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 別人……。背後に突如として現れた“(たつき)”の姿を見てアリィはそう感じた。


 輪道も、突然現れた気配に視線を向ける。

 明らかに様子の違う青年の姿。その原因が王冠にあると瞬時に気が付く。

 自分が装備した時に反応を示さなかった【クルードの王冠】がなぜ……?


 輪道の歯ぎしりを意に介さず、“樹”はあるみに近づいた。


『――ふむ、確かに酷い……』


 “樹”はかがみ、傷付いたあるみを抱きかかえる。


「……!!」


 目の前で“樹”が取った行動にアリィは大きく目を開いた。


 それは、絵本で見た事のある光景であった。


 ――接吻。


 “樹”は抱き寄せたあるみの唇に自分の口を重ね合わせていた。

 平然と、それでいて大胆に。


 その光景は見る者を唖然とさせる。


 “樹”の突然で脈略の無い行動に輪道も言葉を失っていた。


 抱きかかえられたあるみの傷はみるみる癒され、死に瀕した表情は安らかな表情に変化する。


 【治癒魔法(ヒーリング)】。口づけで無くとも手をかざすだけでも効果はあるが“樹”の体を借りたヴォイルはあるみに口づけをし【治癒魔法(ヒーリング)】を施す。


「――…………っ」

 意識を取り戻したあるみ。湯に浸かっているかのような心地良さに目を見開く。


「…………ンん?」

 口が何かで封じられている。理解するのに、数秒の時間を要した。


 空中で被弾し、気を失って……?


 あるみは戦闘中と事を思い出す。


「~~~ッん、っぷぁッ!!」


 カッと目を見開き、状況を確認する。

 周囲に変化は無い。ただ硬直状態の輪道とアリィと呼ばれる少女……そして、


「――も、桃寺くん!? 」


 目の前には“樹”。そして自分の置かれている体勢に困惑した。


 なぜ私は抱きかかえられて……?


 混乱した思考。

 あるみは【火 球(ファイアボール)】を被弾した事を思い出し、身体に触れるもダメージは消えている。


 【治癒魔法(ヒーリング)】……? しかし誰が?


 あるみは、唇に手を当てた。

 さっき口を覆っていたモノは……?


 見下ろす形であるみを凝視する“樹”。


『良くなったようだな』


「――ほ、本当に桃寺(ももでら)くんなの……?」


 明らかに様子が違う。湧き上がる疑問を目の前の“樹”に問う。


『……そ、そうだ』


         ◇


 精神と肉体の狭間。

 樹はヴォイルの取った行動に驚愕していた。


「な、な、な、なんて事を……しかも、僕の体で……!?」


 FPSを思わせる一人称視点。

 見えている視界は普段通り、しかし身体の自由は利かず、ヴォイルのなすがままであった。


 ――そして目の前には不思議そうな表情をしたあるみと目が合っている。

 自分の体なのに操作が出来ない。逃げ出したい衝動に駆られるも、走り出す事も目を逸らす事もゆるされない。


「くっ、ぐぐぐぐっ……」



『っははは、どうだ? 約束は守ると言っただろ』


 どこからか聞こえるヴォイルの声。

 体は一つ意識は二つ……どうやら会話が出来るようであった。


「確かにそうだけど……別に、キ、キスじゃなくても良かったじゃないか!」


 思い出される感触。

 あるみの柔らかい唇。近づいた顔、吐息。

 表情こそ見えないが、樹は羞恥(しゅうち)の念に全身で動揺していた。


『――私からの贈り物(プレゼント)だと思ってくれ。だが、なぜ好いているのにその気持ちを伝えん? 私が見るに向こうも意識をしているように見えるが?』


「そ、そんなっ、余計なお世話だよ! それに嘘までついて……」


『嘘ではない。肉体はそなただ。今は心配させたくないであろう? ここは私に任せてくれ』


 体を操作しているのはヴォイル。

 何を言っても、無駄だという事を樹は静かに悟った。


「……次、弐城(にじょう)さんに変なことしたら本当に許さないからな」


『大丈夫だ。私に任せてくれ』


         ◇



 あるみは立ち上がり、樹の言葉を信じられないといった表情で見つめる。


「本当に? なんだか様子が違うように思えるけど……」


『む、それは、アーティファクトの力だ』


 ヴォイルは樹の身体で王冠を指さした。


“そんな事で納得するわけ無いじゃないか!”

 樹は思わず叫ぶが、その声は誰にも届かない。


「アーティファクトの……力?」

 あるみは目線を王冠に移す。樹の頭部を飾る輝く王冠。


 輪道では使えなかった力がなぜ桃寺くんに?


