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Dungeon Walker【ダンジョンウォーカー】  作者: 荷獣肋
第五章【月夜、走る】
32/48

3

 銀慈(ぎんじ)とスティグが五十年ぶりの再会を果たした今日……


 ――もう一組、因縁の再会を果たした者たちが居た。

 “八年ぶり”と言われれば、銀慈とスティグの五十年という歳月に比べれば大したことでは無いと思われるが、因果関係に当たる者同士が時をまたぎ、こうして再び顔を合わせたという事実。


 道は違えど、歩みだされた運命はこうして宿命の者同士を引き合わせた。


 銀慈とスティグ。

 そして……あるみと輪道(りんどう)


 あるみは今にも飛びかかりそうな気迫で、輪道を睨みつける。実際、向けられている拳銃が無ければ向かっていただろう。

 なぜ、そこまで憎む相手を瞬時に判断出来なかったのか……それは、現在の輪道に、当時の面影を見いだせなかったからであった。


         ◆


 ――十二年前……


 あるみは小学三年生の頃、初めて輪道と出会った。


 ダンジョンフォースに勤めていたあるみの両親。

 ある日、父と母のチームに欠員が出て急遽(きゅうきょ)(くわ)わった男……それが威凪(いなぎ)輪道であった。


 二十代中盤といった若々しさに、理想に燃える凛々しい瞳。それでいて物腰は低く人当たりも良い。秀才。そう評価をされるに値する知識も実力もあった。


 両親は同じメンバーとして輪道を家庭に招き、当時駆け出しの輪道の面倒をよく見た。


 そのころの父親の言葉を良く覚えている。『威凪くんが居れば、ダンジョンフォースも安泰だ』その言葉に、輪道はよく(かしこ)まっていた。


 あるみも親しみを込めて『輪道兄さん』と呼び、週末に遊びに来る輪道を楽しみにしていた。


 しかし、いつ頃からであろうか……両親は困惑の表情を浮かべ帰宅するようになった。

 その頃から徐々にホームパーティも広げられなくなり、あるみは輪道の姿を見る事は無くなってしまう。



 あるみが中学二年の時、事件は起こった。


 死体すら回収されないダンジョンでの死亡事故……。


 両親の死亡連絡を受けたあるみは、事情を知るためにダンジョンフォースに駆け込んだ。

 そこで知らされた、両親の死。だがあるみは、いかにも業務的な説明と、書類だけの報告に信じられず、メンバーであった輪道を必死で探した。


 広いダンジョンフォース内を懸命に探す。一人の少女が、広大な施設内から一人の人間を探し出すには相当な労力であった。



 日も傾き始めた頃、ついに輪道を探し出す。


 喫煙所でコーヒーとたばこを片手に仲間と談笑する輪道。三十代前半。当時の面影を残しつつも、少々老けた輪道は、下卑た笑いで場を賑わしていた。


 その手に握られた母のしていたアミュレット。


 いつか、聞かされた事のある話、母親にとって“大事な物”。

 夕日に煌くアミュレット。あるみにはその輝きに悲しみを感じた。


 断片的に聞こえる、金の話しと、真面目であった両親を侮辱(ぶじょく)する言葉。


 あるみは全身の毛が逆立つ。


 気がつけば、衝動的に体が動いていた。


 “母親の形見”。それは、両親が共に助け合い戦った“両親の形見”でもある。


 鬼気迫るあるみは、油断した輪道の手からアミュレットを毟り取ると、全速力で逃げた。

 オレンジに染まる涙を流しながら。ボロボロと、それでも目を瞑る事無く、輪道の手の届かないどこか遠くへ。


         ◆


 ――輪道と出会うのはその日以来である。


 目の前には、部分的に白髪の混じった、威厳(いげん)に満ちた年配の男が銃口をこちらにを向けている。

