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 狭まる入口を寸前で潜った(たつき)とあるみ……そして抱きかかえられたアリィ。

 幾度となく体験した光に全身包まれる。


 視界が開け、目に飛び込んだ光景は何所までも広い荒野であった。

 どよめく暗雲から見える赤銅色(しゃくどういろ)の空。乾いた大地は草一本も生えず、尖った岩が地面に刺さったかのように伸びる。


輪道(りんどう)はっ!?」


 時間にして数分であったが、ダンジョンの内部は時間の流れが違う。

 どれくらい遠くに行ったのだろう? 二人は輪道を探す



 抱きかかえられたアリィ。

 ダンジョンに入った事により、強化された力は樹が抑えつける力よりも十分強くなっているはずであったが、抱きかかえられるままに大人しくしている。


 「ダンジョンに近づけるな」という命を果たせなかった。

 失われた命令。どう行動をすればいいのかアリィは迷っていた。スティグ、そして輪道の教育。教育という名の命令に近い指示は、アリィの自発性を削ぎ、忠実な機械のような思考に育てた。


 アリィはただ、これから何所に連れて行かれ、何があるのだろう? そんな事を思いながら、暴れる事無く成行きに任せる。


         ◆


 ダンジョンの内部は荒野が続く。

 乾き、赤茶けた荒野。見渡せるほど広大な大地に、人の影は見当たらない。輪道はどれくらい先に行ってしまったのだろう。


 あるみは既にアーティファクトをコンバートさせていた。

 白く洗練された美しい装甲。アーティファクトにより供給されたエルトルに、あるみの頭髪は純白に輝く。


 母親の形見であるアーティファクト、その名も【七つ(セブンス)の救済(サルベイション)】。その名を表す七本の刀剣が封印された強力な【武 装 型(アーマメントタイプ)】のアーティファクト。

 その背には七本の透明の実体を持たない刀剣が浮遊していた。


 あるみは輪道を発見できない焦燥感(しょうそうかん)に包まれながら、白髪を(なび)かせ走る。


 今日の今日まで、輪道に対する憎しみを押し殺してきた。

 当時、どうしても、あるみには輪道が悪人であることが信じられなかった。幼少時代の良き日々の思い出が、どこかにあったのかもしれない。しかし、ダンジョンフォースの基地で輪道が母のアミュレットを掲げ、下劣に笑うシーンをいつまでも忘れる事が出来なかった。


 思い出を、両親を、侮辱し踏みにじるような忌々しい悪魔のような笑い。


 両親を見捨てたのではない。奴が殺したのだ。――そう思えるようになった頃、幼少期の思いでは怒りの炎に灰と化し、残った輪道に対する憎しみだけが胸に残った。


 そんな()瀬無(せな)い思いを、輪道と同じ強欲な人間……更にはダンジョンそのものに向け、一時的にでも()さを晴らしてきた。


 そして、隣で走っている青年。

 “代役の司会”として参加した同窓会で出会ったクラスメイト。桃寺(ももでら)(たつき)

