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燃え上がる雑木林、その上に位置する駐車場。
炎と黒煙の合間に見える白く突き出したガードレールをりぼん達は凝視する。
「……車!?」
なぜ車が落ちてきたのか……。ダンジョン内部ならともかく。地上で、それも、自分たちの真上にある駐車場から。
三人は疑問に表情を強張らせながらも駐車場を見上げた。
◆
アリィの残り火を背景に、二体のヴァンパイアは本気でぶつかり合っていた。
お互いの雰囲気はガラリと変貌。炎により浮き彫りになった筋肉や表情の陰影は状況の過酷さを物語っている。
アスファルトには爪痕が何層にも刻まれ、車は廃車同然に破壊、ガードレールや看板もグニャグニャに曲げられていた。
この場で何があったか瞬時に思いつける人間はいないだろう。
スティグの体は、筋肉繊維が浮き彫りになるほど発達し、開いた瞳孔に殺意を漲らせていた。
切り裂く事に特化した両手の爪を大きく広げ、態勢低く次の攻撃の機会をうかがっている。
対する銀慈。
トレードマークであるサングラスを戦闘により損失。その両目はスティグと同じ灰色の瞳をしている。
戦闘に興奮しより一層濃い、青灰色に変色した瞳は、瞳孔が開き、野獣を思わせる凶暴な顔つきに変化していた。ヴァンパイアとしての強暴な一面を露わにする。
肉体は瞬時に再生するため変わり無かったが、お互い衣類はズタボロ。
二人の戦闘に膠着状態は無かった。
再生される肉体、日に焼かれる以外に死ぬことの無い不老不死。
お互いが本気でぶつかり合う。
スティグの何層にも繰り出される切り裂きは、銀慈の身を切り裂き切断する。
銀慈の破壊的戦闘スタイルは、スティグを、そして周囲の景観を、惨状へと変化させた。
その様子を見守るしかないローゼ。
身体能力は成人女性より少し強い程度。シェイドの力。影となり、闇を走れる“闇走り”の力はこの戦闘では役に立たなかった。
「がッはははははははッ!!」
銀慈はスティグの頭を掴み上げ、アスファルトに擦り付ける。
駐車場のアスファルトでスライスされたスティグの顔面は見るも無残な容姿に変化する。
そのまま掴み上げ、強烈な前蹴りが炸裂。骨が砕ける音が響く。
垂直に飛ばされたスティグは車のボンネットに衝突。フロントガラスが月光に照らされ派手に飛び散った。
車の警報装置が鳴り響く。
無残に削られたスティグの顔は瞬時に再生する。
「ックックック……本当にひどい人ですねぇ」
粉々に砕けたフロントガラスをバラバラと落としながらスティグが立ちあがる。
狂喜の表情を浮かべた銀慈は拳を握りスティグに近づく。
「お互い様だろうよ……俺も五十年前お前に殺されかけたんだ、夜明け前に全身火だるまなんてよォ。……その時に入れ墨は全部消えちまったぜ。――気に入ってたのに。まさか清算出来る日が来るなんて夢にでも思ってなかったぜ」
すでに理由はどうでもよかった。銀慈は全身を使って暴れる事が出来る喜びに狂喜していた。
破壊衝動を抑え生活している銀慈にとって、全身全霊で破壊しても再生するスティグ(同 族)はこの上ない相手であった。
「……っるせぇな」
銀慈は警報装置が鳴り響く車を掴み、勢いよく投げ飛ばす。
ドップラー効果。甲高い警報音は低い音に変化しながら飛んでゆく。そして崩れる音と共に静かになった。
「――素晴しい計画だと思いませんか? エルトルという未知のエネルギー。そこから応用できる技術があると思えば…………そして我々にはそれ出来る! 不死身である我々が新たな知識を継承し伝える。何百年何千年かかろうとも死ぬことのないヴァンパイアこそが! この世界を手中に収める事が出来る選ばれし種族だということをどうして理解できないのですか!」
開いた瞳孔、異形と化したスティグは戦闘の興奮から荒々しく語る。
「……そりゃぁ大層な話しだな、でもよダンジョンから災厄を解きはなったとして崩壊した世界を立て直すには相当な時間がかかるぜ? それを立て直すのに必要な人間は? 俺達の糧となる血液は? ……研究所に籠り過ぎてそこまで頭が回らなかったのか?」