 順当に歳を重ねれば三十代後半から四十代であるはずだが、その姿は五十代を過ぎた様子であった。


 理由は分からない。ただ、目の前の男は間違いなく威凪輪道その人であり、あるみが憎む対象であった。


 輪道の名前を叫んだあるみ、その気迫から周囲の注目を集めた。


 当の輪道も、自分の名前が呼ばれた事に僅かながらの興味を持つ。


「お前がこの件を裏で操っていたのかッ!」


 あるみの問いに輪道は「――あぁ」と、端的に答えた。

 横柄(おうへい)な態度。あるみの全身に怒りがこみ上げる。


「……ッ、――どうして私の両親を殺したっっ!!」


 談笑している輪道から断片的に聞き取った会話。あの日聞けなかった問いを八年越しに投げかける。


 輪道は目を細め、あるみの顔を確認する。だが、

「さぁ……お前の顔など知らん。殺した人間の数など、覚えて無い」


 あるみは、これまで押し殺してきた憎悪に体が包まれる想いであった。

 あるみの両親だけでは無い。沢山の人々の屍の上にこの男は立っている。人の死など既に何とも思っていないようであった。



 あるみの冷静さがピークに達し、微動した瞬間。、


 ――バンッッ!!!


「――動くな」


 その場、全員の耳をつんざき、緊張の余韻(よいん)を残す銃声。


 あるみの手前数メートルに放たれた銃弾。


「ふむ、仇打(あだ)ち…………何度かあったな。だが、私が存在している事が結果の証明だ。残念だが、お前もそうなる運命に過ぎん。所詮は(こま)……偉大なる業績の(いしずえ)となれ」


 その発言には、りぼん、(てつ)晴士朗(せいしろう)も歯ぎしりを見せる。




 緊迫した状態、月の光がより一層強くなる。


「おっと、そろそろ時間が来たようですね」


 スティグの言葉に樹達は振り向く。


 ダムを挟んだ下流に、薄くグラデーションを纏った透明の建造物が月光に照らされその姿をゆっくりと露わした。


 通常のダンジョンの倍以上の大きさ。

 透明だった建物は、次元に馴染ませるように像を強め、従来のダンジョンの色に変化してゆく。


「おぉぉ……、素晴しい。なんと巨大な……」


 スティグはダンジョンを見上げる。

 その場の全員、そのダンジョンの巨大さに息を飲んだ。



「さて、そろそろお別れの時間ですね」


 スティグの言葉に、輪道は引き金に手を当てる。


「……まずはお前からだ。親に会える喜びを噛締め()け」


 あるみの頭部に向けて直線状に銃口は向けられる。


 銀慈の口元がニヤリと上がる。




 月光に照らされた駐車場を、“夜の闇より一層濃い一つの影(・・・・)”が恐ろしいスピードで迫る。


 影は輪道の目の前で、人の姿に姿を変える。


「――!!」


 輪道はその姿に驚き引き金を引くも、掴まれた右手は上空に。


 夜空に向けて二発目の銃弾は発射された。


 薬莢(やっきょう)が地面に落ちる音と共に、(たつき)は思わず歓声を上げた。


「ローゼさん!!」

 ローゼは樹の姿を見てウィンクをする。

 

 しかし、背後から現れたスティグの俊敏(しゅんびん)な切り裂きに頭部は霧散(むさん)する。


「くっ! シェイドかッッ!!」


 スティグは狼狽(ろうばい)する。


「――おィおぃ、相手は俺だろ?」


 月光に光るサングラス。

 スティグの驚愕の表情に叩きこまれた、右フックはスティグの端整(たんせい)な鼻を破壊し、表情を歪めさせ、車両事故さながらに全身を吹き飛ばす。


「走れぇぇぇぇぇぇ!!!」


 獣の咆哮を思わせる銀慈の叫びに、樹、あるみ、りぼん、鉄、晴士朗はハッと気が付く。


 下流に発生したダンジョン。


 銀慈の叫びに、全員が走り出した。

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