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高笑いと共に消えゆく輪道の姿を、二人は屈辱と焦燥の入り混じった思いで睨みつけた。
その目の前に立ちはだかる、思惑を感じさせない下着姿の少女。
「アリィ! 頼む! もうやめてくれッッ!!」
無表情。
敵意を向けているかも判断が付かない。ただ、機械のように樹達を執拗に妨害する。
吐き出される火炎……とてもじゃないがダンジョンに近づくことが出来ない。その奥ではゲートの入り口が刻一刻と狭まってゆく。
アラスカに散ったレッドドラゴンの遺伝子を組み込まれた造れた『竜 人』アリィ。
樹は、アリィのただならぬ強さは、後に知ったエルトルだと信じていた。しかし、初めてダンジョンで見た魔法や身体能力の数々は、エルトルの力ではなく“ドラゴン”の持っている力だったとは……。
ダンジョンフォースが極秘で開発している“ダンジョンウォーカーを人工的に作り出す実験”の結果なのか……。この小柄な少女の体には、世界を崩壊さる力を持った、竜の細胞が組み込まれている。
「くッ、このままじゃゲートが閉まってしまう」
ゲートは半分近くまで狭まっていた。
「まって。……あの子、私達を邪魔するだけで殺そうとはしてないみたい……」
あるみの言葉通り、アリィは“一定の距離”を保ち、近づこうとするなら火炎を吐き出している。
「そ、そう言われれば確かに……」
一定の距離……。
樹は、アリィの数々の攻撃パターンを思い出す。
「!!」
アリィが攻撃を開始する距離。それはダンジョンのゲート、おおよそ二メートル付近であった。
樹は腹をくくり、アリィに近づく。
「桃寺くん!?」
「――大丈夫」
ジャブジャブと音を立て、慎重にアリィに接近する。
五メートル、四メートル、三メートル…………
距離が近づくと同時にアリィは息を吸い込んだ。
「い! 今だッ!」
アリィの口が開かれる前に、樹はアリィに飛びかかり、口を手で覆う。
「ンんっ!? ……むぐ、むぐぐぐぐ、」
アリィの鼻から空気が抜ける。
樹は炎を吐かれる前にアリィの口を覆った。更に両腕を封じ抱きかかえた。
誘拐を思わせる危ない光景。下着姿の幼女を両脇で抱え込む成人男性という危険な構図。
だがその誘拐スタイルが功を奏し、樹はアリィを見事に捕獲。攻撃の手は止まった。
「んぐ、むぐぐぐぐぐ……」
アリィは両足をバタつかせ暴れる。
「た、頼む! 暴れないでくれ!」
「んぐ! んぐぐぐぐ!」
「……くっ、弐城さん! このままゲートに!」
「えぇ! その子も一緒に!?」
「しかたないよ! 急ごう!」
ゲートは少しずつ小さくなってゆく。
樹は下着姿のアリィを小脇に抱え、河を猛ダッシュで渡る。
この際準備をしている余裕は無い。
ポケットに忍ばせてあるアーティファクトを落としてないか、感覚で確かめる。
あるみもアミュレットを取り出した。
「用意はいい?」
「んんっ! んぐっ……」
「大丈夫」
こうして二人と抱えられたアリィは狭まるゲートの中に入って行った。
◆
川岸でその様子を見ていたりぼんは、ひとまず安心する。
出来る事なら樹をサポートしたかった、という想いがあったが今日のところは口惜しいがあるみに任せる。
「さぁ! あたし達も一仕事片づけるわよ!」
掛け声と共に気合いを入れ直す。りぼんと鉄は残された輪道の部下を二対一で相手する。
襟にはD-1の刺繍。輪道の忠実な部下。
部下は決して弱い訳では無かった。ダンジョンの内部なら技術やアーティファクトの違いからりぼん達とは“雲泥の差”であっただろうが、ここはダンジョンではない。訓練された兵士として単純に二対一では武が悪かった。
