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一方その頃……。
あるみと輪道の因縁の闘いは佳境を迎えようとしていた。
「おぉぉぉォォッ!」
手にした剣【贖 罪】。
剣先から柄頭まで一枚刃で出来た刀剣。その反りと色合いは“鋼の牙”を連想させる。
『フンッ』
輪道は漆黒の剣を振り下ろす。
「くぅッ……!!」
輪道の重い一撃。
漆黒の太刀筋は、【贖 罪】の湾曲した刃の上をなぞるように滑る。
飛び散る火花。
輪道の剣先が地面に触れた瞬間、
「!!」
好機到来とばかりに、あるみは振りかぶり正面切りを放った。
『なっ……にッ!?』
カウンターからの白き一閃。
あるみの積年の思いがこもった、渾身の一太刀であった……が、
放った一撃は輪道の二本の指に挟まれピクリとも動かない。
「なッッ!!」
“真剣白刃取り”。人を越えた輪道の驚異的な動体視力と身体能力にあるみの白き太刀筋は文字通り二本の指に取られた。
『っふはははは!! どうした? 終わりか?』
「くッ!」
瞬時に機転を利かし【贖 罪】を手放し【勇 気】を再び具現化させる。
輪道は片手で漆黒の剣を一文字に振り、あるみを狙う。
白く揺らめく刀身で漆黒の刃を受ける。
飛散する黒と白のオーラ。
重々しい剣撃にあるみは横嬲りに飛ばされた。
「くァ……ッッ!」
『――まだまだ……』
輪道が腕をかざすと、瞬時に地面が盛り上がり壁が生成された。
壁一面に並ぶ鋭く尖った棘があるみを待ち受ける。
「!!」
飛ばされながらも、寸前で具現化した巨大な大剣【慈 悲】。
あるみよりも巨大なその剣を咄嗟に壁に突き立てる。
「はぁっ、はぁっ……!」
棘よりも、長く巨大な刀身に串刺しは免れた。
懸垂の要領で【慈 悲】の柄に立ちあがり、純白の日本刀を思わせる刀剣【浄 化】を具現化させる。
『何処までも小癪なッ!!』
迫る輪道。
精神を集中させ、脇構えからの一閃。
幾度となく敵を両断して来たその一太刀。斬撃を飛ばす。
「シッッ!!」
『!!』
輪道は瞬時に【防御魔法】を展開。
しかし、死力を尽くしたあるみの斬撃は【防御魔法】を破壊し輪道に切裂く。
『ガッっはッ!!』
鮮血が迸る。
輪道の胴と腕に裂傷を与えた。
しかし、不安定な足場。それに加え溜めが足りなかった事に両断させる事は出来なかったが、輪道の表情を歪めるほどのダメージを与える事が出来た。
『くっ……よくそこまで技術を練ったものだな……だが、力の前では技術など無力』
輪道は開いた傷口を指でなぞる。
裂傷は溶接されたように煙を発し塞がれてゆく。
『これで終わりだ、燃え尽きるがいい』
輪道は血に汚れた両手を広げ、灼熱の炎を想像する。
込められるエルトル。輪道オリジナルの【火 球】は徐々に大きく巨大に膨らんでゆく。
両手では抱える事が出来ないほど大きな、太陽を想わせる【火 球】が目の前に現れた。
『覇ッ』
巨大な【火 球】から次々と発射される炎の飛礫。
ピッチャーマシンを思わせる【火 球】は三百六十度、全面から火球を飛ばす。
「っく! 多いっ!!」
あるみは【慈 悲】から飛び降り、双剣【解 放】に武器を変更する。
対象に向かって誘導される炎の飛礫。
あるみはそれらを剣技で撃ち払い、急角度を取りながら躱し相殺させる。
――驚異的な集中力を発揮させ、全面包囲から迫る飛礫を次々と回避していた時であった。
『――飛礫だけでは無いぞ』
飛び上がった刹那、下方から迫る殺気。
輪道の狂気の眼光と共に、鋭い突きが下方から迫る。
咄嗟に【解 放】をクロスさせ輪道の突きを受け切るも、衝撃はあるみを空高く飛ばす。
回避不能な空中。ホーミングした炎の飛礫は空中のあるみを襲う。
「ッ……――――――」
空一面に広がる爆発……。
◆
「はぁ、はぁ、はぁっ! 弐城さぁぁぁん!」
遠方で炎の飛礫を目撃した樹とアリィは急いであるみの元に駆け付ける。
樹は、空一面に広がる爆煙をの中に一つの影を発見した。
「!!」
煙を纏い落下するあるみ。
「ッ弐城さんッッッ!!!」
樹は咄嗟に身体強化で猛ダッシュ。飛び込む形で落下するあるみを受け止めた。
「弐城さん! 弐城さん!!」
間一髪で、受け止めたあるみは瀕死の重傷を負っていた。
