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 輪道(りんどう)にガラクタと称された【クルードの王冠】。

 (たつき)(わら)にもすがる思いで王冠に賭けた。


 初めて手に入れたアーティファクトである王冠。

 偽物のはずは無い。輪道が無理だとしても自分ならっ……そう信じ、樹は黄金に輝く王冠を――……



         ◇



「ここは……?」


 樹は静かに目を開けた。

 天と地の境界も分からない黒い空間。光は無いが、自分の体は闇に浮かぶように存在している。


 不可解な状況。何かに導かれるように樹は歩き始めた。

 まるで水面を歩いているように、足元には波紋が広がる。


「……ん?」


 自分の歩く延長線上に人影が見えた。

 恐怖心は無い。姿を確かめるために樹は人影に近づく。


 もう数歩、足を動かせば相手の顔が見える距離で樹は立ち止まった。

 “これ以上足が進まない”……姿を確認したいのに、体が、足が、動かなかった。


『――やっと会えたな』


 温和な声。人影は、シルエット、そして声質から男だと判断できた。

 危険な気配は無く、久しく出会った馴染み深い人物に会うような、そんな気分にさせられる。


『一時はどうなるかと思ったが、こうして手元に戻ってくるのもまた“共同体(きょうどうたい)”としての運命か……』


「共同体? あなたは……?」


『私は、“ヴォイル・クルード”彼の地“ヴァース”より来た』


「ヴォイル!?」


 預言書に記された別次元での戦い。

 樹は、銀慈(ぎんじ)の話に聞いた、二大派閥の一つにその名があった事を思い出す。


『名前は聞いているであろう。……優秀な予言者の話は、記憶から読み取らせてもらった』


「記憶……? こ、ここはどこなんですか!」


『ここは、そなたの精神。肉体と精神の狭間だ』


「僕の……中?」


 衝動的に王冠を被った事を思い出す。


『王冠を手にした時、私は肉体を介しそなたの精神に入り込んだ。あの時、被っていればこうして話が出来ていたのだが……』


「あの時のミイラ……? はっ! 今、外の世界は! 現実はどうなってるんだ!!」


 記憶がフラッシュバックし、現状を思い出す。

 瀕死状態のあるみ、輪道の一撃……王冠を被ったところまで思い出す。


 思い出される最悪の事態。窮地(きゅうち)の状況。長々と喋っている余裕は無い。


『……まぁそう、騒ぐな。外の世界は大丈夫だ。時間は進んでいるが、経験したことあるはずだぞ? モンスターの一撃を食らって、一瞬の気絶にどれほど思考を働かせたか……思い出したか?』


 樹はあるみとの訓練の際、死にかけた瞬間を思い出す。コンマ数秒の出来ごとが数分、数十分に感じた時の事を。


『それと同じようなものだ。安心しろ、まだ奴の剣が届くに時間は十分にある』


「十分に……って」


 戦争を起こした二大勢力の一つを指揮した人物。その雄大な気配は、“死”をも取るに足らない物と思わせる。



『本題を話そう。私からの願いだ――』



 よく願われる日だ、と樹は思った。しかし、アリィの時とは違う、“嫌な予感”が言葉の裏に潜んでいるように感じる。


『――そなたの肉体(からだ)を貸してほしい』


「えっ」

 肉体を貸す? それはどういう要件だというのか……樹は困惑した。


『簡単な話だ。我がここに来た目的……こちらで“ダンジョン”と呼ばれている建物を元の次元に(かえ)す手伝いをしてほしい。そのためには肉体が必要なのだ』


 未だ困惑している樹を見かねたヴォイルは説明を続ける。


『……元はエルトルの生産装置として生み出された物。そなた達の予言者が見た私達の世界には少し誤りがある』


 数百年も昔に予言されていた内容に誤りがあった? 樹はヴォイルの話に耳を傾ける。


『我が星では、急激なエルトルの低下が問題視されていた。そこで開発された装置がそのダンジョンだ。私も開発に携わったが……危険な装置を作り上げてしまった。刻印した術式とモンスターを封じ、内部で発生・濃縮されたエルトルを外に放出しエルトルを供給できる仕組みであったが、どうしても内部の環境下ではモンスターの強個体が発生してしまった……その強個体モンスターがダンジョンを破壊し、世界を脅かし始めたのだ』


 それは一度だけこの世界でも起こったレッドドラゴンの事件と同じであった。


『私は、運用の中止を王に頼んだが……願いは聞き届けられなかった。小さな村や街は凶暴化したモンスターに潰され、人界だけでなく、冥界、天界をも巻き込んだ大戦争に発展した。私は王を打倒すべく反勢力を立ち上げ王に向かったが……失敗に終わった。多くの仲間を、そして道を失った私はダンジョンに次元転移の改良を加え、仲間を次元の果てに逃がした。ここまでは話に聞いているな?』


 樹は小さく頷く。


『だが、最後まで王に抵抗し、仲間を逃がしていた私は捉えられた……次元転移の改良を加えたダンジョンを気に入った王は、私が逃がした仲間の次元にモンスターを流し込んだのだ。私が作り上げた技術により仲間を危機にさらしている。死んでもいいと思っていたある日、王の送りつけたダンジョンが送還されて来た。それも、大量のエルトルを含んで。なぜ帰ってきたのか分からなかった……ダンジョンは次元を超える際、大量のエルトルを消費するが、帰ってくる際は大量のエルトルを含んで帰ってくるようであった。それが次々と帰ってくる。私はそれについて調べ上げ、ある次元に存在する星からダンジョン送還されている事が分かった』


