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Dungeon Walker【ダンジョンウォーカー】  作者: 荷獣肋
第五章【月夜、走る】
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2

 スティグ……? その場にいた全員が初めてその男の名を耳にした。

 “ロウェル・アンダーソン”という偽名を使う必要性が無くなったのか、現れた男は毅然(きぜん)とした立ち振る舞いでスティグと名乗った。


「――名前はどうだっていい。お前さん達の目的は何だ?」


 声を低く落とし、銀慈(ぎんじ)はスティグにゆっくりと近づく。


「おやおや、それはこちらも同じ事。どうしてあなた達が今日の事を知っているのか、非常に興味がっ……」


「質問してるのは俺だ」


 銀慈はスティグの胸ぐらを掴み上げ凄味を利かす。

 並みの人間なら、足が(すく)んで動けなくなるほどの恐怖をスティグは全く感じず飄々(ひょうひょう)とした表情を浮かべる。



「――その手を放せ」


「……やっと出て来たか」


 スティグが現れた奥から、更に人影が四人現れる。

 銀慈は石を投げた時からその存在には気が付いていた。


 拳銃を持ったスーツ姿の年配の男、ダンジョンフォースのツナギを来た二人、そして……


「アリィ!」


 (たつき)は現れた少女の名前を叫ぶ。あの日と少しデザインが違うが、ゴシックスタイルの服。月光に照らされた色素の薄い灰色の髪。その姿は間違いなく一カ月前に樹が初めて挑んだダンジョンを共に歩んだアリィ本人であった。


 どこか掴みどころの無い表情。その表情も、今となっては研究所で生まれた人造人間だという情報に納得が行く。人造人間……。純粋な人間では無いにせよ、その姿は十代前半の少女であった。


 一カ月前は仲間として。……そして、現在(いま)は世界を脅かす敵として対面したアリィに、樹は悲痛に、訴えるように、アリィの名前を叫んだ。


 しかし、樹の声はアリィに届くことは無く(むな)しくも寒空に消えた。


「ん? ……どうしてその名を?」


 アリィの名を呼んだ樹をスティグは不思議そうな表情で眺める。

 見た目、声質、放たれるエルトル。合点がいく。


「――あぁ、あの時の」


 一月ぶりの再会。もう二度と会うことは無いと思っていた人物との再会に口元が緩む。


「なるほど、こちらも何となくですが……会点がいきましたよ」


 突き付けられた拳銃。


 ――銀慈は足音を鳴らし半歩ずつ後退する。

 拳銃に臆した訳ではなく、樹やあるみ達が撃たれる場合を想定し、相手側を刺激しないため、攻め入れるギリギリの間合いまで後退した。


 拳銃を持ったスーツ姿の年配の男達とスティグが合流する。



 駐車場には、銀慈を中央に、後方に樹、あるみ、りぼん、(てつ)晴士朗(せいしろう)。前方には、スティグ、スーツの男、フォースの二名とアリィが並ぶ。


「――では答えてもらいましょうか……どうして今日の事を? 彼にはそこまでの情報を教えたつもりはありませんでしたが?」


 スティグの質問に、銀慈はゆっくりと腰に手を伸ばす。

 その動作から、スーツの男は引き金に手をかける。が、銀慈腰から出て来たのは一冊の本であった。


「これだよ。これ」


 フリスビーのように預言書を投げ渡す。


 預言書を受け取ったスティグは少し驚いた様子であった。

「――ほぉ、この書がまだ残っていたとは……」


「……だろうな。こっちも、あんた等が預言(それ)の内容を知っていると思ったよ」


「えぇ、もちろん……。――ですがこれは元々は私が所持していた物……。何十年前だったか、ある日盗み出されましてね。この書を知っている者は残らず殺し、この書も消したはずなのですが」


 スティグの言葉に、銀慈の口元がニヤリと歪む。


「――そうか、トレーラーをぶっ飛ばしたのは、お前さんの仕業だったのか。競売所の火事も組織の解体も……人間の仕業じゃ無かった訳か……どうりで、長年の謎が解けたぜ」


 銀慈から乾いた笑いが漏れる。


 過去の因縁は巡り巡って預言書に書かれてあった今日、この場所で二人を出会わした。


 五十年前に自分を窮地に追いやった本人。


「そういうあなたも……」


 スティグは銀慈をマジマジと見つめ小さく笑う。


「ふふっ……五十年以上前に出会っていたとは」


「あぁ、やっとご対面ってわけだ……」


 同士のみが分かる異質な気配と、微かな血の匂い。それを確かめあうように二人は不気味に笑う。


 その様子を、全員が固唾を飲んで見守る。ヴァンパイアの件を知らされていない、りぼん達は首を傾げているが、余談を許さない空気に黙って状況を見つめていた。



「――これも何かの縁です」


 スティグは気分良さそうに口を開く。

「私の目的は…………」


 一陣の風が吹く。底冷えするような寒い寒い風。

 スティグは目を見開く。


「――この世にエルトルを満ちさせる事」


「エルトルを……?」


「そう……。地球という、悲しいまでに魔力の(とぼ)しい星にどうすればエルトルを充満(みち)させる事が出来るか……そしてッ! 我々が本来居たはずの“次元を越えた世界”をどうすれば再現できるか!!」


