心の支えとして生きて来たあるみにとって、その大切さ、そして、それらを失うという事の恐怖……。



「――いいんだ。ぱっとした思い出も無い人生だったけど、そんな思い出で世界が救えると思えば……悩んでる暇も無いし、今はやるしかないんだ」


 樹の言う通りであった。


“悩んでいる暇は無い”答える選択はイエスかノーか。

 世界を救う選択肢は一つしかない……。


「……本当にパッとしない生き方だったの? 良い思い出の一つはあるはず」


「……うーん、そうだなぁ。弐城さんと出会えた事は嬉しかったかなぁ」


「えっ」

「!!」


 不意に漏らした言葉に樹は取り乱す。

「っな、何言ってんだ僕は!! 今のはっ……」


「わ、私も」


「えっ……!」


「私も、桃寺くんに出会えて良かったと思ってる」


「えぇぇッ!」


「本当よ……?」


 気恥かしさに流れる沈黙。

 あるみは(わず)かばかり視線を逸らした。


 こ、こ、こんな事って……。


 樹は想像もしなかった展開に目を見開いたまま動揺していた。

 そして、目線はあるみの唇に向けられる。


「そっ……あ、っの」


 思い出されるあるみとの口づけ。

 決して自分が行った行為では無かったが、実行されたのは自分の身体……。

 出来る事なら、もう一度、自分の意志で……。


 心音は高鳴り、自分でも何を考えているのか分からないほど気が動転していた。


 樹はたどたどしくあるみに近づき、肩に手を乗せる。


「桃寺くん……!?」


「っと、にっじょうさっ、そのっ……!!」


 樹が意を決した瞬間。



『ヴォオォォォォォオォォォォォォォォォオォォォオォォォォォ…………』


 大地を揺るがす咆哮。

 体の芯まで揺さぶられるギガンテスの咆哮が辺りに響く。





「………………必ず、ヤツを倒して帰ろう!」


「え、えぇ……」


 樹から感じる奇妙な圧に困惑しつつもあるみは返事を返し、ヴォイルは樹の中でため息をついた。

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