りぼんと、鉄は連携して確実に相手にダメージを与える。あまつさえ、武器の使用、投石……周辺に落ちている物を利用し輪道の部下にダメージを与えた。
流木を片手にしたりぼん。相手の顔は知らなかったが(すでに判断が付かないほどに歪められていた)日頃の優遇からくる、ランク差別の恨みを晴らす。
「――だいたい、こっちだって命張って戦ってんのに給料も少なすぎるのよ!」
流木が何度も振り下ろされる。身を丸め、助けを懇願する輪道の部下。
興奮したりぼんの攻撃の手は収まらない。ほぼ私情混じりに流木を振り回す。
「や、や、やりすぎ……!」
鉄が止めに入るが、りぼんのボルテージは下がらなかった。
一方、河の中では晴士朗が自分より倍近くある体格の相手と戦っていた。
完全な一対一。
晴士朗の身長は低い。しかし、それを補うだけのトレーニングを人一倍こなした。日々の走り込や筋トレ、自分の使用するアーティファクトが『武 装 型』の格闘に秀でたアーティファクトであったため格闘術も学んだ。
それでも相手はD-1クラスでも優秀な軍人。お互いボロボロになりながら拳を振るう。
「ッっ! ッラァ!」
「フンッ!」
「ぶっッ、……っくそがぁぁぁぁぁ!!」
何度も川に沈められながら晴士朗は懸命に闘った。
両目は腫れ上がり、見えているのかどうかも定かではない。それでも気力を、そして死力を果たして果敢に挑む。
戦況は輪道の部下が優勢であったが川底の石に躓き体勢が崩れる。
「ッれでどう゛だぁぁぁ!!」
その瞬間を狙い、晴士朗は渾身のボディブローが相手の腹に叩きこんだ。
嗚咽と共に、輪道の部下は河の中に沈む。
息を荒げ、ボロボロの晴士朗は、よろよろと河の中から出て来る。
「――はぁッ、ハァっ、はぁッ、はぁッ……」
「や、や、やった!」
「晴士朗っ!!」
両目は腫れ上がり、鼻、口から血を流し、全身打ち身の晴士朗。
「……っ゛へへ、――ま゛ぁ、お、俺も、やる時゛はやるん、ズよ」
作りきれない笑顔で、無事をアピールする。
「む、む、無茶しすぎ」
「ホントよ! バカじゃないの!?」
りぼんはそう言いながらも、晴士朗の無事を、そして自分達の勝利に目を潤ませた。
◆
三人は自分達に出来る仕事を達成し喜んでた。
同じダンジョンフォースでありながら仕事敵であるD-1を打ち破った事に、どこか爽快な面持ちで夜空に輝く月を見つめる。
「――私達に出来ることはここまでね。後は、あの二人にまかせましょう」
「そぅすね゛ぇ…………って、な゛んだ!!」
晴士朗がガードレールから飛び出した影に気がつく。
けたたましいサイレン音。巨大な影は駐車場からガードレールを越え飛び出した。
「えっ、何!」
「な、な、んでしょう」
上空から何かが飛来する。
月の影に、りぼんと鉄は一瞬何か分からなかった。
「に、に、逃げなきゃ!!!」
「「ぎゃーーー!!」」
接近する巨大な影。危険を知らせるけたたましいサイレン音。
「「「うあぁあぁぁあああぁあぁあぁぁ!!!」」」」
三人の声をかき消すほどの衝撃音。
質量を感じさせる破壊音に、ダイナマイト爆発を思わせる水飛沫。
水が津波のように三人に襲いかかった。
「ガッポッ!」
「っぷ!!」
「……ア、ップガッ」
上空から飛来したのは、駐車されていたはずの“車”であった。
河に突き刺さったように、フロント部分を川底に直立している。
車の警報機は完全に破壊されたようで、破壊の余韻は耳鳴りとなって、三人の鼓膜に刻まれた。
「ゲっホッ、ゲホッ……。うぅ、なんで車が降ってくるのよ!!」
三人は驚きの表情で駐車場を見上げた。