 演劇のようなオーバーな身振り手振りでスティグは熱心に語る。

 呆然と見守る一同。


「おっと、これは失礼。……不死になった事は私にとって、とても素晴らしい出来事でした。自分に残された時間という(かせ)は無くなり、無駄な欲も感覚も消え研究に没頭出来た。時折、血液を摂取しなければなりませんが……その点は問題はありませんでした……」


 落ち着きを取り戻したスティグ。

 鋭い眼光、血液という単語に反応し狂気に満ちた舌なめずりをする。


「私は研究に研究を重ね、様々な文献を読み漁り、世界中のダンジョンに何度も足を運んだ。その時、ダンジョン周辺で発見したとある植物……どの種類にも属さない初めて見る植物でした……ダンジョンから溢れるエルトルを吸収した植物が突然変異をきたし、異世界に近い形の植物に変化したものだと私は推測しました」


 スティグは腰のポーチから試験管のようなものを取り出す。

 月明かりに照らされ中には、奇妙な形をした鮮やかな色をした植物が入れられていた。


「……研究結果から推測するに、ダンジョンは一つの生態系を凝縮した形でなのはないかと私は思います。内部の環境、モンスターそのものが時空を越えるエルトルを生産する供給源となっている。次元越えるには大量のエネルギーを消費するでしょう。それがこんな魔力の無い辺境の次元となれば……出現したダンジョンも熟成するまでに時間がかかり、もし熟成したとしても大気中に含まれるエルトルの少なさから、モンスターは弱ったまま地上に放たれる……しかし、今日現れるダンジョンは」


「格が違うってわけだな……」


「それには、このアーティファクトが邪魔でした……」


「【クルードの王冠】か。予言にまで記されたアーティファクト。確かに、どんな運命が働くか分からねぇ。自分の手に持っていた方が安全って訳か……」


 ご名答と言わんばかりに、スティグは銀慈を指差す。


「このアーティファクト自体も相当の品。装備者に絶大な力をもたらす……」


 預言書に書かれた世界崩壊の一端はスティグの事を予言したものだったのか……? 研究者の好奇心という名の狂気がもたらした計画が偶然にも預言書と一致し、預言書を模倣した形として今日に至ったのか……どちらにしても、この男はこの場で止めなければ。


 スティグの話を聞いた、銀慈、樹、あるみ、りぼん、鉄、晴士朗は同じ思いであった。



「……しかし、あれほど念を押したはずですが」


 スティグは樹を一瞥する。


 計画に(とどこお)りが出た事を静かに怒っているのか……冷ややかな、眼つきであった。


「やはりあの時、殺しておくべきでした……」


 樹は蛇に睨まれた蛙のよう、身動き一つできない。


「まぁいいでしょう。あなた達はどの道、この場で死ぬことになる」


 年配のスーツ姿の男が銃を向ける。


「おっと、紹介が遅れました。この方が新たな世界を創造する王となる……威凪(いなぎ)輪道(りんどう)さんです」


「「「い、威凪輪道!!」」」


 ダンジョンフォースの三人は驚く。


 スティグに紹介された男はゆっくりと銃口を向けたまま、前に出て来る。



 “威凪輪道”。ダンジョンフォース上層部でトップに君臨する男。


 この男こそ、ダンジョンフォースの体制を結果至上主義に変えた本人。そして、裏では研究棟に入り浸り、怪しげな実験に協力していたとの噂も多かった。


「初めて見たけど……思ったよりおっさんね」


「俺も初めて見た……」


「わ、わ、私も……」


 ダンジョンフォースでもD-6では名前を聞いたことがあっても合う事はまず無い人間。

 風貌も詳細も詳しく知る者は少なかった。


 だが、そんな輪道と出会っている人物。


「―――――ッ…………」


 打ち震えるあるみ。


「弐城……さん?」



「――輪道ォォォ!!!」



 怒りに目を見開いたあるみはスーツ姿の年配の男の名を叫んだ。

 こんなに激怒した姿を見たのは銀慈ですら初めてであった。

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