 学生時代は記憶にも残らない少年であった。しかし、数奇な運命に翻弄(ほんろう)されながらも懸命に今を生きようとしている姿に、少なからず興味は湧いた。


 優柔さの中に“善を善”と、“悪を悪”と見抜く素質に好感も抱く。

 銀慈やローザ、そして初めてダンジョンの内部で共に戦う事の出来る仲間となった樹。


 “一人ではない!“信頼できる、そして守りたいものの為に。今、あるみを突き動かしているのは輪道に対する憎しみだけではなくなっていた。


         ◆


「――輪道!!!」


 目の前を歩く輪道の姿。

 全てを手中にいれた余韻(よいん)を噛みしめるように、無い乾いた大地、曇天(どんてん)の空を仰ぎながらゆっくりと足を進めていた。


 片手には輝く王冠。


 しかし、王冠を持っている……というよりは指二本で引っかけている状態。世界を揺るがすキーアイテム。それをそんなぞんざいな扱いで……。

 あるみの声に、輪道は反応しない。


「輪道!!」


 あるみの二度目の叫び。


 ようやく気が付いた輪道はゆっくりと振り返る。

「なんだ、お前達も入る事が出来たのか……」


 力無く輪道は答えた。

 撫でつけた白髪交じりの髪型は乱れ、気力は無く、それでいて目だけは異様な気迫に満ちた、狂人を思わせる風貌(ふうぼう)であった。


「――その姿……」


 あるみの姿を凝視しながら、輪道は小さく声を漏らす。


「ふっ、……っは、ははっ、ははははは! ……そうか、思い出したぞ。大きくなったものだな」


 耳に残る高笑い。しみじみと感想を述べる輪道の言葉にあるみは不快感を示す。


「知ったように話すな!! もう一度だけ聞く! なぜ父と母を殺した!」


 あるみは実を現した剣を構える。

 細やかなデザインの柄。刀身は白く輝くオーラが揺らめく。



 輪道はあるみの構えに、表情から笑いを消し、遙か彼方を見つめるように目を細めた。


「――……本当に温かく、穏やかな家庭だった。俺もいつかは……そう思わせるような絵に描いたような家庭だったな……」


 そんな言葉など聞きたくない。あるみは、歯を食いしばる。


「だが、そんな日常的な平和よりも、俺は力に魅せられた。誰よりも強く、どんなモノも破壊できる強力な力に……俺も若かった。力を得るために努力したし、お前の親父の言う事も聞いた。俺の願望、どうやらお前の両親には、真摯(しんし)直向(ひたむ)きで、真面目な態度に映ったらしいがそれは違う。……いつか二人を追い越す事。それが俺の第一の目標だった」


 声を聞いただけで嫌悪感を感じる輪道の言葉。


「…………ッ!」


 あるみの怒りは限界であった。両親を殺した理由。聞いておきたかったが、これ以上我慢が出来るであろうか……必死に怒りを抑えながら、輪道の話を聞く。


「――俺が手に入れたアーティファクト」


 輪道は内ポケットから暗銀色(あんぎんしょく)宝珠(ほうじゅ)を取り出す。

 表面は艶のある暗銀色。しかし、光沢は血の色を思わせる赤に(きらめ)いていた。


「【時間喰らい(タイムイーター)】その名の通り、使用者の時間を喰らうアーティファクトだ。名が付いたのは、かなり時間が経ってからの事だったが……」


 実年齢より老けて見える輪道。力と引き換えに奪われた時間が輪道の老化を早め、その見た目を大きく変えていた。


「このアーティファクトの危険性に最初に気が付いたのはお前の両親だ。そんな二人は、しつこくこのアーティファクトを手放すように言ってきてな。邪魔でならなかった……俺の得た力に嫉妬しているんだと、そう思った」


「だから、殺したと?」


 あるみは剣を強く握りしめる。


「いや、殺すつもりは無かった。本当だ……――だが、このアーティファクトの力は、当時の俺には到底扱える代物では無く……ほんの少し力を加えただけで二人を殺してしまった。あんなにも強く、目標でもあった二人が、このアーティファクトの前ではこんなにも(もろ)く、(はかな)く、こうも易々と死んでしまうなんて……俺は初めて人を殺した感覚に激しく動揺した。だが、動揺を上回るほど……得られた力に俺は興奮し、感動した」


 輪道は天を仰ぐ。


 九年前、尊敬する二人の人間の命を奪い……自身の人生の分帰路とも呼べる瞬間を思い出しながら、輪道は“歪んだ感謝”を天に捧ぐ。


「……お前の両親には感謝をしている。俺の進むべき道を示してくれた。今この場に、そしてダンジョンフォースの頂点に立てたのはお前の両親のおかげだ」



 輪道の自己中心的な思想。

 諸悪(しょあく)の根源であるこの男が掲げる“覇道の道”。両親の死の上に立ち、圧政を敷き、私利私欲のままにダンジョンフォースを牛耳る。


 この男の“野望”と言う大樹の根に雁字搦(がんじがら)めになった両親の姿があるみには見えた。


「何が感謝だッ!!」


 絶対に許すことが出来ない相手。我慢の限界に達したあるみは剣を握り、電光石火の如く輪道に切りかかる。



弐城(にじょう)さん!!」



 あるみには樹の言葉は聞こえない。全てが無音。目の前に立つ、威凪(いなぎ)輪道(りんどう)を切る。ただそれだけを胸に接近する。


 実体化した剣を振りかぶった瞬間であった。


 激しい金属音と共にあるみは大きく弾き飛ばされる。


「くッ!」


 あるみは空中で態勢を立て直し、地面に華麗に着地する。


「そう易々と切れると思うな」


 輪道の目の前に現れた漆黒の剣士。

 襤褸(ぼろ)(まと)い、フード越しに赤く発光する隻眼。悪魔を思わせる邪悪な腕に、握られた黒い剣からは瘴気(しょうき)が溢れている。


 輪道の(てのひら)の上で浮遊する宝珠。


「【背 後 霊 型(ゴーストタイプ)】アーティファクト、【時喰らい(タイムイーター)】……」

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