輪道の強化された幾百の炎の飛礫を受け、全身火傷、炸裂した爆発に感覚器官は全て麻痺。骨も折れ、内臓にも深刻なダメージを受けていた。
「……も、……でら……く、ん」
あるみには樹の声は聞こえていなかった。
それでも抱きかかえられた感覚から伝わる気配を読み取り、微かだが漏れるように樹の名前を呼んだ。
「弐城さん! 喋っちゃダメだ!! ッッどうしよう……ア、アリィ! 回復の魔法とか」
アリィは困惑の表情を浮かべ首を大きく横に振る。
「僕にも使えない……っこのままじゃ」
樹はあるみに視線を戻した。
肩呼吸。その呼吸も浅く早い。医師や救命士が見たとしても、あるみの受けたダメージは深刻的であった。
『――ほぉ、まだ息があるとは……恐ろしい執念だな』
輪道がゆっくりと地面を鳴らし近づいて来る。
『咄嗟に火耐性エルトルの膜を張ったか。だが、強化された【火 球】、【火 炎 弾】の前では余計に苦しむだけとなったな』
「――くっ……」
樹に対抗手段は無い。睨みつける事で精いっぱいであった。
『お前には何も出来ん。そしてアリィ……お前にも』
反抗の意志を読み取ったのか、輪道はアリィを睨みつけるように見降ろす。
『全ては失敗に終わった。アリィお前にも用は無い……』
流石のアリィも険しい表情をしていた。
アリィの全力を持ってしても今の輪道には勝てない。完全な手詰まりの状況。
樹はそっとあるみを寝かせ、剣をコンバートさせる。
「うぉぉぉぉッッ……!!!」
あるみの無念を代弁するかのような表情。闇雲に輪道を睨みつけ斬りかかる。
『無駄な事を……』
輪道は迸る赤い【稲 妻】を樹の剣に飛ばす。
「ぐぁッ!」
樹の剣は弾き飛ばされ、手には痺れが残る。
『無力……。殺す価値も無い』
――そんな中、荒野の彼方から地鳴りが聞こえて来る。
振動は広がり、大地を揺らし、周囲の岩々を揺らす。
『……始まったか』
輪道が見定めた方角、遥か先の大地から巨大な腕が出現する。
土埃を上げ、地中から姿を現した恐ろしく巨大な魔人の姿。
目と口はオレンジに発光し、ゆっくりと起き上った背丈は三百メートルは超えるであろう巨大な魔人。
手にした戦鎚を持ちあげると、低く唸るような咆哮を上げた。
「!!」
『戦いに集中する余り、すっかり忘れていた……。小僧、その王冠を渡せ』
輪道は樹の腰に下げた王冠を強要する。
『……装備しても何も発動しないガラクタ同然の品。ならばその王冠を“奴”に与えればどうなるか……それだけを見定め、俺はこのダンジョンから脱出する』
輪道は、エスケープアーティファクトを取り出した。
「日本はッ、……世界はどうなるんだよ!」
『俺の知った事では無い。俺が欲しいのは力。“一個人”として、誰よりも優れた力だ! そのためにアーティファクトを集め、その性能を見て来た。……俺の【時喰らい】を越える事の出来るアーティファクトは見つからなかったがな』
輪道はエスケープアーティファクトを握りしめ、思い出すように話した。
『――【クルードの王冠】に秘められた力……か。フッ、今思えば強大な力とは“個人武力”では無く“兵器としての力”だったのかもしれん』
「兵器……?」
『スティグは世界中に、エルトルを撒き、真の世界に近づく事が目的だった。もちろん俺もその意見に賛同した。ダンジョンと同じ環境を作り上げ、最強のアーティファクトを持った俺こそが! 世界で一番力を持つ人間になれる……。ただ、【クルードの王冠】が俺の見込んだアーティファクトでは無かった事は残念だが。――まだまだ【時喰らい】とは離れられんようだな……』
輪道は手を樹に向ける。
『――さぁ、王冠を渡せ』
瀕死のあるみ、困惑するアリィ。樹はそんな二人を見つめた後、腰に下げた黄金に輝く【クルードの王冠】を外した。
持ちあげた王冠をまじまじと見る。吸い込まれるような輝き……確かな力を感じる。
これが偽物のはずは無い。あの時確かに感じた力と同じ躍動感をこのアーティファクトから感じ取る事が出来る。
『早くしろっ!』
輪道は語気を荒げる。
彼方では巨大な魔人が、そして目の前に悪魔を思わせる輪道。
樹の心音は早まり、様々な思考が頭をよぎる。
『――もういい。お前を殺して奪い取るのみだ』
輪道は漆黒の剣を構え、迫る。
「!!」
――剣が振り下ろされる瞬間、樹はその王冠を被った。