 考えても、その疑問に答えは出なかった。

 ただ、予言通りに事を進めるとなると、樹がこのダンジョンを封じる事となる。

 不運とすら呼べる運命に翻弄(ほんろう)されながらも、懸命にその運命に立ち向かう樹の凛々しい横顔に、僅かながら胸が高鳴る。



 威厳を感じさせる眼差し。ヴォイルは輪道を見定めていた。


『残念だったな。そなたの野望破れたり、だ』

 指をさされた輪道は怒りに顔を歪めた。


 鳥肌が立つ程の怒気が周囲に広がる。


『――力を手に入れた程度で調子に乗るなッ!!』


 輪道の指から迸る赤い【稲 妻(ライトニング)


“ひっ!”

 樹は死を予感した。


『大丈夫だ』

 ヴォイルは即座に反応し手をかざす。


 【稲 妻(ライトニング)】はかざした手を反射し、輪道にその矛先を向ける。


『【反射呪文(リフレクション)】だと!?』


 輪道は反射された赤い雷を、漆黒の剣で振り払い消滅させる。


『これくらい朝飯前。……んっ?』

 腕に浮き出る静脈。指先はブルブルと痙攣していた。


“なんだか、腕が痺れるんだけど”

 樹も感じる確かな違和感。


 樹という器にヴォイルという中身。

 アーティファクトの効果で得られた固有魔法ではなく、純粋に体内で練られた力量以上の魔法に、樹の魔力神経が悲鳴を上げていた。


『想像していたよりも、力を抑えねばならないか……』



 その様子を、見ていたあるみ。


「――大丈夫……?」

 疑惑よりも、心配の色が強くなっていた。


『身体能力と術がうまく馴染んでいないだけだ、心配無い』



 輪道の表情はより一層険しく、凶悪な表情に変化していた。

 なんの力も持たなかった青年が、自分の強化された呪文までも弾き返す力を手に入れた事に、そして、自分がその力に選ばれなかった事に……。


『人の身で冥界の王族を使いこなす胆力(たんりき)……その才能、称賛に値する! が、』


 ヴォイルは怒りに打ち震える輪道を前に、悠然とした態度で話す。


『……そろそろ限界が来ているのではないか?』


 ヴォイルの言葉を打ち消す様に、輪道は声を荒げる。


『限界ィ!? 俺は何時だって限界を越えてここまで来た! これくらいの事で音を上げるようでは、世界を統べる事は出来ん!!』


 右手に集まる黒いオーラ。

『【滅 び(ペリッシュ)】。肉体諸共、滅び去るがいい』


 漆黒の球体は雷を帯び周囲の小石を、光を、大気を呑みこんでゆく。


“逃げなくていいの!? 流石にまずいって!!”


 樹の言葉にもヴォイルは動じない。堂々とした態度で目の前の輪道を見据える。

 その光景を、あるみとアリィは固唾を飲んで見守る。


『……愚かな』

 ヴォイルは静かにそう言い放った。



『――ぬっッ……ぐぁッ、ッ!』


 右手に集まる黒いオーラは制御を失い、輪道の体を呑みこんだ。


『老いた肉体でその力を操る事は難しい。力に溺れた者の末路とは、いかなる世界でも同じものだな……』


 力と代償に失われた時間は、輪道の肉体を蝕み、アーティファクトを制御する力を少しづつ奪っていた。

 自分の闇に飲まれる輪道。


『ッぐ、オ゛あ゛あ゛ぁぁァぁぁァァァアぁァァ…………』


 断末魔の叫び。自身の放った【闇呪文(ダークスペル)】、【滅 び(ペリッシュ)】に肉体は黒く腐敗し滅んでゆく。


“自滅……?”


『自滅、というよりは“力に呑まれた”のだ。見るがよい』


 輪道を呑みこんだ闇の中から生まれるように現れた漆黒の剣士。


“!!”


『死と破壊を司る闇の力。その王族となれば、執念も並みではないか……』


 脱走したヴォイル派兵に追撃を与えるため、アグラムによってダンジョンに封印された漆黒の剣士。

 悠久の時間、王族として威厳の無い牢獄のような環境で、アグラムを恨み、天界・人界の全てを憎んだ。


 ヴォイルと同じ思念体となりアーティファクトにその身を宿した漆黒の剣士。言葉こそ通じなかったが新天地で出会った輪道と契約を果たし、いつの日か復讐を遂げるために輪道に力を与えた。輪道の身体を弱体化させ、ついに身体を奪い自身を再生するに至ったのであった、が



 その身に空いた大きな穴。


 漆黒の剣士は赤く光るの隻眼を樹に向ける。


『――構っている暇は無い』

 弓を引くような姿勢。


 その一撃は漆黒の剣士の胸部を既に貫いていた。

 力を十分の一に抑えた闇を浄化する光。

 

 【光の矢(ライトアロー)


『――無に帰せ。冥界の王族よ』


 二発目、輝く一筋の【光の矢(ライトアロー)】は手を離れ、剣士の頭部を――――消し去った。

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