ダンジョンから現れた災厄は全てを破壊し尽くすだろう。その巨体から溢れるエルトルを世界中に撒き散らしながら、現在地上に生息している生物の半数以上は絶滅させながら……。そこから新たに生み出される世界はあるかもしれない……しかし、そうなるまでにはどれだけの時間がかかる事か。
電機や人の数が減った世界で新たな技術を一から研究する事の大変さ。
もしかしたら、スティグには銀慈の考えを越えた、壮大な計画があるのかもしれない。しかし、その計画はあまりにも実験的で気の長い計画だと言える。
いくら不老不死だとしても銀慈には理解できなかった。
「……とてもじゃないが、理解できねぇ。この世から、俺が楽しみにしている事の半数以上が消え去るなんて、考えただけでも自殺モノだぜ」
人と言う血肉。しかし個々にある物語。人を辞めた今、痛烈に人と言う存在に憧れる。
生と死、その人生という名の一瞬に凝縮された喜怒哀楽の物語に。
決してハッピーエンドで終わる事の無いであろう呪われた己の物語を受け止めながら、銀慈は人類という存在を愛していた。
善悪関係無く、それは、愛犬家や愛猫家にも似た人類愛。
「――そうですか……やはりあなたとは合わないようですね」
スティグはゆらりと脱力した構えを取る。
「初めから分かった事を言うんじゃねぇよ」
銀慈は、ボロ切れと化した上半身のツナギを破り捨てる。
スティグの動作は素早かった。
夜を駆ける一陣の風を思わせる俊足。
双眸は残光を残しながら強化した肉体。強化した爪で銀慈を切り裂く。
「カァァァァァ!!!」
銀慈の二の腕は深々と肉を抉られる。腕、肩、脇腹、太股……。
スティグの俊敏な動きは、腕力でモノを言わす銀慈を追い詰める。
「……くっ」
人としての原型が怪しいほどに、異形と化したスティグの猛攻は止まらない。
「銀慈!」
ローゼの叫びが耳に届く。
周囲は炎に包まれ、黒煙は更に濛々と上がる。
銀慈は、自分とローザの間に“鈍く光るモノ”を見つけた。
スティグの切り裂きを捨て身で交わし、大きく腕を切り裂かれる。
「うぉぉぉぉぉ!!」
初速時、強化された肉体にアスファルトは陥没。豪快ながら素早い走りで地面に落ちてあった“拳銃”を掴み取る。
戦闘の最中に落とした拳銃。いつか樹を試した時に使った拳銃であった。
背後に迫るスティグの気配。
振り返り、瞬時に目標を定め引き金を引く。
閃光と共に打ち出された弾丸はジャイロ効果により真っすぐとスティグの眉間に吸い込まれる。
スティグの頭部は大きく仰け反り、首、上体、全身が後方に飛ばされる。
鈍い音を立てて倒れたスティグ。銀慈は拳銃を捨て去り、スティグに馬乗りになる。
「――ようやく大人しくなりやがったな……」
白い吐息を吐きながら、スティグの頭部が再生し意識が戻るのを待つ。
「……ッガァァァァァァ!」
意識を取り戻したスティグが襲いかかる。
「――っらぁッ!!!」
銀慈は強化した腕力。その剛拳でスティグの頭部を叩き潰す。
頭部を潰されたスティグは痙攣し動かなくなる。
しかし、銀慈は拳を上げたままで待機。
「――キッシャァァァァァア!!」
「っッッ!!!」
再生を待つ。潰す。
待つ。潰す。
待つ。潰す。
待つ。潰す。
待つ。潰す。
待つ。潰す。
待つ。潰す…………。
不死身の体。しかし幾度となく再生に使われるエネルギーにスティグの再生は徐々に遅くなる。
再生するエネルギー消費が一番大きな頭部を狙い、破壊し続ける銀慈。
数十、数百と潰され続けた頭部は、ついに、失ったまま再生する事は無かった。
銀慈はゆっくりと立ち上がり、スティグの両手足も折る。
「……後は朝日がゆっくりとコイツを焼いてくれるだろう。――ん?」
「「「ひっ!」」」
いつの間にか、河川敷から上がって来ていた、りぼん、鉄、晴士朗。銀慈と目が合うなり、熊に出くわしたような表情をする。
何回目の頭部を叩き潰すシーンから見ていたか分からないが、表情からは推測するに中盤よりも前から見ていたであろう。現状を見た後でのヴァンパイアだという説明は、信憑性は増すだろうが、三人は今にも逃げ出しそうな雰囲気であった。
「ふぅー……」
銀慈は、りぼん達がこの場に居ることを苦笑いで理解する。
頭を掻きながら、銀慈はダンジョンを見上げた。
「――たのむぜぇ、二人ともよォ……」
巨大な月は不気味な暗褐色に変化していた。
まるで内部で不吉な事が起こっているような……そんな思いにさせられる不気味な色であった。