「……それが」


『そう。そなた達の星、他の次元、他の星では無理だったようだ』


「…………」


『私は王に交換条件を出した。ヴァースにエルトルを供給するため、目的の星からダンジョンを全て送還する代わりに、仲間の命を見逃して欲しいと。王はその交換条件を呑んだ。しかし、私が開発した物を他人が容易に操れるはずもなく、私を封印したダンジョンは時の狭間を迷うこととなった。長い長い時間の末、私も兵も死に、発生した不のエルトルからモンスターに変化した者も居た。私はなんとか思念体だけとなり王に渡されたアーティファクトに入り込めたが、目的を果たすための肉体は消失してしまっていた』


 ヴォイルを前に言葉が出てこなかった。

 ヴァースという惑星の都合に左右されている地球。しかし、その星が無ければ、現在の人類は誕生していなかったかもしれない。


 そして、スティグにダンジョンウォーカーという素質を見抜かれ、ヴォイルの思念体が入ったアーティファクトを手にしてしまった偶然。


 途方もない話に、樹は沈黙した。



『私達の惑星の都合に巻き込んだ事は謝る……しかしこうなるとは思いもよらなかった、すまない――……』


 沈黙した樹は考えを巡らせる。

 今まで潰された文明でどれだけの命が奪われてきたか……それを地球代表として謝られるには分不相応(ぶふそうおう)に感じる。だが、“断る”ということが意味する結末。


 樹は顔を上げた。


「話のスケールが大きすぎて、謝られても僕には何も答える事は出来ない……でも、これ以上無駄な命が奪われない為にも、地球代表として言う! 必ず“地球も救う”こと!! 約束出来るなら僕の体を好きにしてくれて構わない……」


 樹の記憶を垣間見たヴォイルは、その言葉に偽りが無いことを見抜く。


 目的の地で出会った青年の出した答え。

 ヴォイルは過去の自分を重ね、面映しく笑った。これもまた課せられた運命であると。


『――もちろんだ。そなたが()いてる者も助けよう』



「すい……てる?」


 頭の中で“好いて”と変換されるまでに時間がかかった。


「まさか……」


『――そなたの中からじっくりと観察させてもらった。ちなみに、過去の記憶も全て』


 樹は茫然(ぼうぜん)とする。

 肉体と精神の狭間。言わば共同体として樹の体に寄生するヴォイルは樹の記憶全てを見たらしい。

 あるみに対する好意。そして、人前では言えないような、恥ずかしい経験も全てヴォイルに知られてしまった。


 たとえヴォイルが地球外の存在としても、言葉が通じ、意思疎通(いしそつう)出来る以上プライバシーの侵害以外の何者でもない。


 樹は恥じた表情でヴォイルをにらむ。


「…………」


『まぁ、そう怒るな、致し方のな――』


「いたしかたなくないよ!」


 今度は確実に湧いた怒りをヴォイルにぶつける。


『――いや、致し方ない事なのだ……』


「どういうことだよ!!」


『“力”を使う、ということは代償が生じる』


「……代償?」


『輪道と呼ばれる男のが使っている物と同じ力。対価を払い得られる力だ。私がこの身を封じた時に、生じた(かせ)であるが――』


「そ、その代償って?」


記憶(きおく)だ』


 記憶……。

 樹は輪道が言っていた“忘我”という言葉を思い出した。


「――記……憶」


『その名の通り、記憶だ。私がそなたの記憶中から選び、記憶を力に変える……』


「そん……な」


 樹は青ざめた。


『そなたの忘れているような事でも、力に変換が出来る。生まれた時からの記憶だと、量にして二一年分の記憶か……』


 輪道が“時間”を捧げ力を得たように、自分もまた、代償を支払い力を得る。

 “記憶の消去”……それなりに歩んで来た二一年間の人生、それなりの歩みの中にもかけがえのない思い出は数多くある。


「僕の記憶……思い出……」


 平凡に歩んで来た人生。

 その平凡な記憶と引き換えに世界を救う?

 ここに来て記憶を提供するかどうかという選択に、樹は……




「――分かった。その代償払ってでも世界が救えるなら……」



 安いものだ。と言いたかった。

 しかし、最後まで言葉は出なかった。世界からすれば安い……しかし、これは自分の内側の話。今まで培った知識や思い出が消え去るとなると想像を絶する恐怖がそこにはあった。


 世界を守るために選ばれた、“勇者”と言う名の“人柱”。


『……王冠を手にしたものが、そなたでよかった。これほどの勇気を持った者に出会え、私は光栄だ。約束は必ず守る』


 樹は腹を括り、力強く頷いた。


『では行くぞ……――』

 ヴォイルの言葉と同時に周囲の闇は集束し、視界に光が飛び込んできた。




        ◇



『なんだとッ……!』


 輪道は狼狽した。

 確実に青年を両断出来たはずの剣は、空を切っていた。


 見開いた両目は驚愕の色を示す。

 突然の事態に、

『馬鹿なっ! ……消えた!?』


 輪道は周囲を見渡す。


『――何処に消えたァァっ!!』



 アリィも忽然(こつぜん)と消えた樹に驚く。気配も感じない。その場から完全に姿を消した樹。

 キョロキョロと不安に苛まれながらも周囲を見渡していた時であった。


『――案するな。“樹”とやらは此処におる』


 背後から聞こえる声。

 アリィが振り返った先に飛び込んできたのは、紛れも無く樹であった。


 しかし、その姿はつい先ほどまでの樹とは違う。


 金色に輝く王冠にたゆたう頭髪。全てを見通しているかのような落ち着いた瞳……虹彩は別次元を思わせるグラデーションに絶えず変化し、全体のに纏う黄金のオーラが別人を思わせた。

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