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輪道の気配は大気を揺らし、その存在感を示す。
あるみの言い放った役割分担……“私が輪道を引きつけている間に【クルードの王冠】を探し出す事”。
戦闘で役に立てない不甲斐無さに、樹は眉をひそめた。しかし、『とてもじゃないが、自分では輪道に立ち向かうことは不可能。だとすれば……』樹は拳を握りしめ小さく頷き、あるみの言葉を承諾した。
お互い言葉は交わされなかったが、精神感応に似た気遣いを瞳から読み取る。
確かな意志を見届け安心したあるみは、輪道を見据え表情を一変させる。
“この男は必ずここで倒す!”みなぎる闘志。精神を集中させ、剣に気迫を込める。
【七つの救済】に収められた、一本、【勇 気】。
細やかなデザインの施された柄。刃は金属ではなく白く輝くオーラが伸びる。
輪道も構えを取る。漆黒の剣士と同じ柄から刀身まで黒い剣が手元から伸びるように出現した。
開始合図は無い。
先制。動き出したのは、あるみであった。
切り開かれた剣山を飛び越え、態勢低く駆け抜ける。
『――ふっ』
迎え撃つ輪道。ニヤリと口角を上げ、みなぎる力を剣に込た一振り。
空間を切り裂くほどの漆黒の斬撃が半月状に飛ばす。
一振り、二振り、三振り。輪道は刃の角度を変え、次々にあるみに向け漆黒の斬撃を飛ばす。
「ッッ!!!」
一つかわし、二つ撃ち払い、三つ同じ斬撃で相殺する。
あるみの疾走は止まらない。
「うぉぉぉぉぉ!!!」
大きく振り下ろされた白き太刀筋。
『はっ! 弱いッ』
輪道は易々とあるみを弾き飛ばす。しかし弾き飛ばされながらも、あるみは斬撃を飛ばす。
『小賢しい……』
あるみの斬撃は目の前で展開された【防御魔法】の前に消える。
「くッ……――」
――吹き飛ばされたあるみは岩に激突。土埃が衝撃を物語っていた。
『どうした? もう終わりか?』
粉塵を切り裂き、土埃の中から斬撃が飛び出す。
大ぶりに一つ二つでは無く、無数に、連続して数十、数百の斬撃は輪道に襲いかかる。
『ムッ……』
土埃を肩で切り、飛び出したあるみ。
両手に持った純白の双刀。七本の刀剣の一本【解 放】であった。
一対の直刀。手数は二倍。
連続した攻撃、接近戦を得意とする【解 放】。あるみは放った幾百の斬撃は輪道を怯ませる。
『ハッ! おもしろいッ!!』
◆
鳴り響く斬撃の音。
銃弾戦でも繰り広げられているような硝煙弾雨とした戦闘を余所に、樹は【クルードの王冠】を探す。
「はぁ、はァっ、はぁ、はァっ……」
輪道がゴーストを身に宿した衝撃で王冠は何所かに飛ばされてしまっていたのであった。
「どこにあるんだ……っ」
あるみと輪道の激しい攻防を心配しつつ、樹は必死に王冠を探す。
――その時、輪道の魔法に変形した剣山からアリィが現れた。
ダンジョンに入る前に衣類を脱ぎ捨ててしまったため、アリィは下着姿のままであった。樹は思い出したように、目を背けようとしたが、その両手には
「ア、アリィ! ……そ、それはっ」
金色に輝く王冠。
アリィの読めない表情。だが、それが“大事な物”であると理解しているのか、大事そうに両手で握りしめられていた。
アリィは大事そうに王冠を抱え、上目づかいで樹を凝視する。
「それを何所で……ア、アリィそれは、とっっても大事な物なんだ。こっちに渡してくれないか……?」
樹はアリィを刺激しないように、そっと話しかける。
刺激しなように、ゆっくりと近づく。しかし、手にした剣がギラリと光り、瞬時にアリィは警戒の色を見せた。
「違う! 違う! そんなつもりじゃないよ! ホント!」
アリィの視線が敵意を向けた事に気づき、樹は手にしていた剣を投げ捨てる。
「お願いだ。頼む! それが必要なんだっ!! 世界を救うために、お願いだアリィ……」
両膝を着き、頭を下げる。
誰が見ても樹に攻撃の意志は感じられない。
過去幾度となく頭を下げる瞬間はあった。しかし、これほどまでに力を込め、心の底から真摯に頭を下げた事は無かった。
単純な力量差を抜きにしても、一度心を通わせたアリィとは剣を交えたくない……。
そして、世界の崩壊を防ぐために奮闘している銀慈やローゼ、りぼん、鉄、晴士朗……それに、生々しく聞こえる激しい剣撃の音。『弐城さんが命を張って輪道を足止めしている』そんな、みんなの思いを、ここで断つ訳にはいかなかった。
「…………」
その様子を、アリィは黙って見つめる。
スティグの実験によって作られたアリィ。
人造人間としてドラゴンの細胞を組み込まれた生まれた『竜 人』だとしても、親に対する尊敬や思いやり、そして愛情があるとするならば、スティグは親に当たるだろう……。
現状、アリィは輪道とは仲間の関係ではある。ここで王冠を樹に渡すという事はスティグの意志に反する事となる。
涙にも似た真意の汗が、乾いた地面に落ちる。
俯いた樹の視界に、小さな足が入る。
「――ァ、アリィ」
見下ろされる事で初めて分かる、この少女の威圧感。
樹は、まるでアリィが巨大化したような錯覚に陥る。
「…………」
無言。表情から判断が付かないが、アリィは考え出した言葉を口にする。
「……アリィのお願い……きいてくれる?」
お願い……? 何を要求されるのか、樹は突然の事に頭が白くなる。
「えっ!?」
深紅の瞳は瞬きもせずに、樹の目を凝視していた。
「分かった! 約束するよ! 何でも!」
アリィの願いとは……。
「…………アリィを、だれも知らないとこにつれていって」
「誰も……知らない所?」
◆
――幼少期。ダンジョンフォースの片隅にある実験棟の地下。関係者以外の立ち入りを禁止した区域のさらに奥。様々な計器や実験道具に囲まれ、アリィは多感な時期、孤独と疑問に包まれながら過ごした。
白い無機質な部屋。出会える人間も数十名ほどであった。接触制限されるまでもなく、危険生物としてアリィに近づく者はスティグや輪道を覗けば数えるほどしかいない。
そんな環境の中、与えられた玩具や人形。アリィは絵本が特にお気に入りであった。
スティグや輪道、それらを取り巻く人々の野望の為に生み出された少女は外の世界を知らなかった。そんな未知の世界がある事を、絵本が教えてくれた。
なぜ自分が他の人々と違うのか、そして恐れられ拘束され過ごさなくてはならないのか、“……本とちがう”アリィは日々そう思い生きて来た。
お城に拘束されたお姫さまは王子様が必ず助けに来てくれる。しかし自分には誰一人として助けは来ない。それどころか、破壊・殺戮を称賛され、帰れば“牢獄”のような部屋に閉じ込められる。
まるで飼いならされた“怪物”。アリィは幼いながらも自分の人生に絶望していた。
お絵かきノートに描いた“黒いドレス姿のお姫さま”……。スティグは何を勘違いしたのか、元気の無いアリィに同じものを買い与え着させた。
ゴシックファッション。黒衣に身を包んだアリィは絵に描いたお姫さまと自分を照らし合わせ、怪物としてより破壊的に行動し、お絵かき帳に描き記される残虐な黒姫物語りは、スティグを、輪道を喜ばせた。
時は流れ、出会った一人の青年。桃寺樹。
これまで選ばれたD-1クラスの人間とはダンジョンを共にした事があったが、一般市民と行動を共にするのは初めてであった。
訓練されたダンジョンフォースの人間とは違う、表情豊かな人間。
泣き喚き、笑い、それに加え、自分を“怪物”として見ず、一人の少女として接してくれる。
アリィは初めての反応に困惑し、そして後悔した。
二度と無い機会。もっと話を聞かせてほしかった。世界にあるいろんな事、おもしろいことや楽しい事をこの人は知っている。自分と違って……。笑顔の樹が忘れられなかった。味気ない白い部屋で膝を抱え、ふとした瞬間に樹を思い出す。
そんな樹と再びダムで出会った時は心から嬉しと感じた。スティグの兼ねてより伝えられていた重大な日。重大な命さえ無ければ……。
命に背く事は出来ない、しかし樹を殺したくない。
“自分にはなぜ自由がないのだろう?”
せめぎ合う二つの思いの中、樹達を妨害しつつも、オーバーな予備動作で危険を知らせた。追いつこうと思えば追いつけたし、殺そうと思えばいつでも殺せた。
◆
気が付けば胸は熱を発し、こみ上げた思いは大粒の涙となって深紅の瞳から零れる。
「……アリィ」
少女の涙。
樹は心情を深く読み取るまでもなく、アリィに手を伸ばす。
「――大丈夫。大丈夫だよ」
“怪物”を表す黒衣を脱ぎ捨てた一人の少女は、せめぎ合う思いに葛藤し、生まれて初めて初めて涙を流した。今まで心の奥底に封印してきた、本当の自分。
「約束する。ここを出たら、もうアリィには辛い思いをさせないような場所につれて行ってあげるから」
アリィは嗚咽混じりに頷いた。




